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傷付いた鳥籠が壊れるまで  作者: 天崎 栞
【鳥籠の罪】
55/112

episode53・複雑な心、言葉に出来ない言葉 (Waka. Ren side)

和歌、廉のお話。

ちらりと美岬も登場致します。



和歌は、

清楚で何処か、ぼんやりとおっとりとしている。

羽の様に柔な、凛々しさが混ざる雰囲気は、何とも言えない。


トリリンガルで語学には流暢で、長けている。


人生の殆どを海外の地で暮らしていた和歌にとって

辛い記憶を佇ませているこの日本の地は何処か息苦しい。



ヨーロッパ圏、アジア圏、アメリカ・サンフランシスコ。




外資系に勤める母親は、娘と甥の素性を隠す為に

海外支社へと転勤を望んでいたのかも知れない。

無慈悲な誘拐に巻き込まれ心に深い傷を負った娘、

母親が罪人と白い目を向けられ後ろ指を差された甥。

日本の地を離れていれば、二人の素性を知られる事もない。

まだ、呼吸が出来る。


和歌から、

誰かから付けられているという話を聞いてから、

廉は和歌がアルバイトの日には、迎えに行く様になった。


廉にとって伯母の杏子は、恩人だ。

恩人の大事な娘であり従妹である、和歌に傷を付けさせてたまるものか。




ネオンの輝きが放つ、

繁華街の入り口で、美岬は溜め息を着いた。


“ごめんね、急用が入った。今度にしよう”


呆気ない、素っ気もない、メール。




待ちぼうけを食らい、挙げ句にはドタキャンされた。

今日の夜遊びの予定は全て、パーになってしまったのだ。

最近は嫁入り修行として重責感のある気の抜けない日々を過ごしていたので料理教師の体調急変で

来られなくなり自由な自分自身の時間が

確保出来た事に、美岬は喜び、直ぐ様に予定を入れた。


(メイクも服装も、一段を気合いを入れたのに)


溜息を着いて、家に帰る事にした。

本当は人肌に触れて、温もりと共に安心感を得たかった。

それで自分自身を自己満足させて欲しかったのに。




(………………和歌と、だれ?)



長身痩躯のすらりとしたスタイルに、

誠実さの雰囲気を佇ませた甘めな端正な顔立ち。

思わず目を惹かれてしまう程に綺麗な青年が、

和歌と親しげに話している。



驚いたのは、他にもある。

和歌が見せた微笑み、“笑顔”だった。

控えめに彼女は笑い、それを青年は暖かく見守っている様だった。


端から見れば、酷く絵になる美男美女だ。



(なんだ、彼氏が居たんだ)


あまり男気を感じさせない、

見た目は大人しい清純なふりをして、

自分自身はちゃんと男性が、居るじゃないか。



(貴女はお気楽そうね)


その身体に流れている血の理由も知らないで。


(貴女が長子の役目を果たせば、あたしは自由で居られたのに。

何故、千歳家は貴女を見逃したのかしら)


本当は和歌が、

千歳家の長子の役目を果たすべきだ。

己は知らなくとも紛れもなく、その身体には千歳家の血を引いているのだから。


(あたしが、

こんなプレッシャーに耐える羽目になっているのは

貴女のせいなのに。貴女は自由奔放に生きているなんて)



何もかも千歳家の責任感を、一人で背負っている美岬には、和歌が酷く恨めしく映った。



_________数時間前。



廉は、大手引っ越し業者にて就職している。

今日の引っ越し作業の仕事はお昼で終わって

しまったから、午後からはフリーだった。


和歌は追われている。理由は解らない。

けれども迎えに行く度に、後ろから誰かが来る気配とその姿があったのを廉も確認した。




察するに探偵だろう。


在り来たりでは、探偵に全てを悟られてしまう。

廉は追っ手の視線をまく事を考えた事で、

探偵が和歌を追えぬ様にしたのだ。


ある時は自分自身が、

焼肉店から出て、和歌に成り済ます。

和歌は普段通りの服装や、女性の淡い変装を施して貰う。




探偵は、

あっさりと身代わりの自分自身に着いてきた。

誰かを騙し弄んでいる感覚が、どうも微笑したくなってしまった事は覚えている。

けれども和歌を助ける為。


(和歌(いとこ)の為なら、何だってしてやる)


和歌に万が一の事があれば、杏子が悲しむ。

伯母の悲しむ顔も、従妹が傷付く姿ももう見たくはない。


(これは、懺悔だ)


或いは恩返しになれば、いいのに。と思っていた。



一緒に行動はするけれど、時折にして離れ離れにしている間に近くの居酒屋や地下にあるバーに隠れ、合流。

その間はGPSナビゲーションや通話機能を使い、

和歌を見張り会話が絶えぬ様にしている。


自分自身が和歌の帰る場所に、代わりに、

数軒しか離れていないアパートに和歌を帰らせる。

今日は繁華街を抜けた先にあるファミリーレストランで落ち合う形になった。


窓から見えない奥の席に座っている。

今日も探偵の目を欺け、従妹に何事もなかった事に安堵しながら胸を撫で下ろした。



いつも通りの姿に

着替えた従妹の姿は何処か浮かない。

その憂いを帯びた整った顔立ちには薄幸の表情を浮かべいる。



彼女は、蜂蜜味のアイスティーを、ストローで控えめに飲んでいる。

反対に廉の前に現れたのは、期間限定のイチゴパフェ。



「なんか、浮かない顔をしてるよ?」

「………そう?」


(私は何時まで、廉を振り回すのだろう)


今も昔も。

結局、自分自身が実母も従兄も

不幸にして厄介事に巻き込んでいるではないか。


和歌の心境は複雑化していた。


廉は就職してから一日も休まず、仕事に邁進し続けている。

疲れているだろうに結局は自分自身に私情に彼を巻き込んでしまっている事をとても申し訳なく思っている。


従兄には、謎の逆らえぬ説得力と言葉がある。

それに何も言えなくなってしまうのだけれど、

それに圧されていたまま、甘えていたら、駄目だ。


(私は誰かの疫病神にしかなれない)


そんな自分自身が、

とてつもなく和歌は憎たらしくて堪らない。

誰かの重荷にしかなれない自分自身は、とんでもない疫病神だ。



ウェイトレスが運んで来たのは、期間限定のイチゴパフェ。

それが廉の前に静かに置かれる。


「これは?」

「………奢り。

「廉、苺が好きでしょう?」

「でもどうして?」


そう問うと、

(ようや)く和歌は顔を上げ、口を開く。



「お詫び。

だって申し訳ないもの。廉だって疲れているのに……」

「申し訳なく思わなくても、気にもしなくていいよ?」

「……………」


ごめんなさい、と言う筈だった言葉は、

単なる空いた口が塞がらないだけになった。


それは青年が、

小悪魔的な微笑を浮かべ

口許に人差し指を立てて微笑んでいていたからだ。

刹那的に手元に置いていた、携帯端末が着信を拾う。


『その言葉は、言わなくていいよ。

和歌がそう思う事も言う事もないんだから、ね?』

『その言葉の代わりに、これを貰うよ。それでナシにしよう』


携帯端末から、従兄へ視線を移す。

彼は相変わらず微笑を浮かべながら人差し指を

口許に立てていたが、(やが)てパフェを頬張っている。


掴めない、読めない性格は相変わらずだ。

その何者も説得してしまう謎の力も。



和歌が言う言葉は、解っている。

PTSDの深い傷を負いながらも、健気に生きる花。

もうあの過ちは繰り返したくはない。





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