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傷付いた鳥籠が壊れるまで  作者: 天崎 栞
【鳥籠の罪】
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episode45・震える渇望と子女の重責 (Misaki side)

美岬のお話です。

(美岬のお話を待っていた方、お待たせ致しました)




小窓から伺えた濃紺の空は、灰色の雲がかかっていた。

月も星も見えない暗雲の空を見上げて、内心、美岬は溜め息を着いた。


(…………あたしの自由が、奪われていく)




樹神家の子息と、千歳家の子女の婚約式。

浮かない欲望を抱く美岬とは正反対に樹神家と千歳家の婚姻の準備は着々と進んでいる。


ガーデン式のパーティーは、和やかな雰囲気と、

新郎新婦になるであろう、樹神家の子息、千歳家の子女に祝福を送った。

現在(いま)は、樹神家のパーティーホールで二次会のパーティーが行われている。


華やかな式。

決められた契約。


だが、婚約の証書の署名する時、美岬に迷いが生じた。

周りには気付かれなかったが、ペンを渡された

署名の欄にペンを走らせるのを躊躇ってしまったのだ。


『この誓約により、

樹神家の御子息と千歳家の御子女との婚約を誓います』


気品と理知的な雰囲気に溢れた紳士的な、

神父の凜とした声が響いた。




婚姻の相手が決まれば、後は婚姻の事を進めれば良いこと。

婚姻する張本人の気持ちなんてもの、そんなものはどうでもいいのだ。

双方の家柄の利害が一致すれば、婚姻を結べば良いのだから。

政略結婚に利害は生まれたとしても、其処には愛情は生まれない。

政略結婚に愛など、求められていない。求めたらいけないものなのだ。



政略結婚に、

そんな自我の気持ちは求められていない。

表に表してはいけない。

この先も発生する事は有り得ない。


ぽっかりと空いた心の穴が、愛情に渇望する恋しさが募る。



本当ならば、いつものこの時間は、

バッチリとメイクを決め、おめかしてをして気持ちは上擦(うわず)って、

自分自身の求める欲しいものの元に行っている時間の筈だ。


美岬にとって、これからの時間が、全てだった。

自分自身の有意義な時間に費やす事は出来ない。



けれども今は、その自分自身の欲しいもの、

満たされる元へ()く事は許されない。

美岬は唇を噛み締めた。


(あたしが、欲しいものは、此処には何もない)


愛情が、温もりが、欲しい。

この砂漠の渇いた様な心を、温もりで埋めて欲しい。

このもどかしさや寂しさを掻き消して忘れさせてくれるものが。

最近は愛情に渇望している心は、満たされていない。

美岬の心は言葉にはならない焦りを生ませていた。

安心が欲しい、自分自身の安心出来る場所に。


(あたしは、こんな事を望んでいないわ)


美岬が最も欲しいのは、愛情と温もり。

しかし千歳家の子女として息をしている限り、

この気持ちを優先させる等、許されない。


今までその場しのぎの、目の前の事だけで良かった。

美岬の明白な未来予想図なんてない。


ただ家が決めた伴侶を歩む漠然とした、白紙の未来予想図。




所詮は、千歳家のお人形。

偉大な名家である千歳家の名を守る為には、自分自身を押し殺さなければ成らぬ。

千歳家の人間として受け入れならない運命だ。

だが、家の運命に動かされるよりも、

自分自身の感情は蔑ろにされるのは、美岬の心が拒絶した。




(………この場から、出て行ってしまいたい)


もし、逃げれるのならば、

ドレスの裾を千切ってでも、この息苦しい空間から逃げ出してしまいたい。






「浮かない顔ですね」



はっとして、美岬は我に返った。

声の鵬へ視線を向けると、びしっとスーツに身を包んだ、

穏和な青年が、心配そうな面持ちで此方を見ていた。………美岬の婚約者である真之助だ。


細身のスーツは、長身痩躯の青年にぴったり似合っていて、

その姿はまるで貴公子の様な佇まいだ。

不味い。将来の伴侶となる青年に、浮かない顔を見せる訳にはいかない。

美岬は“千歳家のお飾りなのだから”




「………体調が、悪いですか?」

「…………いいえ。大丈夫です。ごめんなさい、ご心配をおかけしまって」

「いえ。大丈夫ならばよいことです。安心致しました」


真之助は、安堵したかの様に、淡く微笑んだ。

ちらりと見た千歳家の子女の、愛らしく姫君は美しい。


やや長くふわふわに巻かれた髪、後ろに向けて髪の一部を止めて

ダイヤモンドがワンポイントに刺繍された赤いリボンが揺れる。

ワッフル柄が編み込まれた、ピンク色のワンピース。

上半身はタイトに、スカート部分はフレアースカート風に広がっている。

それは小柄で華奢な彼女の脚線美、あどけない愛らしさを写していた。

似合っている。


その姿は、中世の王宮にいる幼さが残る姫君の様に。

愛らしく、美しい。

真之助は、優雅で可憐な美岬の姿に魅了され、惹かれている。

けれども、一つだけ不安があった。



(僕はまだ彼女の、

微笑みを、笑顔を、まだ見ていない)


突然にして決まった婚約は、まだ間もない。

それが影響してだからまだ、彼女は緊張を拭えていないのだろう。


それは真之助の方だってそうだ。

彼女に惹かれ、その姿が綺麗、美しいとは思っていても

まだ恥ずかしがり屋で臆病者の真之助には照れ臭くて

まだ言えていなかった。




急速に進んでいく、樹神家と千歳家の婚姻。

まるでそれは何かから逃れるかの様に決まり、雪崩れの様に進んでいく。





(………いけない。人に心情を見抜かれてしまっては)


千歳家の子女として、凛とした姿勢でいないければ。

誰も自身の感情と寂しさを醸し出している“千歳美岬”は、誰も望んでいない。

自分自身を押し殺さなければ。


それに、美岬が愛情に渇望している女性だとは誰も知らない。

この寂しさと愛情を渇望する美岬の心情は、あまり気付かれたくはないのだ。

あの心に空いた穴を埋めるかの如く、愛情と温もりを求める、夜迷いは美岬だけの秘密だ。

この愛情に飢えた寂しい心情を気付かれたくはない。


(今だけは、千歳から求められる、千歳美岬でいなければ)


それが、千歳家の子女の使命だ。



けれども心の空いた愛情に渇望した心の穴が、

美岬を不安定にさせている事も如実だ。

あれだけ求めていた愛情、温もりのない生活には耐えられない。


もうしばらく、愛情と温もりを求める為に、

欲しいものを得る自分自身の時間を確保出来ていないのが現実だ。

加えて愛情の渇望から募る不安が、美岬の心の余裕を奪っている。


しかし、愛情と温もりを求め生きてきた彼女から

それらを奪う事は、可憐に咲く純粋無垢な花に毒針を刺すようなものだ。

今の美岬の精神は衰弱しつつあるばかりだ。


だが美岬自身は、それに気付かない。






「美岬様」


「はい?」



低くしゃがれた声が、美岬を呼んだ。

視線を向けると、見慣れた燕尾服姿の執事が微笑んで告げた。


「お父様が、家族写真を、撮影したいと」

「分かりました。()きます」

「では、此方へ」


美岬は、真之助の方へ視線を向けた。


「今日はありがとうございました。

ではまた、お会い出来る日を楽しみにしております」

「僕もです。今度は二人でお話出来たら、と思います」


燕尾服姿の執事にエスコートされながら、両親の元に元に向かう。

しかし両親の姿を見た時、美岬は違和感に気付いた。


寡黙な父は、

片隅のテーブルでワインを嗜んでいる。

母は、真之助の母親とお喋りに華を咲かせていた。

普段は仲睦まじい夫婦が、本当は心底愛情の冷め切った仮面夫婦だと言われれば、誰もきっと信じない。


だがしかし、いつもの穏やかな雰囲気とは違い、

両親の空気はピリピリとしていて、まるで逆鱗の様だった。


だが。


(何かを急いでいる様に感じる)


美岬は内心、そう思っていた。

普通ならば大学生を卒業してから花嫁入り修行した後に婚約へと移る。

しかし美岬はまだ大学4回生だ。

今回の婚姻までのゴールは、目が血走る程に早い。



何かを急いでいるのだろうか。



美岬はそう感じてならなかった。





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