episode58・葬った記憶の欠片 (Waka side)
【警告】
かなり残酷なシーンが有り。
苦手な方はブラウザバックを推奨致します。
2020.2.1
sideを付け忘れてしまい申し訳ございません。
和歌の視点ですので、和歌のみのSide表記にさせて頂きます。
ガタガタ、と震える車体。
けれどもこの暗闇の中では何も見えない。
闇夜の光り。
不意に見上げた空は、深い濃紺の夜空に、淡い月が欠けていた。
まだ朧気な思考回路の中で、不意に自分自身を見た。
手首には、銀に光る手錠。
足首には同じ銀に光る足枷。
自分自身は壁を背に此処で眠っていたらしい。
和歌は、周りを見詰めた。
テーブルに色褪せた白いテーブルクロス。
その脇には脚が壊れかけた木製の椅子があちこちに、転がっている。
その間には、割れた硝子の破片が飛び散っていた。
廃墟の小屋。
けれども、此処は知らない場所。
自分自身に見覚えのない場所に、何故、居るのだろう。
記憶を手繰り寄せようとした瞬間、
和歌の脳裏に稲妻が迸った。
あの青年に声を掛けられ、車に乗せられたか。
自分自身が拐われたのだと理解されたと理解し
飲み込むまで、知能犯な和歌にそんな時間はかからない。
その刹那的に、感じるのは。
(_______怖い………。此処はどこ……?)
恐怖感とまだ新春の寒さが、和歌を震わせる。
自分自身以外に誰もいない。暗闇に近い、
月明かりしか差さない壊れかけた部屋で。
和歌は、泣きたくなった。
そんな恐怖感に蝕まれ、苛まれている時、
木製の壊れかけた扉がぎし、と軋みながら開いた。
和歌は、伏せていた視線を恐る恐る上げる。
「………やっと、手に入れた」
低い声。
それは、恍惚の交わった声音。
和歌は、固まった。
目の前に居るのは、
自分自身を騙して拐ったあの青年。
その表情は声音と同じく恍惚に満ちて自尊心と、自信に満ち溢れている。
黒いタートルネックに、黒いパンツを履いている。
顔立ちは品のある青年だが、身なりもきっちりとしているのに何故か髪はボサボサだ。
でも子供ながらに感じ取ったのは、
その得体の計り知れない威圧感。
その容姿と、口角が上がった独特な微笑は、
少女の純粋無垢な心に恐怖心を植え付ける事等、
容易く簡単なだった。
和歌は、少しばかり後退りする。
けれども、逃げ出す事が出来ない事に絶望に落とされた。
彼は和歌に近付くと少し屈んで、口を開く。
「……………君は母親似の様だね。
でもやはり、何処かお兄様に似ている。血は争えない」
(…………お兄様……?)
和歌は、彼が呟いている言葉が分からない。
どういう意味だ? そしてどうして自分自身は、此処にいる?
「君、名前は?」
「……………」
優しさを含みながらも、威圧感のある声。
和歌は怯えた表情で固まっている。
何も言わない和歌に対し、
「自分自身の名前くらいは、言えるだろうがぁ!!」
「………っ」
突然、何かの霊に取り憑かれた様だった。
青年の怒号と共に投げられた硝子が、酷い音を立て
粉々に割れ、破片が飛び散る。
そして青年は、懐から
果物ナイフを出し、躊躇いもなく刃先を少女へ向けた。
その刹那、少女の心に恐怖心が増殖する。
「………み、わ、か」
「あ?」
恐怖心と震えから、上手く言葉すら紡げない。
「………水瀬、和歌………です」
震えた声。
名前を告げると威圧感のある表情が、不気味に和らいだ。
その恐怖心と共に、和歌は青年が浮かべる不気味な笑みが怖い。
しかし。
「そうか。“和歌”ちゃんか」
「………………」
青年は先程の態度を180℃変えた。
「和歌ちゃん、
和歌ちゃんは生まれてから、
悪い人に連れ去れたままだったんだよ」
「………え?」
和歌は、呆然とする。
何を言っているのだろう、この青年は。
その瞬間、がっしりと青年は少女の華奢な肩を掴んだ。
和歌の純粋無垢な心に宿るのは、恐怖心。
わなわなと心身が痙攣するかのようにか細く震え、叫びを上げている。
助けて、も言えないまま。
「和歌ちゃんは、
本当はね。“チトセ”というお城のお姫様なんだよ」
「………チト、セ……?」
「そうだ。お姫様がお城から出ていたら危ないだろう?
だからおじさんが迎えに来たんだよ」
「………………」
「和歌ちゃんは、これから“チトセ”のお城に帰るんだ。
おじさんが連れて行ってあげよう。
皆は、和歌ちゃんの事を知らないからね。
本来のお城に帰るんだよ。
そうすれば、君のお父様に会える」
「………お父様………?」
「そうだ!!」
ひっそりと、和歌が呟くと、
青年____千歳総司は、盛大に声を上げた。
「特に
お父様は君の存在を知らないからお喜びになる。
さあ、おじさんと“チトセ”へ帰ってから
お兄様……君のお父様に自分自身の存在を伝えようね」
さあ、帰ろう。
差し伸べられた手。
恐怖心に洗脳されつつある和歌は思った。
この青年に、素直に従うべきか。
否。
本当は、言葉巧みに操られているだけではないか。
自分自身はお姫様ではない。それにこの恐怖心を
植え付ける男に易々とこの心を渡すものか。
恐怖心で、失いかけていた理性を取り戻した。
「…………お父様には、会いません」
「ん?」
「…………私、は、お姫様ではなくてもいい。
私には母がいます。母が心配しているので、お家に帰らせて、下さい……」
震えたか細い声で、和歌は呟いた。
和歌が震えを押し殺してそう呟いた刹那、
それまで恍惚と喜びに満ちていた青年の顔、表情が歪み出す。
「……何だって?」
その刹那。
物凄い怪力で、肩を掴まれた。
恐怖心に震える少女は、反射的に開いた瞳に愕然として絶句した。
眉間には縦皺が寄り、目はギラギラと据わり光っている。
それはまるで獲物を狙うかの様な鬼の様な人相。
「君は、お姫様なんだ!!お姫様は、お城で暮らすべきだ!!
なのに何故、それを蹴るんだ。お父様に会いたくないのか……!?」
強く肩を揺さぶられ、和歌は目を閉じた。
「君は、千歳賢一の娘。千歳家の人間なんだぞ!?
お兄様の娘が、千歳家の血筋を持った人間が、民に紛れてはいけない_______」
血走った瞳。人間の皮を被った悪魔。
けれども、和歌は心の何処かで悟っていた。
“チトセ” “お兄様”という人が、自分自身の父親なのだと。
しかし今は恐怖心に苛まれて、
そんな事を考えている思考と余裕は奪われた。
「……………………やめて!!」
「認めろ!!」
少女のか細い呟きは、青年にかき消される。
漸く揺さぶられから解放されたが、拍子に突き飛ばされ床に投げ捨てられる。
しかし余程の怪力だったのだろう。
肩に痛みが走た。
しかし、その痛みすら気にしている暇はなかった。
和歌は目を見開いた。
ぎらぎらと、銀に光る刃先。
それを胸元辺りに突き付けられそうになり、悪寒が走る。
植え付けた言葉には出来ない恐怖心が心身を蝕んでいく。
「っ………」
「己の父親は、千歳賢一。そしてお前は、千歳家の人間だ。
それは間違いはない。そして民に紛れる事なく
千歳の血筋を持っている以上、千歳家のお城に行くくんだ」
「………嫌」
「なんだと!!」
その瞬間、ぎらりと光った銀の刃先が、見えた。
ぐさり、と音を立てて、刺さる。
「……………………」
「………………………」
自由が奪われた身で、
和歌はひっそりと身体を屈めて震えている。
娘に向けられた矛先は、彼女が反射的に床に
転がった事で、和歌は無事だった。
いに知れぬ恐怖心。
助けはない。そう悟った刹那に
絶望した瞳は光りを失う。その瞳から溢れた雫。
それは頬を伝い、床に落ちた。
それは、少女の純粋無垢な心が、壊された結晶。
「ちっ、この娘、母親に洗脳されてやがる」
「この千歳家に従わない恥知らずめ」
青年は、舌打ちすると、
テーブルに置いていたハンカチに麻酔薬の液体を大量にかける。
そしてそれを、少女の口許に押さえ付けた。
その刹那。
遠退いていく意識。
失ったのは純粋無垢な心。
代わりに絶望の音を落としながら、和歌は気を失った。
お久し振りです。
大変、更新が遅れてしまいました事、
お詫び申し上げます。
ようやく和歌の核心のお話が書けて良かったです。




