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傷付いた鳥籠が壊れるまで  作者: 天崎 栞
【鳥籠の罪】
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episode51・誰も知らない秘密 (Waka.mother side)

和歌の母親の話。



妊娠が分かったのは、別れた後だった。



若き日頃、まだ大学生の時だった。


和歌の母親である杏子と、廉の父親である颯馬は

物心付いた時は既に地方の養護施設にいた。

唯一の肉親である二つ歳上の兄と二人三脚で歩いてきた人生。



奨学金を得て大学生になった事に従い、

都心に上京していた兄の後を追う様に杏子も

地方から都心に引っ越した。


大学に入学した時、

周りの空気はピリピリとしてはざわめいていた。

代々の名家で政治家を歳出してきた千歳家の御曹司の青年が居たからである。

彼の名前は、千歳賢一と言っていた。


長閑な田舎で育った自分自身でも、千歳家の名を知っていた。

政治業界の中でも千歳家の名前は有名だ。

それほどに知名度のある資産家であり皆が恐れ(おのの)

名家である材料と権力を備えていたのだ。

その権力故に千歳家の噂はあまり良い話ばかりではない。



都心に出てきて杏子は、

周りの華やかさと千歳家の人間が同じ大学いるという現実に圧巻されていた。

しかし、


(接点もない。それに後ろめたさが何もないなら、堂々としていたらいい)



普段通りに過ごしていた杏子の事が、賢一は意外だった。

周りは千歳家、と聞いただけでへこへこと別け隔ての態度を示すのに

彼女だけは180℃違っている。

常に凛としていて別け隔てのない態度を変えはしない。


周りは好感度を得ようと必死な中で、水瀬杏子だけは違った。

特別扱いも、好感度も得ようとはしない。

だから、賢一の瞳には異様に映ったのかも知れない。


「君は違うね、周りとは」



いつもの様に図書館で勉強している時、

最初、賢一からそう話しかけられた。


「何がですか?」

「皆、千歳家の人間がいるって知ったら、皆、態度が180℃違うのに、君は常に平常心で接してくれる」

「…………そうですか?」


ちらり、と髪から向こうから伺えた横顔は

端正に整っていて、薄幸な雰囲気を佇ませている。

その大人で綺麗な横顔に惹かれてしまう。


(不思議な人だ)


そう思った。


千歳家と言えば名家で、

冷酷非道の家柄と人々だと有名だ。

家柄の地位や名誉を傷付ける者が居たらならば、

その人間を潰す事を赦さない。



これも演技なのかも知れない。

しかし(やが)て、図書館で会い話を交える度に

けれども、あまり千歳家の人間だとは感じさせなかった。


誠実で紳士的な人柄。

その内面には腹黒さの淀みは感じられない。

帝王学を学んでいる影響か、知識な豊富な面、

純粋無垢な素直な面も伏せ持っている。

本当に千歳家の人間なのだろうか、と疑う程に。


それは孤児(みなしご)として冷ややかな見られてきた杏子には痛い程に分かる。

彼は杏子の素性を知っても、態度は変わらなかった。


いつしか、二人の仲は、自然と恋仲に変わっていた。





しかし付き合っていく内に、

身分差をひしひしと感じていた。

彼はいつか千歳家を継ぐ、千歳家の御曹司。

対して自分自身は兄と二人三脚で生き抜いてきた孤児(みなしご)


名家ならば、その御曹司となれば、

いつかはどこぞの令嬢と歩んでいく。

恋仲となっても、この恋は成立はしないだろう。

それは彼が赦しても、千歳家が赦さない。


(いつかは、別れが来るのだろう)


この関係が、実る事はない。


そんな時、偶然、聞いてしまった。

千歳賢一には、何時かは伴侶となる見合いの相手がいると。

それは当たり前だ。名家の御曹司で、名家となれば。

いない方が稀だ。



(…………彼が、失望する前に、私が身を引くべきだ)



杏子は、次第にそう考えていた。

彼が傷付いて失望する前に、手を打ってしまった方が良い。


兄に手伝って貰う形にしまうが、

自分自身は死んでしまった事にして消えて仕舞おう。

それで彼に納得して貰えば、自分自身が消えれば、全てが元通りになる。



「これで、いいんだな?」


後悔しないか、と颯馬は聞いてきた。

うん、とだけ、杏子は告げた。



しかし。

全てが終わったと思っていた矢先の事、

彼の子を身籠っている事に気付いた。



颯馬は最初こそ怒りを見せたが、

杏子が全力で動かない姿勢を見せたところで諦めた。

何事も兄妹で生きてきたのだ。それに兄は感情的で動く人間じゃない。



颯馬も何時かは、自分自身の家族を持つ事になる。

兄妹と言えども、それぞれの人生がある。

今まで通りに、兄と一緒にという形は無くなるだろう。

それに兄が作るであろう家族に入り込む事は、あまり良くはない。

第一、杏子はそれを望んでいない。




彼の忘れ形見。

家族の形は違えど、この子が自分自身の糧になるのなら。

生きる希望となるのなら。

杏子にとって、身籠ったこの子はもう家族なのだ。


「私、この子を産むね」

「……………それでいいのか」

「うん。だってこの子は、私のたった一人の家族だもの」


晴れ晴れとした表情(かお)に妹の強い決意に、颯馬も理解した。

何かあれば協力する、とまで約束してくれたのだ。

杏子の身籠っている子は則ち、自分自身の姪か甥になるのだから。

自分自身にとっても親戚になるだろう。




ある梅雨が訪れる前に、杏子は密かに娘を産んだ。





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