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傷付いた鳥籠が壊れるまで  作者: 天崎 栞
【鳥籠の罪】
51/112

episode49・夫人の誤算、近付いてゆく現実 (Misaki.mother side)

逆となりますが、美岬、美岬の母、喜子の目線となります。

ご了承下さい。



______大学キャンパス、講義教室にて。




「残念だったわ」



ぽつり、と呟かれた可憐な声音。

夏風が髪を揺らした時、和歌は、スペルを書いた

ペンを止めた。

不意に隣に視線を遣ると残念そうな表情を浮かべた同窓生がいる。


「こちらこそ、ごめんなさい。

突然、お邪魔して………」

「いいの。ただあたしと時間が合っていれば……と思うと悔やまれてならないの」


美岬が落胆しているのは、それだけじゃない。




__________前日。喜子の部屋。


和歌が千歳家を後にした後、

話があるから、と美岬は母親に呼ばれていた。

優雅に紅茶の香りを愛でながら、母親は微笑んでいた。


『何故、和歌を呼んだのですか』

『貴女がよく話す子だから……どんな子か知りたくなってね。

大学の帰り際、あの子を待ち伏せしたのよ』

『…………そうですか』


喜子は、笑顔だった。

しかし、その母親の笑顔が、美岬には恐怖感を与える。


美岬は、自棄に胸騒ぎを覚えた。

今まで夫や娘を陰ながら支える『控えめな縁の下の力持ち』という存在だった母親が

最近は自棄に行動的であれこれと口を挟んでくるからだ。





紅茶を置くと、母親はこう告げた。

美岬にとって、残酷な言の葉を。



『水瀬和歌。あの子とは、今後付き合わない様に』

『え…………?』


美岬は、呆然とした。

何故、そんな事を突然、言い出したのだろう。

美岬はずきりと心が痛み、自然と顔を俯かせた。


『…………どうして、ですか?』

『友達、と言っていたわね。けれどあの子は

美岬には相応しくないからよ』


母親と二人三脚で歩んできた健気な女性。

深窓の令嬢の様な容姿端麗さ、礼儀正しい性格は

品の良さが感じられていて喜子も惹かれていた。

……………その“面”だけだ。


けれども喜子にとって、

それが“疎ましい”、“憎らしい”と感じる。


(……………睡眠導入剤を入れている事なんて気付かれていない筈。

なのにあの子は、紅茶を一口も飲んでいなかった。

何かを察していたとでも言うのかしら)


水瀬和歌は、“喜子の計画”には嵌まらなかった。

それは即ち、“喜子の計画”を打ち砕いたという事だ。


彼女を眠り姫にしてしまえば、

水瀬和歌を自分自身だけのものに、自由に操れる。

だとしたらこんな物事を遠回しにせず、済んだだろう。


喜子の疑心暗鬼も全て晴れるというところだった。

水瀬和歌が、自分自身の思い通りにならなかった事だけは、喜子の計画にはない唯一の“誤算”だった。


否。それよりも

喜子が“欲しいもの”は、もうすぐ手に入る。


しかし“欲しいもの”を手にする前に、

喜子に“現れかけている現実”は変えようがない。

故に水瀬和歌への存在を怪しまず、疎まずには居られない。





両親への“抗い”。

それは千歳家ではしてはならない事を知りつつも、

美岬は腹を括り据わると、なるべく冷静に口を開いた。



『で、でも、あの子は、外国語学部の首席者です。

この大学に入学して右も左も分からなかったあたしに

色々と教えてくれたのは、紛れもないあの子です』

『それはそれよ』


娘の切実な言葉の訴えを、ばっさり切った。


『どれだけ優秀者だとしてもね。一番は相手の家柄を考えないと』


バサ、と放り投げる様に無造作に

テーブルに広げられたのは水瀬和歌の身辺調査書だった。

その身辺調査書を見て美岬は、顔面蒼白になってゆく。


(………調べたの?)


友人の身辺を調べられるのは、あまり気分の良いものじゃない。

複雑化した感情が美岬の心に渦を巻いていく。



『美岬。貴女は、千歳家のたった一人の子女なの。

千歳家が偉大なのはその娘である貴女は一番、分かっているわよね?』

『…………………っ』


威圧感のある表情、どすの聞いた弾んだ語尾。

その瞬間、美岬は、母親の言い分が解ってしまった。


千歳家。

名家の千歳家に付き合う人間も、

千歳家に見合った相応しい人間である様にと定められている。

付き合う人間も千歳家の為に選らばなければならないというのか。


(…………どうして和歌が、)


和歌は一匹狼で、クールな性格故に

無愛想・素っ気ないと捉えられたのかも知れない。

けれども彼女はさりげなく優しさの持ち主で

誰よりも優秀者だ。それを表に出さないだけなのに。

喜子の理想の和歌と、現実の和歌の性格が、

喜子には受け入れられなかったのかも知れない。

それか身辺調査書に印された水瀬和歌の身辺が気に入らなかったのか。


解っている。

解っている。

自分自身の立場が、どういうものか。

千歳家という名家が、どんなものか。


けれど名家・千歳家の縛りが、

時に美岬にとって息苦しく、納得出来ないものであった。



_________千歳家、書斎。



控えめな、雨音が静寂な部屋に佇む。

そんな中にいた紳士は窓から伺える、雨の景色を

儚く物憂げな表情を浮かべ、(やが)て視線を伏せた。




「あの子も、“水瀬”、か………」


ぽつり、と呟いた言葉。

硝子窓に指先を当てると、

ひんやりとした無慈悲な冷たさが伝わってきた。


妻が連れてきた女性の事が頭から離れない。

静かに流れる雨音と共に賢一の心は、感傷的だった。



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