episode61・外道師が待ち望む感情 (Ren side)
廉のお話。
草木も眠る濃紺の闇夜の元、
気を失った従妹を抱えたまま、夢遊病者の如く、
スーツ姿の青年はさ迷う様に道を歩いている。
夜空の寒さが冷たい。
怪しく思ったのは、あの日だった。
和歌をアルバイト先から自宅へ送る途中、
ファミレスの駐車場にて立ち話をしていた時のこと。
青年に身に付いた洞察力、警戒心の鋭さが、
彼女の存在を気付かせた。
不意に目線を道路の挟んで向こう側の歩道に目を遣った時。
廉は気付いてしまった。
木の下に身を潜めながら、
此方を射ぬく様に鋭く見詰めている女性の姿を。
あどけない、幼さの残る整った顔立ちと出で立ち。
それには到底見合わない、大人過ぎた濃い目の化粧に
派手な露出度の高めのドレスは、可憐であどけない雰囲気と容貌を持つ彼女にはかなり背伸びをしている様に見える。
でも、女性は自分自身ではなく、
従妹であり幼馴染である彼女を見詰めている様だった。
それは時に恨めしく、
羨ましい眼差しが入り交じった複雑化した感情である事を
廉は見透かしてしまった。
何故、女性の心情を読み取ってしまったのかは分からない。
けれども母親が逮捕され、殺人者の息子となってから
人目と顔色を伺い、慎重に過ごしてきた
廉には見知らぬ内に洞察力が優れてしまい
触れなくとも息をする様に人間の感情と思惑が悟ってしまう心情になった青年に、
女性が、従妹に注いでいる眼差しに警戒心を鳴らしたのだ。
(…………和歌を狙っている人)
つまりは。和歌が、和歌の身が危ない。
その騒いだ警戒心を覚えてから忘れぬ様にと廉は思った。
時に彼女を送り迎えしながら、
意識すれば夜の繁華街でその女性を見掛ける事は容易い。
彼女は、夜な夜な夜の繁華街を、
孤独に震える子犬の様な佇まいで、毎日見知らぬ男性にすがり歩いている。
最近は、
目上の男性と恋人ごっこをするのが街では流行りらしい。
自分自身とは別方向の道を歩く女性に目を着けた。
(目を付けられる前に、此方が警戒しないと喰われる)
それは、
母親が罪を犯した事で全ての人生を狂わされた青年が学んだ術だった。
正体を探られる前に、自分自身が、探られない様にしなければ。
そう出来ない様に、廉は行動に移した。
和歌がアルバイトではない日、廉は夜の繁華街に足を運んだ。
そしてまた彼女を見つけた。
彼女を見た時、
廉はその顔立ち、目鼻立ちに見覚えがあった。
とある政治家では有名な議員に、彼女は顔立ちと目鼻立ちが似ている。
その国会議員の名字は政界では知らぬ者が居なくて、その家柄も代々政治家を輩出してきた有名な家だ。
今のネット社会では、
隠したいものも私刑によって暴かれてしまう世の中だ。
その国会議員の経歴を調べてしまえば、その素性さえも暴かれてしまう。
そして見付けた。見付けてしまった。
だが疑り深い廉の事だから、
『_____私の大学に、“ミサキ”っていう子がいるよ』
その和歌の一言で、確信は着いた。
ネットには国会議員と、その国会議員の
娘らしき顔写真と名前、朧気な情報がネットに溢れている。
その国会議員の娘と、
和歌の発した大学の知人の名前が一緒だったから。
和歌が狙われているかも知れないも気付いてから、廉は向こう側の女性を試す行動した。
わざとらしく距離感を置いた先にでも、
彼女の目が此方へ行くか。
時に
女性の目を付かせる様な行動して、その心情を焦らした。
人間は狙った獲物を背けようと、背かれてしまうと必死なる。
その人間の心情を読み取るのは、廉が最も悟り易い他者の行動だ。
何故ならば
自分自身の母親も、そうだったから。
ある日を境に形相がと目付きが鬼の様になっていた。
まだ子供だった自身は怯えていたけれども、今振り返れば
母親が元彼に別れを切り出されてからだろうと思う。
(この世で怖いのは、
人間が、人間を狙う事になる事だ。
それは最も、狂気的なものになる)
その狂気が奮われた先には、不幸が待っている。
獲物に盲目的な不幸が待っている事、外道師が嘲笑いながら、
破滅の道を手招きしながら待っている事も本人は知らない。
あの瞳は、狂気的だった。
嘗て、自分自身が見た、
母親の形相と眼差し、それは一緒だった。
彼女が、従妹を狙っているものだと知りながら、
本当は、和歌を再び傷付けた、あの狂気的な婦人の方が、廉の記憶に“狂気に狂い、獲物を狙う者”の形相を十数年ぶりに見た。
あの婦人を見てから、廉は気付いた。
本当に獲物を狙い、狂気の感情に満ちていたのは、あの婦人だと。
(和歌を見詰めていた娘は、婦人のスパイだったのだろうか)
けれども
その複雑化した眼差しは、言葉には出来ないものだ。
あの娘も少なからず、感情を剥き出しにする事は無くとも
和歌に対して複雑化した思いを抱いたのかも知れない。
(あの婦人は、狂気だった)
和歌を人間の獲物として、狙っていたのは間違いない。
けれども何故、
和歌を狙っていたのだろう。
接点は見当たらない筈で、廉には
その“狂気の感情理論”以外に分からない。
何故、和歌が、あのお城に監禁されていたのかを。
あくまでも、登場人物の理論ですが、
後気分を害された、そう思われた方、
申し訳ございません。




