episode2・依存症 (Misaki Side)
美岬のお話。
(軽くR-15らしい描写がございます)
幼い頃から何一つ不自由なく育てられた。
欲しいものを言えばすぐ自分自身のものになり、
行きたい所にもすぐに連れて行ってくれた。
国会議員の娘として生まれ、何不自由のない生活。
美岬は物にも自身の欲望にも不自由はしない。
自分自身が望めば何だって手に入るのだから。
けれど。美岬に満たされないものはたった一つだけあった。それは、
______愛情。
父親は国会議員として忙しく、
母親も父親の支えとなり慌ただしくしている。
使用人は幾らでも居るのだが、”国会議員・千歳賢一の娘“として見られている以上
皆、腫れ物に触る様な態度を取る。
文部科学省の大臣候補も有力視されている
国会議員として有名な父親の逆鱗に触れたらクビだけでは済まされない。
愛娘を傷付けた、という理由でその人間は一生を台無しにされてしまうのだ。
両親は美岬を深く愛し、気にかけてくれるけれども
互いに忙しい為にあまり美岬に会えない場合も多い。
構ってくれない事も多かった故に幼い頃から美岬は寂しかった。
テディベアのぬいぐるみを抱き締めながら、両親を目で追っていた幼少期。
常に心には違和感が存在する。
心の何処かでぽっかりと穴が開いた様に感じられて
その穴を埋める術はないだろうか、と思っていた。
けれど、
美岬は、満たされない。
望んだものは全て手に入るけれども、唯一、愛情にだけは人一倍に飢えていた。
周りも親の名前と美岬の存在や地位を知ってか、
美岬の存在よりも先に父親に恐れ戦いて、美岬には近寄って来ない。
唯一、
和歌だけは気さくに話し合える親友だが、
和歌は和歌で忙しい日々を送り、あまり一緒には居られない。
(_______寂しい)
この満たされない感情を、ぶつける矛先はなかろうか。
高校生になった頃、
美岬はマッチングアプリや
出会い系サイトをよく閲覧する様になっていた。
本来ならば、厳格の父親を、千歳家を無視して
自分自身一人で誰かに接触する事は固く禁じられている。
だが現実では父親の存在があって、中々、出会いに恵まれない。
誰にも知られずにネットワークを通じてのだけのやり取りならば、
自身が国会議員・千歳賢一の娘、“千歳美岬”という素性は
言わない限りバレはしない。
偽名を使い、素性を偽って出会い系サイトで
いつしか出会い系サイトで出会う男性と交流にのめり込む様になっていった。
箱入り娘で、限られた世界にいる世間知らずの美岬は
優しい言葉をかけられてしまうと流され、途端に嬉しくなる。
ネットワーク上での交流を経て、初めて心が温かくなるのを覚えた。
現実世界では
有り得ないものが、 ネットワークにはある。
千歳美岬、
一個人として自分自身を見てくれる、人物と出会ったのだ。
主に美岬が交流するのは、主に年上の男性だった。
包容力があり、まるで兄の様な存在に感じる男性達に、
美岬は虜になり段々と惹かれて行った。
唯一、交流を取り合っている間は
『国会議員・千歳賢一の娘』という肩書きも忘れて、
“普通の女の子”として楽しく交流出来る。
だからなのか、初めて構ってくれ普通の女の子として
扱ってくれる事に笑みが溢れてたまらない。
反面、美岬の中でとある悟りが生まれた。
(お父様の娘でいる限り、
あたしは“あたし”として見てくれる人はいないのね)
それを悟った瞬間、寂しさを抱いた。
現実世界で求められているのは千歳賢一の一人娘。
財閥であり資産家・政治家の家系である千歳家の末裔。
そんな中で美岬の中で新たな欲望が生まれた。
ネットワークではなく実際に会って構い、目線を注いで欲しい。
誰かに視線を反らさず、自分自身だけに目線を注いで欲しい。
出会い系サイトでかなり交流が続いた頃、
そのサイトで交流していた青年と会う事になった。
千歳家を通さず、誰かと会うのは初めてだった。
父親や千歳家のタブーを勝手に破るのは気を引けたが、
自分自身を構ってくれ、心の穴とも呼べる隙間を埋めてくれる包容力の男性に会える事に舞い上がった。
初めて誰かと会うの事の緊張感や高揚感は今でも覚えている。
ワクワクした感情を覚えながら、ヘアメイクに洋服選びに熱心に選んだ。
彼は、当時23歳の大学生だった。
見るからに容姿端麗で、中性的で端正な顔立ちをしている。
彼は見るからに優しそうで、
チャットルームで交流している彼と微塵も変わらなかった。
自分自身を“国会議員の娘”として見られなかったのは、
美岬にとっては生まれて初めてで、何処か新鮮味を感じると同時に思った。
(………“普通の女の子”って、こんな感じなのね)
それが羨ましい、とすら感じた。
美岬は千歳家に生を受けた以上、
生涯を通して“普通の女の子”として扱われる事はない。
美岬は生きてきた中で一度も一人行動をする事はなかった。
国会議員の一人娘として大事にされ、
始終、何事も多くのSPに囲まれながら生きてきたのだから。
謂わば自室でしか自由がない。
”国会議員の娘”という身分を隠し、
美岬は青年と出会い付き合い始めた。
しかし美岬の心の奥底に眠っていた“本能と欲望”を
目覚めさせたのは、この事がきっかけだったのだろう。
自分自身さえ気付かなかった。心の奥底に眠り続けていた欲望に。
見知らぬふりをしていた欲望、求め続けていた愛情の渇望。
心の奥底に眠っていたそれが、表に姿を表した。
美岬は、愛情に飢えていた普通の少女でしかなかったのだ。
始めて感じた人の温もり。
それは千歳家の鳥籠では存在しないもの。
求めていた自分自身に向けられる視線や温もりは、
手を伸ばせば、あっさりとすぐに其処に存在していた。
無償の愛情や愛される温もりを己の身で知った刹那。
もう心身で味わったものに、美岬は虜にされ抜け出せなくなっていたのだ。
(______そうよ。これがあたしが、欲しかったもの)
それは皮肉にも、美岬が
初めて自分自身で手に入れたものだった。
ずっと欲しかったもの。
それは今まで手に入れた玩具より何よりも勝っていた。
何よりも長らく願っていたものに満たされた今、
その感覚を覚えたものに抜け出す気もない。
付き合い始めて数ヶ月後に気付いた事だが、
相手はかなりの女癖が悪い遊び人で、美岬自身も遊ばれていた。そう、単なる火遊びだったのだ。
けれど火遊びでも構わない。
遊ばれていると解っていても、美岬も気にしなかった。
美岬が求めていたのはもう“自分自身を構ってくれる相手”ではなく、“心地の良い温もり”でしかなかったのだから。
たった一夜の、火遊びで良い。
その求めている温もりさえ、この身で
感じられる事が出来たのなら自分自身は満足なのだから。
遊ばれていると解っていても、相手と付き合っていたある日。
その温もりの心地好さを覚える中で、美岬は違和感を感じた。
(……………満たされない)
その違和感を感じたのは、
水面下での付き合いを始めて数ヶ月が経過した頃であった。
今まで感じていた満たされた感覚が、すっと抜けた様に消えていく。
満足感が得られない。
ある日を境に、美岬は何も感じなくなった。
最初は嘘だと思いたかったが、それはやはり間違いではなく、
もう求めていた温もりを感じる事は出来なくなってしまっていた。
美岬が求めていた“温もり”さえ無ければ
ただ相手に合わせ付き合うだけになっている。
それを理解した刹那。
(………怖い)
満たされたない感覚に覚えた、恐怖心。
あの温もりや愛情を感じ取る事が美岬にとって幸せだった。
初めて自分自身で手に入れられたものだったのだ。
それが消えてしまうのが怖くなり
仕方がないという言い聞かせたとしても、
恐怖心の感情に襲われて居ても立っても居られない。
彼氏に満足感が得られなくなった美岬は、ある方法に出た。
別の恋愛サイトに身分を偽って登録し、
また交流する相手を見つけた。
今度はもう解っていた。
自分自身はただ構って欲しい感情で生きていたのではないと。
ただ、自分自身が安心感を得られる温もりが欲しいだけなのだと。
だったもう、最初から親密な関係を求めた方が良い。
そしてまた国会議員の一人娘の身分を隠し、
相手と親密になっては軈て関係を持ち
其処にある愛情や温もりを求め続けた。
不思議と相手が変わると、恐怖心は消えて満足感に満たされる。
あの無償の愛情と、温もりが安心感を与えられた。
漸くまた、自分自身が求めていたものが得られたのだ。
其処で美岬は悟った______一人では駄目なのだと。
まるで玩具を複数を求める子供の様に。
偽りの恋人すらも、一人では満たされない。
求めては安心感を得ては安堵した。
軈て美岬は、何人もの男性と
付き合うようになっては、身体の関係にまで発展していた。
別れを繰り返していたのは、男性を変えて付き合わないと
また、温もりを失う恐怖心を感じてしまいそうで怖かったからだ。
その恐怖心から逃れる為に。そして、自分自身が安心感を得る為だけに。
男性をとっかえひっかえし、自分自身を渇望している愛情を満たし安心感を得る。
その温もりの心地好さ、安心感を覚える為に
ネットワークを通じて知り合った相手と夜な夜な繁華街を歩いている。大体、食事や買い物の後にホテルで一夜を過ごす。
誰でもいい。この心地好い温もりと、安心感を得られるのなら。
今日も素性を変えて、男性にすがり付く。
美岬は、いつしか恋愛、愛情依存症になっていた。
後気分を害されたされた方、お詫び申し上げます。
2019.1.31
美岬の父親が、代議員となっておりました。
正しくは代議員ではなく、 国会議員です。
混乱を招く結果となり申し訳ございません。