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傷付いた鳥籠が壊れるまで  作者: 天崎 栞
【小鳥の秘密】
62/112

episode60・呼び起こされる悪夢 (Waka side)

和歌と、和歌に忍び寄る影のお話。




喉が締め付けられそうだ。

どうすればいいのか、と思いながら鉛の様に

重い身体を引き摺るかの如く、和歌は身体を動かす。


______しかし。


『和歌ちゃんは、

本当はね。“チトセ”というお城のお姫様なんだよ』


「………………っ、」


しめ縄で頭を締め付けられる様な感覚。

頭痛と共に甦る、あの忌まわしい男の言葉。

和歌は頭を押さえながら、ベッドから転がる様に床に落ちる。


長い黒髪が、はらはらと床に落ちる。

過呼吸を繰り返しながらも、和歌の心情は混乱の渦に浚われた。






『そうだ。

お姫様がお城から出ていたら危ないだろう?

だからおじさんが迎えに来たんだよ』



優しい人間をふりをして、人の心を壊した悪魔。



「………………く、」




(此処から早く逃げ出さなきゃ)


だが、混乱する心と体が上手く動かせない。

あの男の顔が浮かび、植え付けられた言葉が

脳裏に木霊する度に頭痛と過呼吸は酷くなる。



(…………私は、いつまで、怯えるのだろう)


額を押さえていると、きぃ、とドアが開く音がした。

あの記憶が脳裏と一致しながら、恐怖心の渦に投げ出された。

身体は、無意識の内に震え出した。


まるで、感覚は9年前に戻された様だった。

和歌は震える腕で身体を支えながら座り込み、

俯いて強く目を伏せる。


こつこつ、とした足取り。


あの日もそうだった。



「その顔をお上げなさい」


静かな、貴婦人の声音。

だが、恐怖心に支配されている和歌は、目を瞑ったままだ。


「その顔を見せなさい!!」



バチン、と、頬に衝撃が走る。

投げ出された和歌の華奢な身体は、床に(うずくま)る。

誰かにぶたれたのだ、と認識しながらも、心を渦巻く混乱は消えぬままで。

和歌は、その刹那にゆっくりと身を起こした。


目の前にいるのは、

先日、強引的にお茶に誘われたあの貴婦人だった。

和歌は微かに驚きながらも、貴婦人に視線を向ける。



「…………顔は似ていないのね。母親に似たのかしら。

けれども、賢一さんの面影は感じるわ」


貴婦人はじわじわと、和歌の顔立ちを見詰めながらも

それを何処か嘲笑うかの様に、唄う様に、言い放った。




『己の父親は、千歳賢一。そしてお前は、千歳家の人間だ。

それは間違いはない。そして民に紛れる事なく

千歳の血筋を持っている以上、千歳家のお城に行くくんだ』


あの男の言葉が、脳裏に木霊する。

この家の当主、千歳賢一の面影と重ねているのだろう。

そう和歌は解釈した。千歳賢一_____それは、自分自身の血縁上の父親だ。


「………何故、私が、此処に、居るのですか」


そう言った。

千歳賢一には、美岬という一人娘がいる筈だ。

自分自身は彼の血を引く者でも、面識も千歳家ではない筈だ。

そう呟くと喜子は不服な顔色をした。


「何故、貴女が此処に居るかですって?」



喜子にとって、和歌は憎く映る。

夫が、今も愛している女の娘、存在は知らなくとも

ずっと心の中では水瀬杏子を愛しているのだ。

その心情には誰も入り込めない。


負けている。自身も、美岬も。


あの女を愛しているというのなら、

その娘を気にかけているというのも当然だろう。

自分自身も、愛しい一人娘も、この娘や、あの女には勝てない。

それが喜子にとって、自身が惨めでならなかった。


ねえ、知ってる?と問われて、和歌は、無意識に後退りしていた。



「あの人の心には、今でも貴女の母親が居るのよ。

あの人が貴女の存在は知らなくてもね」


あの人____それは、千歳賢一の事か。




「ずっと悔しかった。お見合いの時から、なんだか

あの人は空っぽの様だったから。その理由を知ってから怒りしかなかったわ。

賢一さんの心には、貴女の母親が居て、私は勝てなかった。

こんな屈辱あると思う?」


「……………………」


千歳賢一にとって、実母は今でも特別な人らしい。

賢一の心の中に居る人は、実母であって、目の前の貴婦人ではない。

その悔しそうな表情と声音で、貴婦人の感情は解った気がした。

………実母と、千歳賢一の間には、何があったのか。




「あんたさえいなければ、私も美岬も優位で居られた」


その言葉には狂気すら、孕んでいる。

水瀬杏子に勝てなかった悔しさ、侮辱心を、貴婦人の心を占領している。


仮にも、自分自身は、千歳賢一の長女。

千歳賢一にとって、愛した人は実母だけ。

その憎悪染みた声音で告げる貴婦人は、悔しそうだった。




(……………お母様は全て知っていたの?)



ドアの外側、

扉の目の前で、立ち竦んでいる美岬は驚きを隠せない。










「貴女、誘拐された事があるんですってね。

12歳の時、それからは在宅の療養生活を送っていたらしいじゃない。

心を無くした人形みたい。


輝かしき千歳家の中で、貴女は汚点。一族の恥じよ。



荒い呼吸を繰り返す中で、和歌は喜子を見上げる。

何処か自分自身の警戒心が騒ぐ人間だと思っていたが

まさかこんな人物だったとは。



「嗚呼、なんて哀れな子。

まあ、貴女が哀れになる程、美岬は優位に立てるのだけれど」

「…………………わた、し」

「何よ? その()は」



(誘拐された? 悠々自適に育った一人娘じゃないの?)


ドアに耳を当て、

聞き耳を立てながら、美岬は疑問に思った。


美岬の心に疑問符が残る。

和歌はお嬢様で、千歳家の血を引きながら

悠々自適に育った人物だと思い込んでいた。

それなのに誘拐の被害に遇い、その人生を壊された人物だとは予想外だった。


(私は、)


決意を固めながら、和歌は喜子を見詰めた。



「私は、千歳家の人間でなくて………よいです。

元々、戸籍上は無関係なのです……から。

ただ私が、この家の方、全ての人から

憎まれているのは………分かりました。


…………貴女も、娘様も、ずっと、私を憎んで下さい。

それが私の、贖罪ならば受け入れます。


美岬の幸せだけを、願って、私は消えます。

貴女にも美岬にも危機感など加え……ません。誓います。

偉大な千歳家の血を引いた誇りに思いながら、

息を、潜めて私は生きて、いきます………」


誠意のある和歌の姿勢は、憎悪を増殖させるだけだ。


「何を一人前の様に言って!!」


また、喜子は感情的に和歌の頬を再びを叩いた。

その襟元を掴むと彼女を引き寄せて、罵倒した。

その喜子の表情はまるで悪魔が移った様で、和歌は背筋が凍っていくのを感じる。


「………あの女が、いなければ。

あんたが、生まれていなければ。私は賢一さんに愛された。

美岬だってそうよ。


なのに、賢一さんの心にはあんたの母親ばかり。

あんただって同罪よ。美岬よりも、賢一さんの血を引いて

生まれた。愛されて当然でしょう。なのに賢一さんの心の中にはないわ。

それは美岬を侮辱しているのと一緒よ!!


あんたさえいなければ、私も、美岬も

一心で賢一さんに愛された筈だった。なのに。

あんたの母親と、あんたがそれを台無しにしたのよ!!」



「………………………」



「穢らわしいあんたを、千歳家の人間だなんて絶対認めない。

父親にも会わせない。千歳家の娘は、千歳賢一の娘は、美岬だけよ!!」


血走った瞳。般若の形相。

震える心情の中で、自分自身と母親は、この貴婦人と美岬に恨まれ、憎しみを抱かれているのは理解した。



「________恨み節はそれくらいに、しませんか」



聞き慣れた低い声音が、脳裏に響く。

ふと恐る恐る視線を遣ると、和歌をその瞳を見開いた。

何故ならば、其処にはスーツ姿の幼馴染が居たからだ。


(どうして、廉が其処に………?)


「貴方は、………誰?」


鳩が豆鉄砲を食らった様な口調で、喜子は固まっている。


「窓から僭越ながら、失礼致します。

本日付けで、千歳家の執事となりました、城本と申します。

正式に部屋を訪れまして、ご挨拶に伺おうと思ったのですが、

ドアの前には、お嬢様が居ましたので……」


その刹那に、喜子は固まった。


(………美岬が、聞いている?)


はっとして、血の気が引く思いだった。

秘密裏にこの憎き娘を拐い、自分自身の

黒い感情を吐き出すつもりだったのに。


それが、一人娘が、聞いているとなれば別だ。

それを悟った刹那。反射的に喜子は和歌を突き飛ばしていた。


美岬の耳には入れたくない。

自分自身に異母姉が居る事も、父親の心の内に、

母子以外の思い人を抱えている事も。

一人娘には、悪い大人の事情を学ばず生きて欲しかった。


美岬が聞いているのでは、と思い立った刹那、

この憎しみの小娘の事はどうでも良くなった。

急いで部屋のドアを開けた瞬間、喜子は固まった。

それは、神妙な面持ちで此方を見詰める美岬の姿があったからか。


「……………お母様、どういう事ですか?」


和歌を誘拐する様に仕向けて、

自分自身の感情を吐き出す為に、此処に呼び寄せたのか。

美岬の中で、優しい母親という人物像が変わっていく。


「これは、貴女の為よ!!」



喜子は声を荒くする。しかし美岬には通用しない。


「………わたしに、異母姉がいる事は知っていました。

和歌が来たのは千歳家に、わたしの姉だとお迎えになる為にだと

でも己の感情を吐き出す為に和歌を呼び寄せたなんて。

そんなの、自己満足に過ぎないでしょう……。


見損ないました。お母様」

「待つのよ、美岬!!」


母親の声を聞かずして、美岬は立ち去る。

喜子は、和歌に目線を遣ってから舌打ちした。


「………全て、あんたのせいよ。

あんたは私と美岬を苦しめる事しか出来ないのね。


貴女が、壊したのよ。

美岬も私も、賢一さんも………貴女は、疫病神だわ!!」


そう言い捨てると、喜子は去っていく。




「あんな人の話を聞くな」


静寂な部屋に、凛とした青年の声が響く。

和歌が視線を遣ると廉は(ひざまず)いて、スーツのジャケットを掛けた。

ふわりした温和な温もりが宿されたジャケット陽の様な温かさを宿している。


「もう大丈夫だよ、和歌」


その刹那、優しい声音が降ってきた。

不意に視線を寄せると優しい微笑みを浮かべている青年がいる。


「………伯母様の所に帰ろう、ね?」


「………れ、」


ふわり、と抱き抱えた身体はあまりにも軽い。

和歌を抱えたまま、廉は器用に気配を消して千歳家を抜け出す。


「おやすみなさい」


何か、慣れた味わいの薬を口を飲み込んだ刹那。

急激に、頭痛と激しく波打つ鼓動が治まった。

緩和と共に急激に遠退いていく意識。


(何故、廉は此処に来たのだろう)


様々な疑問を抱きながら、急激に遠退いていく意識と

従兄であり幼馴染の青年が来た安堵感から、和歌は意識を失った。




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