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傷付いた鳥籠が壊れるまで  作者: 天崎 栞
【鳥籠の罪】
52/112

episode50・突き付けられた現実 (Misaki.mother side)




心に芽生えたのは、憎しみ。

彼を自分自身に振り向かせて見せるという自信は打ち砕かれ


千歳賢一の妻でありながら、

自分自身は初恋の女に敗北したという、屈辱心が喜子の心に残った。

負けたのだ。賢一の初恋相手に。


昔から千歳家に(つか)えるお(つぼね)の執事に

喜子は彼の(ふところ)に金を積み、感情的に荒れ狂い迫った。


賢一の初恋相手は、どんな女か。

どんな女で、名前は、素性は。


それは、『千歳賢一の妻』という肩書きを

かなぐり捨てながら反対にそれに執着している様に見えた。

大人しい夫人が、夫の昔の恋人に対して荒れ狂う姿に、執事はつくづく思った。

『狂気に狂った女性程は、恐ろしい』と。


(……………話さなければ、この好奇心は治める事は出来ないだろう)


そして観念した。

彼女の狂気の好奇心を治めるのは、

ありのままの、千歳賢一の真実を告げるしかないと。


そうでもしないと、賢一にも美岬にも、支障が出てしまう。

美岬に至っては樹神家へ嫁入りを控えているのだ。

これに傷付いてしまえば、温室の箱入り娘は立ち直る事が出来るのか。

(ふところ)に紛れた金に言葉が出なかったのも本音だ。


仕方がない、と執事は、喜子に名前を教えてしまった。


_______名前だけだ。



それからの好奇心と憎しみ故の喜子の行動は、早いものだった。

内密に探偵を雇い、賢一の出身大学に問い合わせ、

その女の素性をくまなく調べて貰った。

女が居たのは、あの夜、賢一が自白した内容と殆ど一致していた。


__________ある、二つの事を除いては。




『……………亡くなっていないじゃない』



賢一の初恋相手は、亡くなって等、いなかった。

今も存命していて、病故に亡くなった等は単なる偽りに過ぎなかった。





そして、喜子が最も許せなかったのは。



彼女には、一人娘がいるという事だった。


独り身ながら、

密かに産んだ彼女の娘に、喜子は怪しみ、調べ尽くし、

そして知ってしまった。それは一つの紙切れ。

けれども確かな存在感を露にするもの。


DNA親子鑑定書


【対象者】


千歳 賢一 (45)

水瀬 和歌 (22)


血液型:AB型(RH+)

父娘関係確率:99%。


以上の結果から、“父娘関係を肯定”とする。



「……………なんて、こと」




_________水瀬和歌は、千歳賢一の実の娘だと。



そして知ってしまった。

水瀬和歌の母親、水瀬杏子こそ、

今も賢一の心に居座っている初恋相手だったのだと。


『水瀬杏子は、黙って娘を産んだ様です。

賢一様はこの事実をお知りではないかと。

ただひとつ言えるのは、水瀬杏子の、一人娘に対するガードはとても固い。


外資系の会社に勤め、転勤族として、

国内、海外と住居を転々としている様です。

この行動は賢一様に会わない為に、娘がいると悟られない様にでしょう』


探偵は冷静な口調で、ありのままの事実を告げた。

喜子にとって冷酷非道で残酷な言葉と事実を。



千歳賢一の無自覚の、無慈悲な裏切り。

認めたくはなかった。信じたくはなかった。

賢一が妻に対して裏切りを働いて居たなど。

そして美岬以外に、賢一の血を引いた娘がいるのだと。


水瀬和歌は、美岬の異母姉なのだと。



けれども

突き付けられた現実は、否定したくとも出来ない。



全てを計算付く、疑惑の上で、喜子は和歌に近付いた。

水瀬和歌自身は母親似の様で、あまり賢一には似ていない。

けれども深窓の令嬢と連想させる、立ち振る舞いは、賢一の血を、千歳家の引いたのだと今ならば悟れる。

本人が知らなくとも、彼女も千歳家の血を引いているのだ。


しかし、立ち振る舞いや

仕草だけならば、美岬よりも勝っている。

実娘が、賢一の血を引いただけの小娘に負けているだなんて。


だから。

知りたかった。

一分一秒、水瀬和歌という人間を。



運命の悪戯だったのか。

生憎にも水瀬和歌は、千歳美岬____喜子の娘に出逢ってしまった。

彼女は思っても見ないだろう。同じ講義を

受け学んでいる彼女が、自分自身の異母妹だとは。


彼女が、美岬の親友だとも気に障った。

実の娘が、憎しみが走る女の娘と一緒に居るという事も。

だから喜子は美岬には告げたのだ。______水瀬和歌には関わるな、と。


千歳家の事を差し出したけれども、

憎悪が(ほとばし)っている自分自身の

喜子自身の私情が優先してしまったのは一切否めない。


美岬の外国語学部の入学を赦した事も、今では後悔している。

知らなかった方が良かったのかも知れない。

真実を闇に葬ったままで。


少なくとも、愛娘_____美岬の耳には入れたくない事実だ。

彼女には傷一つのない宝石で居て欲しい。

傷一つ、着けたくない。


だが。

水瀬和歌に対する感情は真逆だ。

水瀬和歌を心を傷付けたい、水瀬杏子には罵詈雑言を浴びせたい。


刹那に心に込み上げるのは、

留めのない水瀬杏子、水瀬和歌に対する憎悪。

千歳賢一に対する言葉に出来ない愛憎。

けれど。



(______水瀬和歌、賢一さんは、

この事実を知ったら、どうするのかしら?)


それは、呆れた嘲笑いだった。

顔を手で押さえながら、喜子は呆れながら荒れ狂い、

暗闇の自室で、片手で顔を押さえながら、ずっと涙を流し続けた。



【補足】


・和歌が物語の構成上、

和歌が異母姉です。実際は一歳の年の差がありますが

美岬が早生まれの為、和歌とは同学年となります。




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