episode67・最初で最後、生と別れ (Misaki Father side. Waka Side)
賢一のお話、和歌も登場致します。
【お詫び】
数話が誤表記となっておりました。
身勝手ですみませんが、こっそりと変更させて頂きます。
混乱を招く結果となり誠に申し訳ございませんでした。
黒いハイヤーの後頭部座席には、頬杖を着いた男性がいた。
国会議会を終えて、千歳賢一を乗せている。
車窓から流れる景色を見ているのか、
何を思っているのか、彼は心此処に有らずと言った感じでぼんやりとしている。
そのやや伏せられた瞳には、心まで読めないと、運転手は思った。
「悪いが、○○大学附属 ○○○学園大学に向かってくれないか」
「………お嬢様のお迎えですか?」
「嗚呼、たまにはな」
運転手は少し疑問に思った。
普段のご令嬢のお迎えは一時間後だ。かなり空き時間がある。
今、大学に向かっても時間をもて余すだけなのでは、と思ったが
失言してしまえば其処で終わり。運転手は言いなりになる事にした。
【身辺調査報告書】
氏名:水瀬 和歌
生年月日:19XX年 6月6日
血液型:AB型(RH+) 身長:161cm
出身地:東京都
所属大学:○○大学附属 ○○○学園大学 外国語学部 英文科 (在籍)
実母:水瀬 杏子
参考:母親の仕事の都合により、3歳の時にフランスから始まり海外生活や日本での生活を繰り返して
おります。
(杏子との娘がいる)
総司から聞かされた話は、衝撃的でしかなかったが
興信所の身辺調査により杏子が生きていると知り、
杏子との間には娘がいた事は現実だった。
前に屋敷で見た時は何の感情もなかった為に
彼女に視線を向けたのは、たったの一瞬だけだったので彼女の顔立ちは見ていない。
あれから興信所を雇い、
水瀬和歌に関する情報は全て手に入れた。
外資系の会社に勤める母親の影響で、
海外生活や日本での生活を行き来し、語学堪能な帰国子女。
彼女はいずれ、通訳者になるのだと目標を持っているのだそうな。
すらりとした清楚で飾らない出で立ちは、母親似だろう。
とても大人な落ち着いた雰囲気の美人だ。
(一目で良いから、会いたい。見たい。あの子を)
不意に鞄から出した写真には、水瀬和歌が写っていた。
父親面する気はない。しかし彼女がどんな人物か見たかったのだ。
賢一は、水瀬和歌が在籍している大学が、
娘と同じ大学であり学部だという事に気付いた。
美岬を迎えに行くつもりで大学に行けば、生き別れた娘に会えるのではないかと、賢一は考えたのだ。
この時間、美岬は外国語学部英文科の講義とは
別に他の講義を受けている。水瀬和歌は外国語学部英文科の講義以外受けず、この時間は大学内の何処かにいる筈だ。
会えないだろうか、なんて淡い思いを抱いた。
あれから、美岬とは犬猿の仲となった。
もう顔を合わす事もなく、話も交える事はない。
しかし和歌は自身に非が見当たらなければ堂々としていれば良い、と悟り今まで通りに過ごしている。
和歌の堂々とした姿勢に美岬が戦き、距離を置く様になったのである。
本日の講義が終わったので、後は帰宅のみとなった。
本来ならば真っ直ぐ家に直帰する。
が、今日は三者面談の日で、
和歌、母親と教授、3人で面談をせねばならない。
しかし英文学部の教授は、次の時間には別の講義がある為に一時間、暇を持て余すのだ。
机に頭を寝かせながら、どうしようかと思いながら
中庭で時間を潰すのはどうか、と思い付いた。
涼しい気候になってきた。読書には最適だろう。
「賢一様、ご到着致しました」
「嗚呼。ありがとう。悪いが、待っていて貰えるか」
「了解致しました」
他人行儀。運転手は丁重に物を言い、
いってらっしゃいませ、と微笑んで告げた。
元々、外国語学部を基盤として建てられた大学は
何処か西洋風の佇まいをしており、建物は白亜の城の様だった。
その道をぼちぼちと歩きながら、建物の周りをぐるりと一週する様に歩く。
よそ風が心地好い。
洋館を見詰めながら
庭師によって整えられた新緑の葉の道を通る。
まるで童話の世界観を歩いているようだった。
『御兄様、ごめんなさい』
『煩い。私はもうお前の兄ではない!!』
9年前、総司に吐いた言葉。
長らく家を空けていた弟が、
取り壊し確定の古びた地方の千歳家別荘にて
幼き少女と居るのを執事に見られた。
執事を払いのけ、少女を抱えて消えた弟だったが
千歳家の使用人総出で捜し回り奴の尻尾を捕まえた。
そして弟は言ったのだ。“少女を誘拐した”と。
その日から、弟は千歳家から追放された。
犯罪者等、千歳家には要らない。千歳の顔に泥を塗ったも同然。
しかし今思えば、総司は必死で自分自身に詫びていた。
しつこい、と言わんばかりの勢いの総司を、冷たく賢一は突き放した。
だが、今思えば、
娘を連れて来れなかった懺悔というべきなのか。
丁度、中庭に差し掛かっていた。
中庭は色とりどりの花が咲き誇り、新緑の葉が
彩る。正に絵に書いた様な庭園だった。
そのベンチには誰かが座っていて、はっとした。
長い真っ直ぐとした髪。
清楚な出で立ち。大人びた端正な整った表情。
淡く長い睫毛に端正な横顔は何処か薄幸さを連想させる。
彼女はじっと本を見詰めていた。
庭園と彼女。
正に童話の様な、絵に書いた美しさだった。
風に煽られ、ふわりとさらさらの長い黒髪が踊る。
人気の存在に気付いたのか、不意に彼女は此方へ
視線を向けて_______固まった。
知らぬ者はいない、国会議員・千歳賢一が此方にいる。
どう振る舞えば善いのか、人慣れしていない和歌は心を引き吊らせてしまいそうになる。
だがしかし彼が国会議員である前に千歳美岬の父親だと思い直す。
(この娘が、“和歌”か)
あれほど恋焦がれた女性との間に授かった娘。
写真で見るよりも、実物はもっと母親似の面影がある。
美岬と同い年。
「…………あの、どうかしましたか………?」
微かに震える声で、和歌は尋ねた。
賢一ははっとして、穏やかな微笑みを浮かべる。
「いえ、何でもありません。
ただ視察で訪れただけです。申し訳ないですが貴女のお名前と、学部を聞いても?」
テレビで見るよりも、
実際は穏和な雰囲気の男性だと思った。
千歳賢一はテレビでは厳しい面持ちしか見た事がなかったからだ。
「………私は、水瀬和歌です。外国語学部英文科の4回生です」
「水瀬さん、ね。君の成績は聞いている。とても優秀な方だそうだね」
「…………いえ、そんなの、とんでもありません……」
和歌は少し俯き加減で利き手をひらひらとさせた。
控えめで謙虚な振る舞い、その仕草は、
嘗ての“誰か”と似ていた気がしていた。
「これから少ない大学生活も、勉学に励みなさい。
そして就活にも負けない様に」
「………ありがとうございます」
礼儀正しく静かにお辞儀し、和歌は礼を告げた。
賢一は微笑み、片手を挙げるとそのまま去ってゆく。
(杏子。君の娘は立派に育ったな)
少し目頭が熱くなった。
もう父親として顔を合わせる事はない。
最初で最後になる、娘と対面した。
(…………あの人が、私の父親……)
髪を抑えながら、和歌は紳士の後ろ姿を見詰める。
なんだかさっきの言葉は、他人事の様に聞こえながらも優しいものだった。
初めて父親からかけられた言葉だった。
しかし、これは最初で最後。
娘も、父親もお互いそう思って、一瞬の一時は過ぎた。
さりげなく、当たり障りなく
最初で最後の父娘の対面という形とさせて頂きました。




