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傷付いた鳥籠が壊れるまで  作者: 天崎 栞
【小鳥の平穏】
76/112

episode74・現れた元凶 (Ren.Ren mother side)

廉と、その元凶のお話。



【お詫び】

タイトルの言葉表記がないまま、

投稿しておりました。小説が成り立つ前提に

あるまじき行動をしてしまい、大変申し訳ございません。




その話は全部、青年の耳に入っていた。



きっかけは数日前に(さかのぼ)る。


最初は杏子の友人かと思っていた。

しかし人の顔色と声音ばかりを

伺って生きてきた廉は人の感情と声音には敏感だ。

息をするだけのその人物がどういう人間なのかは、

大体、分かってしまう。


杏子は、あまり乗り気ではない表情、物言い。

優しい伯母であり育ての母親である杏子は、

あまり浮かべる事のない表情、声音。






ずっと心の処で忘れたいと願っていた。

けれどもその青年の脳裏にその人間を消す事は出来ないまま息をしてきた。


最初は一つ結びにしていた髪型が次の日には、

ミディアムボブの巻き髪に変わっている。

白色のカーディガンに、桃色のロングスカート。

小柄で薄化粧、何処かの令嬢を思わせる品のある顔立ち。



………相手は誰なのか。


全てを理解でき、悟ってしまった廉は絶句する。



杏子の後を追っている女性を

見掛けてから様子を伺い、

杏子と会っていたその女性に驚きを隠せなかった。

彼女の表情には窶れは見られなかった。

寧ろ20年前より、意気揚々、生き生きとした雰囲気と面持ちしている。


(…………お母……さん………?)


連想したくもない人、言葉。


何故、此処に居るのだ。

それから杏子の後を静かに追う様になった。




次の引っ越しを担当する家族が、異国の人だと知り

英語・語学に長けている和歌に、無礼の無いよう正しい英語を

教えて貰おうと水瀬の家に向かった時だった。




話は全部、青年の耳に入っていた。

息子である自分自身を盾に実家に戻ろうとしている思惑、

ましてや何よりも許せなかったのは、伯母への暴言。


その場から、

母親の腕を引っ張って、喫茶店に駆け込んだ。







廉にショック等は皆無だった。

純粋無垢な心に容赦無く、雨の様に降り注ぐ刺。

その刺により心はズタズタにされてきたのだから、もう蘇る感情はない。


実母に再会した廉は、無感情、無慈悲だった。

いつかは再会するかも知れないと思っていたのかも知れないが、目の前の慌ただしさ、将来の生計に

囚われていた廉にとっては、母親の存在は

“忘れていた”に等しい。



メンズモデルに載っていても

違和感はない甘く顔立ちの整った美青年。

最初、見た時に全く誰なのか分からないままだった。


『_______僕は川嶋 廉です』







「………本当に、廉なの?」


舞子が怪しい眼差しでそう告げると、

廉は鞄の中にある財布からから保険証を取り出した。

そして舞子の前に差し出した。


氏名:川嶋 廉

生年月日:19XX年 5月5日 性別:男

認定日:20XX年 4月1日

住所:東京都◯◯ トウキョウ アスター206号室


舞子は、保険証と

目の前のいる青年、交互にまじまじと見詰める。

保険証の生年月日は確かに舞子の記憶にある息子と一致している。



「……………お分かり頂けたでしょうか」



低い声音。

青年は無感情、無表情なままだ。

しかしよくよく見れば穏和な雰囲気を纏うその姿、

幼い頃の顔立ちの面影、颯馬に似ている事に気付いた。


(_________この人は、廉だ)




舞子は呆然としたと同時に、

20年ぶりに会った息子の姿に圧巻される。



「______れ、廉なのね………」

「そうです」


素っ気ない声音。

舞子は口許を抑えて、感無量の様な表情を浮かべた。


(______漸(ようや)く、会えた)



「ごめんね、廉だと気付かなくて。

大きくなったわね。お父さんの雰囲気のそっくりだわ」

「……………」

「会いたかった…………」



取って付けた演技に熱が無い事も、

本当はこの女の本心ではない事も廉は見透かしていた。

本人は名演技をしているつもりだろうが、

冷たい極寒の無慈悲な世界で息をしてきた青年にはその言葉は届かない。


「_______僕は、会いたくなかった」


凜として、廉は告げる。


その本心は迷いもなく、言葉として現れていた。


その無表情な息子の言葉に、舞子は固まる。


「そんな悲しい事を言わないで頂戴。

貴方と離れてから貴方を忘れた事は一度もなかったのよ……」

「伯母が出した手紙にも一通の返信すら返さなかったのに?」


ぴたり、と舞子の指先が止まる。


「今更、子供を騙せる、

そんな甘い考えが通用すると思いますか?」

「……………」

「貴女の言い分は、全て聞いていました」

「……………え………?」



舞子の中で、何かが崩れ去る。

良い母親を演じ息子を丸め込もうと思っていた。

まさか自分自身の陰謀が、息子に丸聞こえしていたとは。


(…………嘘よ)


「僕を盾に、勘当された実家に戻ろう、でしたっけ?」


(ようや)く廉は小首を傾げ、微かに微笑んだ。


「元はと言えば、貴女が全ての元凶。

自分自身で壊したのではないですか。

貴女の自分勝手な欲望で、僕も、父も、感情や人生を狂わされ人格は壊された。


僕と父は加害者家族である事には変わりありません。

けれども貴女が殺めたのは、5人の尊い命だけではないんです」


熱のない何処か物憂げな冷たい声音。

あの幼い頃の無邪気な声音は、無慈悲な声音に変わっていた。


「…………そんな」


舞子は、言葉を見付けられなかった。

瞳は泳ぎ、言い訳を生み出そうと混乱の中で心は渦を巻いている。


「颯真さんは何処にいるの?」

「………脳内が優雅な事で。さっき申したではないですか。

“壊れた”と」


薄情、酷薄(こくはく)。無慈悲。

他人行儀を徹底している青年の意図が読めない。


「じゃあ、貴方は、どう育ったのよ!!」



熱の籠った声音のまま、

舞子は感情的に身を乗り出した。

そんな舞子に廉は一瞬、視線を向けただけですぐに目線を戻す。



「川嶋家からは拒絶されました。


杏子伯母さんが後見人となってくれ

水瀬家に引き取られて、杏子さん、和歌と一緒に育ちました。

時折にして杏子さんの都合で、

様々な国での海外生活を送っていた時期もあります」


舞子は絶句する。

きっと息子は伯母を交えながら

父親と暮らしているものだと思い込んでいた。


まさかシングルマザーであった杏子に引き取られ

女手一つで水瀬家で育っていたのは、予想外でしかない。

大体、颯真は何処に行ってしまったのだ。



そして、混乱し茫然自失としている舞子に

追い打ちをかける様に廉は微笑みながら、

まるでお伽噺(とぎ)話を回想する様な落ち着いた口調で語り出す。



「僕を捨てたも同然の貴女とは違い

杏子さんは変わらず、分け隔てなく、僕に接して下さいました。

貴女ではなく、杏子さんの方が母親の様だった。

僕が道に外れず此所まで生きて来られたのは、伯母のおかげです」

「……………な」


(伯母を崇めてばかりね、貴方は)


義妹に負けた気がして、

舞子は奥歯をぎりり、と噛み締めた。

杏子ではなく実母は自分自身なのに、と悔しさが募る。


そして、

トドメの言葉と言わんばかりに廉は告げたい。



「______僕は、もう貴女を母親とは思いたくない」



それは、まるで、

頭から冷水を浴びせられた様なものだった。



「………私は、貴方と暮らしたい」



「では僕を最初に見捨てたのは誰ですか?

貴女でしょう。僕の人生にもう貴女は必要ない。いないんです。

貴女の思惑にも一切の協力は致しません。……それだけです」

「…………そんな悲しい事を言わないで、お願いよ、廉!!」


今まで平常心を保ち冷静沈着だった、

廉は上目遣いに、舞子を見上げて睨み付けた。


「…………僕の事なんて要らなかったんでしょう?

僕に会いたかった? ……冗談は寝言だけにして下さい。

単に自分自身の居場所を取り戻す為に

僕が必要なだけで、温情だけならば、眼中にもない癖に」

「…………………」


「壊れたものは、元には戻らない」



舞子は言い返せない。廉は、それが答えだと確信した。


(……………やっぱり、僕は道具だ)


そう思いながら、心の内で自身を嘲笑った。

所詮、この女にとって、自分自身はこの程度の存在なのだ。

失望したまま再会し、何も抱く感情はなかった。

………けれどもこれは、“無”ではなく”虚無“ではないだろうか。



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