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傷付いた鳥籠が壊れるまで  作者: 天崎 栞
【鳥籠の罪】
58/112

episode56・隠された娘 (Misaki.father side)

賢一と、ある男の話。



応接間に客人が来た聞いて、賢一は応接間に入る。

長椅子のソファーには、とある男が肩を落として座っていた。


「何故、お前が此処にいる」



ボサボサの髪、着古した深い緑色のポロシャツにジーンズ姿の男。

スーツ等でびしっと身なりを整えている千歳家ではかなり珍しい。

賢一は男を見るなり怪訝な顔をした。



「久しぶりです。_____お兄様」

「犯罪者のお前にお兄様と呼ばれる筋合いはない。

千歳家の名誉に泥を塗った癖して、のうのうと現れるのか」


西園寺(さいおんじ) 総司。もとい、千歳(ちとせ) 総司(そうじ)

賢一の唯一の弟であり、千歳家の人間だった人物だ。

けれども彼は千歳家から、その人間達からも見放されている。

それは9年前に総司が取った“ある行動”によって。


総司は、千歳家初の、犯罪者だった。

罪名は、未成年誘拐、略取等罪、強姦未遂。

様々な罪に手を出した弟に弁解の余地は無く、罪により刑期も重いものだった。



幼き少女を拐い監禁した罪で牢屋にいる。

刑期を終えてはない。まだ残っている筈だ。なのに、

何故、此処に、弟が千歳家へいるのだ。


犯罪者となった千歳総司の風当たりはきつく、

総司は千歳家から追放され、母親の旧姓を名乗らせた上で刑務所に送った。


現当主である以上、威厳を保たねばならぬ。

それに“千歳家に、仲良かった弟へ裏切られた”という気持ちが強い賢一の、弟への感情は総司が

警察に捕まってから、一切の兄弟愛や情等、失せていたのだけれども。


だからなのか。

賢一の軽蔑する様な、冷たい眼差しと表情は、

賢一の内情を写している様だった。


「よくも罪を犯しておいて、のこのこと

千歳家の敷居を踏む事が出来たな。お前は

自分自身の仕出かした事の大きさが分からないのか」


刑期を終えてはないが、千歳家と絶縁して9年。

心無しか身体は痩せこけ、何処か表情も窶れ暗雲を秘めている。


「仮出所の時期で、此方に参りました。

千歳家への敷居を(また)ぐ人間ではない事は重々承知しております」


しかし、その物言いや物腰は、

千歳家特有の気品に溢れるものだった。

総司は兄上と賢一の誠実な性格や当主となる覚悟を尊敬していたから、尚更、そう感じてしまうのだろう。



「まあ、いい。要件を話せ。

美岬が帰ってくる前に。美岬にお前の存在は、死んだと言ってあるからな」


総司は、警察に捕まる前には、重要な役職に勤めていた人物だった。

千歳家の名誉もあり、総司も千歳家の名に恥じない人物で

姪にあたる美岬の事も大層に可愛がってくれていた事は覚えている。

故に美岬も総司には懐いていて、総司が死んだと偽りを聞かせた時は涙を流していた。

伯父にはもう2度と会う事はないのだと。

その意味は違えど。


(今の総司を見てしまったら美岬に悪影響になり

話にも矛盾が生じてしまう)


賢一は、美岬に総司の姿を見られて悟られたくない、

その面ではかなり焦りを見せていた。


美岬には亡くなったと言い聞かせている以上、

偽りを聞かされていた、という時点でも父親の威厳はかなりマイナスとなる。





「今日は、お兄様にお伝えしたい事がありまして」



凛とした姿勢のまま、総司は静かに告げた。

しかし賢一には裏切り者の言葉を耳に入れるつもりは一ミリもない。

しかし賢一は弟が見せる神妙な面持ちが気になってしまう。




「お兄様には、まだ知らない事があります」


「…………なに?」



怪訝な顔をして、賢一は弟に目を向けた。



「お兄様には、“娘”がいるんです」


弟は頭が可笑しくなかったのか、と思ってしまった。

賢一には一人娘に美岬が居る事は如実だというのに。

彼もかなり姪には優しく可愛がっていたではないか。



「お前、何を言っている。確かにそうだ。私には美岬がいる」

「美岬ちゃん、ではありません!!」


総司は、声を荒げた。

その声音と言葉に、賢一の眉間に縦皺が走り加えて顔色は怪訝となる。

しかし総司の面持ちや感情は冷静だった。“この事実”を兄は知らない。





「………その様子だと

お兄様。お兄様は、美岬ちゃん以外の、

自分自身の血を分けた子をお知りではない様ですね」

「…………どういう事だ?」

「…………」


総司は俯いている。

ボサボサの髪の影響で、表情は伺えない。

けれども何も知らないまま生きている兄を見て、総司は哀れに思った。


(貴方の娘は、もう一人、居るのに______)


総司はそう告げると、杏子、と呟いた。

その瞬間、賢一は固まってしまう。

水瀬杏子。今でも忘れられない初恋相手。

自分自身が最も愛した女性。杏子と聞いて賢一はやや冷静では居られなくなる。


「杏子? 杏子が、どうした?

お前が軽々しく語る口は持っていないだろう!!」


総司は当然、兄が愛していて女性の存在を知っている。

あれだけ兄が恋い焦がれていた相手なのだから、

忘れられる筈がない。


「ええ。失礼を承知で、言わせて頂きます。

けれどもこれは、周りが知っているのに

お兄様だけが知らないのは、可笑しい。


お兄様は、知るべきです」



「お前は、何が言いたい!?」


中々、本題に話を移さない弟に怒り、

賢一は総司の胸ぐらを掴んだ。

総司は平然としている。そして内心、悟った。


兄は、まだ初恋相手の事が忘れられないのだと。

まだ水瀬杏子が、兄の心にいるのだと。

現にいつもは冷静沈着な兄が初恋相手の事になると感情的になるではないか。


「兄さん。落ち着いて聞いて下さい」

「……………?」


「お兄様には、美岬ちゃんの他にもう一人、娘がいます」


「は…………?」



賢一は、呆気に取られた。


この子です、と渡された写真。

7歳くらいの、其処には大人しそうな少女が写っている。

真っ直ぐな長い黒髪、白い肌に、

清楚さを連想させる思わせる雰囲気と整った顔立ち。

その顔立ちは否定出来ない程に、初恋相手に似ていた。


(……………どういう事だ?)




「水瀬杏子さんには、一人娘がいます。

お兄様と別れた際にはもうこの子は居た様です。

…………賢いお兄様なら、もう言わなくても分かる筈です」


それは即ち。


水瀬杏子は、亡くなって等、いなかった。


この娘は、

自分自身と、初恋相手との間に授かった娘だと。


自分自身の、血を分けた娘だと。





side表記が脱字になっていた事を

お詫び申し上げます。誠に申し訳ございません。

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