episode48・心に秘めた攻防戦 (Waka.Misaki.mother side)
しばらく和歌のお話となります。
大学から千歳家に訪れてから、
和歌は内心に警戒心を佇ませながら少しずつ語り合う。
和歌の話には全く隙がない。
母親が外資系会社勤務という事で、転勤族で海外に居た事、
キャリアウーマン母親に憧れ、通訳士を目指して外国語学部に入学した等。
喜子に写った和歌は「自立心と芯を固く持った才女」。
自分自身の一人娘とは正反対の性格と思考の持ち主だ。
あまり千歳家の令嬢として自覚がない様に見える美岬と
和歌を比較してしまい、嫉妬に駆られた。
本当の令嬢なのは娘なのに。水瀬和歌は令嬢でもなんでもないのに………。
美岬の話を聞いた所によれば、水瀬和歌の成績はトップ。
外国人教師からも教授からも一目置かれている、という事だった。
東京都立成銘大学学業優秀賞にも表彰されたと聞いている。
常に落ち着いた声音と、低姿勢の態度と面持ち。
和歌を話を交わす度に、時間を過ぎていく度に
内心、喜子は苛立ちが心の中で煮え滾っていた。
(…………どうして、眠らないの?)
和歌に差し出したダージリン、
ティーカップには睡眠導入剤を入れている。
薬の常習者でなければ、身体には免疫がないので
紅茶を飲めばすぐに眠りに落ちてしまう筈だ。
夫には元恋人が心の中には居座っている、自分自身には勝てないと悟り、夫婦仲が冷めていた頃から
喜子は安定剤や睡眠導入剤を隠れて服用する様になっていた。
喜子には、計画があった。
それには、一番の行動に、和歌を眠ってもらうしかない。
なのに彼女は眠る気配や素振りも見せない。
千歳家に和歌が訪れて一時間が経過していた。
外はいつしか茜色の空が伺える。
結局、喜子は根を上げてお手上げになった。
「………ありがとうございました。
言葉に甘えてしまい、長くお邪魔してしまい申し訳ございません」
「いいのよ。あたしから誘ったのだから…………
美岬とのお話を来て良かったわ。ありがとうね」
ティータイムが終わり、和歌は静かにお辞儀する。
背に流れたさらさらのストレートの髪が、はらりと落ちた。
引き締まった口元には、淡い微笑みが浮かんでいる。
あまり表情が変わらないせいか、
同一人物ながらも、微笑みを浮かべた彼女は新鮮の様に伺えた。
「送るわね」
「……いえ。此所までして頂いて申し訳ないです。…………私は大丈夫ですから」
「そう? じゃあ、玄関まで送るわね」
「…………はい」
喜子に続く形で、和歌も後ろに付いている。
クラシック調の廊下を歩いていると、
ある二人の人物に鉢合わせした。
_____美岬と、賢一だ。
美岬は、和歌を見た瞬間、目を丸くして驚いている。
賢一は平常心だが妻と一瞬、合った視線はピリピリとしたものだ。
“賢一の自白”の話し合いを経て
賢一と喜子の仲宜しくはなくはギスギスとしている。
_______しかし。
「おや、君は」
凛とした声で、賢一は呟いた。
賢一に注がれている視線は、喜子の後ろにいる、
端正な顔立ちをし黒髪ストレートロングヘアを一部結わえている女性だ。
所見で見た所、上品で人形の様な深窓の令嬢、という印象を与えた。
見慣れない人物だ。
国会議員・千歳賢一を目の前にして驚きながらも
和歌は深々に静かにお辞儀する。
「初めてお目にかかります、私は水瀬和歌と申します」
「お母様、和歌が要らして居たの」
「ええ。あたしが呼んだのよ。美岬と仲良しだからと聞いて一度、お話してみたいと思って」
「そうか。美岬の友人……なんだな、君は」
「はい」
「ごめんなさい、お邪魔していました」
「もう帰るのか?」
「……はい」
賢一の問いかけに、冷静に返す和歌。
礼儀正しく物腰の低い佇まいは、令嬢を思わせる。
しかし和歌を見た瞬間に、賢一は何故か複雑化した感情を覚えた。
けれども理由は分からない。
「楽しかったわ。
これからは和歌ちゃん、と呼んで宜しいかしら?」
「はい。………お邪魔致しました」
「気を付けて帰ってね?」
「ありがとうございます。…………失礼します」
そのまま和歌は、真っ直ぐ歩き出す。
その凛とした姿勢とストレートロングの髪が揺れた。
美岬は和歌の方へ振り向くと、口を開いて、
「また大学でね、和歌」
美岬の方に振り返ると、小さく手を振り微笑んだ。
(……………警戒しなければならない。この家にいる限り)
和歌はこっそり心の内で、そう呟いた。
しかし何故、夫人に差し出された紅茶に睡眠導入剤が入れられていたのか。
それは不理解で和歌には心当たりのないものだった。
自分自身の部屋に帰った喜子は、
苛立ち紛れに、机を軽く叩いた。
自分自身の予想通りには行かなかったからだ。
紅茶のティーカップは、
紅茶が残り、波紋が揺らめいて残っている。
それは殆ど口を着けていなかった証拠だ。
軈て、喜子は和歌が座っていたソファーを
血相を変えて粗探しを始める。
その瞳は血走り、充血し始めていた。
まだ夕暮れならば、前を向いて歩ける。
千歳家から飛び出した和歌は帰路の道を歩きながら
美岬の母親への疑問と不信感を抱き始めていた。
警戒心が強い和歌は、失礼と思いながらも
お呼ばれされた家先にて出されたものを、絶対に口にはしない。
また同じ過ちを二度も繰り返したくはないからだ。
もう誰かが仕掛けた罠には嵌まりたくはない。
しかし
何故、初対面の他人に睡眠導入剤を入れられていたのか。
けれどもあまりよく思われていなかった証拠だ。
(…………美岬は、私が嫌いなのかも)
ただ確かなのは、和歌は美岬にも、
美岬の家族にもよく思われていないのだと、
何処かでそう思っていた。




