episode39・傷口には、毒を塗る (Ren side)
1日1日、摩耗していく心の存在を、青年は知らない。
閉ざされた扉を上げる方法は、まだ知らない。
『川嶋君の事が好き______』
そう身を乗り出して、告白をする女子に困惑した。
廉には、女子を告白されても全て断ってきた。
断りを入れる度に残酷だろうと思っていたが、
告白を受ける度に、廉の脳裏を霞めるのは、自分自身の素性。
『…………ごめんね。好きな人が居るんだ』
頬を赤く染めている女子に返す、廉のお決まりの台詞はこうだ。
犯罪者の息子、殺人者の息子。
母親は狂気の末に5人を殺めた、救いようのない殺人者。
和歌の母親が厳重に廉の素性を守っているから、周りは知らない。
川嶋 廉は、殺人者の息子だと。
(こんな事、許される筈がない)
殺人者、犯罪者の息子である自分自身が、恋愛の色恋沙汰なんて。
それに女性と付き合う勇気も、その気もない。
自身の身分を偽って誰かと付き合う事は、
無垢で無実の人を、穢してしまう気がした。
相手を傷付けてしまう罪悪感に襲われるけれども
殺人者の母親を持つ自身の人生に巻き込ませるのならば、もっと傷付けてしまう結果になる。
思いを募らせて、
勇気を出して告白をしてくれる子には申し訳ないが
廉には気持ちがない。酷い事をしているとは解っているけれど
気持ちがない以上、偽って付き合う事は出来ないだろう。
廉は、優しく無邪気な少年だった。
______あの日までは。
叶えたい夢もあった、なりたいものもあった。
無邪気に描いていた、未来予想図。
けれど。
廉の無惨にも、未来予想図を砕け散らせた。
母親という一人の女が。
自分自身の置かれた素性を悟ってから、
廉は自分自身が描いていた未来予想図や、希望や野心を闇に棄てた。
(苦しむのが、俺、一人だけで良かった)
(俺の血で絶ち切るんだ)
犯罪者の、殺人者の血は、自分自身で終わらせる。
それは、自分自身にしか、出来ない事だ。
穢れた血を引いているのは自分自身だけ。
それを永遠に絶ち切れるのは、自分自身しかいない。
自分自身以外に誰がいると言うのだ。
母親が罪人という現実と存在は、
廉という純粋無垢な少年の人格を変えた。
きっと自分自身の血を引く子供も辛い思いをするのだろう。
母親が罪人という現実に、現に廉自身が苦しんで生きている。
あの日からずっと、母親の存在が、廉の手枷足枷となって影を落としてきた。
何処かからどう見ても無惨で滑稽な話だ。
傷に毒を塗りながら、生きるのは自分自身、一人だけでいい。
こんな思いは誰にも味わって欲しくない。
だから、廉は、誰も愛さない。好きにもならない。
それは、自分自身にもなのだが。
罪を抱えて生きていくのは、自分自身だけでいい。
これからも何も望まないまま生きていく。
自分自身には何も欲も得もない。
自分自身が、何かを望むなんて烏滸がましい。
ただ飢えた欲望や野心を満たすなんて、罪でしかない。
だから、誰も触れないでおくれ。
穢れた血を身体に抱いて、
身も心も、穢れて、穢れ切った自分自身に。
安らぎを感じるのは、罪だと思ってしまう。
けれど眠りに着いている間は現実から引き離してくれる。
けれど、それは一時の罪人の息子と苛まれた青年の精神を鎮めて全てを忘れてくれる。
けれど。
それは、たった刹那の時間。
眠りから目覚めた川嶋廉に待っているのは、
犯罪者の息子、殺人者の母親を持つレッテル。
それは、生きている限り変わらない。
明日も、明後日も、明々後日も。
1年、5年、10年経っても。
休日。
今日は、気怠く、頭痛や寒気がして身体の関節が痛い。
ベッドで横たわっているだけで精一杯だった。
朦朧としつつある意識の中、気を失いそうだ。
しかし今日の日付を思い出すと、一気に現実に引き戻された。
(今日は、燻って寝てる場合じゃないや)
行かないと。
今日は、今日だけは。見過ごせない日だ。
『(………廉?)』
黒いスーツ姿で、繁華街を横切った、
幼馴染で従兄の青年の姿を和歌は見逃さなかった。
住宅街から少しから離れた墓地。
その墓地に、廉は居た。
当たり前だけれども、辺りは灯り一つない暗闇。
けれど何度も足を運ばせているせいか、身体が勝手に迷わず、その地まで運んでくれる。
喪服姿に、片手には白い花束を抱いている。
喪服姿に白い花束を携えた、長身痩躯の青年は、
ミステリアスな雰囲気を醸し出して、憂いた儚さを
その端正な顔立ちに浮かばせていた。
だが、廉の足取りは何時もとは違い
覚束無く、瞳も何処か虚ろで焦点が合わない。
白昼堂々と行くのは、気が引ける。
それに墓場と言えど、夜はその魂は眠り続けている。
自分達を殺めた憎い女の息子の姿を見たくはないだろう。
遺族には合わせる顔なんてない。
それに遺族は、顔すら見たくないと精神喪失した兄の代わりに詫びに和歌の母親を門前払いで追い出した。
白昼堂々と行くのは、気が引ける。
それに墓場と言えど、夜はその魂は眠り続けている。
自分達を殺めた憎い女の息子の姿を見たくはないだろう。
なので、月命日の13日には必ず花を手向けに、線香を上げに参っている。
だが、精神喪失し、妻以外の全てを忘れた男には何も通用しない。
罪を罪だと思っていない女が、遺族に詫びる筈がない。
父親の代わりに、母親の代わりに。
本来ならば父親が果たすべき役目を、息子の廉が担っていた。
もう慣れたものだ。
花束を墓前に手向けると、線香を上げて、手を合わせた。
(_____申し訳ありません)
手を合わせ、黙祷した後に、廉は膝を地に着ける。
何時もはなんともないのに、今日は体が傾きかけた。
なんとか身体の軸を保ち、額をを地面に擦り着けた。
誰にも言えない、秘密。贖罪。
しかし誰も償えない罪を、廉は一人で抱えている。
責任を放り投げて裏切り去った、両親の代わりに。
しかし。
(なんか、変だ)
刹那、眩暈がした。
その刹那、軸を失った廉の身体は、そのまま地面に倒れ伏せた。
初夏だというのに寒気に襲われ、頭を抱える程の頭痛が迸る。
地面に倒れ伏せながら、廉は自身を嘲笑う。
これが罪なのだと。
成仏すら出来なかった遺族の抵抗なのだと。
一層の事、呼吸が出来ない程に自分自身の首を、人生を、見えない首輪で締め上げてくれ。
(自業自得だ)
(苦しめばいいんだ。もがき苦めば)
それが唯一、自分自身に出来ること。
贖罪の意味。
償いの道を、何時もは廉は無意識に探している。
意識を失う前に、とある人影の輪郭が見えた。
それは自身を嘲笑う死神か、遺族の幻影なのかは知らないけれど。




