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傷付いた鳥籠が壊れるまで  作者: 天崎 栞
【小鳥の平穏】
70/112

episode68・懺悔と贖罪を胸に (Ren side)

10年後のお話。

廉Side。


【警告】

このお話には、

ストーリー・登場人物の心境故に刃物、流血表現がございます。

苦手な方、ご不快に思われる方はブラウザバックを推奨致します。







_____________10年後。



廉は、32歳になった。

けれども廉は惰性的で、変わらない毎日を過ごしている。

表向きは好青年の仮面を被り、仕事熱心でその仕事ぶりは

上司からも一目置かれ、後輩からは素直に慕われている。


変わらずカットモデルの仕事も器用にこなしていた。



夜の引っ越し作業の仕事を終えて、

今日は有給休暇を取っていた。


ポストには絵葉書(えはがき)が一枚、入っていた。


________20XX年、X月、噴水広場。


送り主は従妹である、水瀬和歌。


和歌は大学を主席で卒業後、

翻訳者・通訳者となり世界を飛び回る生活をしている。

海外にいる際は時折にして実母と従兄宛に絵葉書が国際郵便を経て、気紛れに送られてくる。

絵葉書と言っても彼女が風景を撮影したものを、絵葉書にして貰っているらしい。

カメラ撮影が撮影が趣味となり習慣と化した彼女の撮影は、カメラマンも脱帽レベルだ。



噴水広場には、神秘的な噴水の雰囲気と、それぞれ人の流れ。

それに少し頬を緩めた。



変わらない毎日、変わらない日々。

早くお金を貯めて父親を引き取り誰も知らない場所でひっそりと暮らす。

廉の心にあるのは、ただその目標だけ。


携帯端末を持ち、今日のニュース欄を見る。

そして、廉は固まった。




_______○○一家放火殺人事件から、20年。



その記事を見た瞬間に、

廉は、呼吸が止まる思いだった。


(かつ)て一家のあった家には献花の花や

お菓子、テディベアのぬいぐるみ等が見受けられた。


遺族は言葉にし難い10年間。

そしてその言葉にし難い感情を抱いていくのだろう。


遺族に詫びる事ばかりを考え、

あの日から憑依したかの様に贖罪の意識を持ち付けてきた。

この20年の間、青年の心に(ほとばし)ってきた激情。


首輪という名の、

蔦が、首に絡み付いてから何年が経つだろう。

今日も青年は静寂な闇の中で贖罪に苛まれながら

家族写真の前で黙祷、贖罪の祈りを捧げる。


(…………誠に申し訳ございません)


どれだけ祈りを捧げたとしても、

失われた命は、戻らない。成仏等は出来ないであろう。


(元凶である女の息子が、

来ていい場所ではない事は分かっている)


でもこうでもしないと、謝罪なんて出来ない。

其処には、廉が献花した花も隠れる様に写っている。

顔向けは出来ないけれど、事件の起きる前日に献花し、土下座する。


母親の変わりに。

春夏秋冬、雨の日も、雪の日も、

夏の灼熱のアスファルトや冬の氷のアスファルトなんて関係はない。




手を合わせているその、

青年の端正な顔立ちは何処か本当に悲しげだった。


そして目を閉じている

青年の閉じた瞼からは静かに涙が頬を伝った。

母親が犯した罪。その狂喜に狂った女の血が流れているこの穢れた身体。



(_______本当の償いとは、なんなのでしょう)




『拝啓。川嶋 舞子様


______月日とは早いものです。

あれほどに小さかったあの子は、

本当に良い子に育ちました。

兄とも貴女とも違います。冷たい世論に晒されながら

私達には知る事が出来ない、あの子ならでは思う事もあったでしょう。


苦しみも痛みも、あの子しか感じ分からない事です。

葛藤を抱えながらも、あの子は人道を反れず、真っ直ぐとした心優しき優しい青年です。

ただ、母親である貴女が小さなあの子に重荷となり、

あの子に影を落とした事は変わりありません。


貴女は、尊い5人もの命を奪いました。

5人だけではありません。

貴女は同時に我が子の尊い心を奪い殺めたのです。

我が子を殺める程にその罪はこの世で最も重く罪深いのだと、私は思うのです』




定期的に届く手紙は、

何時もとは、何処か違っていた。

“我が子の尊い心を殺めた”、この意味が舞子には理解出来ない。











濃紺な空には、星も月すらも伺えぬ。

明かりすら着けていない部屋で、青年は虚ろな瞳で

膝を抱え座り込んで俯いている。


今日は何処にも行く気力はない。

朝から食べていない。否、物が喉を通る気分でもない。

あの日、あの人達の命が、身勝手にも奪われたというのに

何事もなく過ごすなんて、廉の感情は許さなかったのだ。


今の自分自身に出来る事は

ただ遺族に謝罪の詫びと、冥福の祈りを捧げるのみだけなのだ。

それが本当にすべき事、謝罪の形なのかは分からない。


(でも、これくらいしか僕には出来ない)



時折、この身体に流れている

あの女の血を吐き出したい衝動に駈られてしまう。

不意に(やいば)が脳裏に霞んだ。


肩には鈍い痛み。

床にポタポタと雨粒の様に、滴る血。

そっと肩に手を置いて、(てのひら)を見詰めると

べっとりと鮮血が(てのひら)を赤に染めていている。

それをぼんやりと見詰めていた。


気付くと無意識的に

手にはカッターナイフを持ち、己の左肩を裂いていた。


「あはは………」


渇いた笑いが、静寂な闇の中で踊る。



廉は狂う様に嘲笑った。

まるで己を誹謗中傷するかの様に。

これが自分自身に流れている穢れた血だ。


(………この身体に流れている、

血を全て、洗い流せればいいのに)


そう思いがけて、廉は首を横に振った。

何を思ってしまったのだろう。あの狂喜に狂った女の血が、この身体に穢れた血が流れるのは罪と贖罪の証拠だ。

何を戯れ言を。この血が全て洗い流せれば、

重罪と贖罪の(おもり)は外れてしまう、消えてしまうではないか。

あの女が犯した罪を背負いながら、贖罪の(つた)に束縛されながら、懺悔を抱きながら生きるのが性に合っている。


否。


(_______そうであれば、ならない)



それが、狂喜に狂った女の息子として出来る、

たった一つの償いなのだから。


狂気に狂う中で、不意に理性がストッパーをかけた。


(罪を忘れたら、僕もあの人と同じになる。

それは嫌だ。それだけにはなりたくない)






ある日。

別室に呼ばれた。

切れ長の鋭い瞳が特徴の無表情の女性看守。

その女性看守から告げられた言葉は、



「580番、来月、仮出所だ」


そう言われて、呆然としていた。

20年もこの閉ざされた世界で生きてきたので、

何処かですっかりそれに慣れ切ってしまった自分自身がいた。


無期懲役の仮出所。

その刹那。


『被告人に、無期懲役の判決を言い渡す』


その言葉が脳裏を甦り横切った。





ご不快なお気持ちになられた読み手様には

心よりお詫び申し上げます。

誠に申し訳ございません。

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