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傷付いた鳥籠が壊れるまで  作者: 天崎 栞
【小鳥の平穏】
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episode72・執念の蔦を抱えて (Ren. mother side)




大学卒業後には通訳者となり、キャリアを積んで

海外と日本を往復する生活にも慣れてきた。

自宅に到着した。誰もいない冷たい淡い水色の世界。

いつ帰って来ても我が家はモデルルームの様に無機質に清潔に整っている。


自室に行くと

和歌は緊張の糸が途切れた様に、足許が崩れ去った。


(…………どうなってるの?)


自分自身の前に現れた女性は半信半疑だった。

しかし杏子が正々堂々と立ち向かっていき、話している様子から

和歌は彼女が廉の実母・舞子だと悟ったのだ。



『和歌ちゃんは可愛いわね。お人形さんみたい』


小さい頃、細やかな親戚同士として交流していた。

舞子からもだいぶ可愛がられていた記憶が脳裏に蘇る。

だから虫も殺めない顔をしている彼女が、

捕まったと聞いて衝撃を受けていたのを覚えている。

…………否、そんな自身の過去等はどうでもよいのだ。

それよりも。




(…………廉がまた自責に駈られてしまう)


心身共に傷付いた従兄の姿を、和歌はずっと見てきた。

廉は傷だらけだ。身も心も疲弊して、

生きている限り贖罪を求め続けている。


きっとあの人物は知らないだろう。


(…………あの人が、廉の前に現れてしまったら)


廉はまた自分自身を傷付けてしまう。

また従兄に傷が増えてしまうだろう。







携帯端末を取り出すと、

廉の実母が犯した事件を調べた。

あの事件から20年というニュースの動画、事件の詳細、

犯人は無期懲役となり地方の女子刑務所にいた筈だ。


だがそんな事はどうでもいい話だ。



思う節があり、和歌は、家を飛び出した。



_______ビジネスホテル。



地方から東京に来て、歩き回った身体は疲弊している。

舞子は小さくベッドに横たわりながらも、杏子のいざこざにムッとしていた。


(…………早く廉、颯真さんに見つけねば)


あの義妹の力を借りる必要はない。

小姑根性を出しているのか、と思って腹が立ったが、

杏子の言葉の節々に舞子は疑問を拭えない。



『………悪いけれど、“兄さんはもういない”わ』


影を落とし刹那げな瞳。

婚姻関係は継続している。配偶者に何かあれば

自分自身にも何かしら伝わる筈だ。

川嶋颯真は今も息子と暮らしている、とばかり思っていた。


けれど杏子の口振りから連想すれば、そうでもないらしい。


『廉君がどれだけ苦しんで生きてきたと思ってる?

母親の存在に後ろ指を指され、父親に虐待されて

最終的に父親にも自分自身を忘れられてしまった』


あんなに子煩悩で

優しい人間が、息子を蔑ろにする筈はないと思っていたが

杏子の言葉は何処か重く苦しい何かが潜んでいる。

廉は大事に颯真と杏子が育て上げたのではないのか。


(私がいない間に、何があったのかしら?)


しかし、20年間に杏子から貰った手紙を漁って

どれだけ手紙を引っ張り出しても、息子の写真は同封されていなかった。



…………舞子は、廉が成長した姿を想像出来ない。

別れた時は12歳。あの頃は子供でしかなかった。

今、道ですれ違ったとして自身は息子には気付けない。

_______現在(いま)の廉の姿が、分からないのだ。



けれども、

実家から両親から、

勘当と絶縁を言い渡された舞子にとって身寄りは、

廉か颯真、たった二人だけなのだ。


(………大丈夫よ、きっと)


息子も、夫も、優しいから、きっと自分自身の過ちを許してくれる。

また家族として迎えてくれ、元通りの家族としてやって行けるだろう。

そんな根拠のない絶対的な自信が舞子にはあった。






『ごめんなさい、ごめんなさい、僕が良い子になるから…………』



『…………お母さん、置いてきぼりにしないで………』


少年のか細い弱々しい言葉が、朧気に芯もなく消えていく。

それは今にも泣き出しそうな、儚さが交わった弱々しい声音。




丁度、訪問しに家に上がった和歌は、ショルダーバッグを落とした。


茫然自失としていたが

(やが)て青年が眠るソファーに歩み寄った。

舞子が現れてから、廉の見に何かが起こっていないかと確認しに来たのである。



(………あの頃と一緒だ)



水瀬家に来た頃、

母親の逮捕によって、全ての歯車が軋んだ。

優しかった父親の精神的崩壊によって受けた虐待の日々。


水瀬家に引き取られた少年は、夜中に魘されていた。

きっと今もそうなのだろう。青年に張り付いた、

蔦の枷は外れずに少年だった彼に執着し苦しめている。


そう和歌は思いながら、

苦しそうな従兄の表情に心を痛める。






(貴方は、何も悪くないのに………)



純粋無垢な少年は、

大人、周りの黒い煙という名の毒に蝕まれている。

執拗のある(つた)が、現在(いま)も青年を縛ったままだ。



「廉、起きて」


軽く体を揺すられ、廉は目覚めた。

不意に声音の主に視線を向けると、心配そうな

面持ちしている従妹が此方をじっと見詰めている。


何処か気怠い、憂いた瞳を此方に向けた。


「…………和歌?」

「魘されていたから、つい」

「そっか。…………ごめん、なんともないよ」


(従妹が戻ってくる、というメッセージは昼間に見た筈なのに)


(今日は、まるで干物みたいだったな)


廉は身を起こした。

しかし心配そうに、

何処かで不信感を抱いた瞳で和歌は見上げている。

付き合いが長いからか、大概の嘘は見透かされてしまう事は互いに

知っているのに、触れてはいけない気がしていつも素通りしてしまう。

それぞれの悪い癖だ。



仕事もない休日だった。

無になりたくて、呆然とソファーに横たわっていたら

いつの間にか眠ってしまったらしい。廉は気丈に振る舞い、

廉はキッチンへ向かうと、和歌からお土産と渡されたクッキーと紅茶を淹れる。



(…………まだ、舞子さんには、会っていないみたい)


内心で、和歌は安堵していた。

後は何事もなく振る舞うのが、自分自身に唯一出来る事だ。


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