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傷付いた鳥籠が壊れるまで  作者: 天崎 栞
【鳥籠の罪】
39/112

episode37・忘れない人、募る苦痛 (Misaki.Father side)

令和最初のお話になります。お待たせ致しました。

宜しければこれからもよろしく頂けると幸いです。


ある父親と、美岬のお話。




夕食後、書斎に戻った賢一は

やりきれない気持ちに、拳を握り締めた。



(どうして、彼女の事がバレた?)


必死にひた隠しに、

自分の心情を押し殺してきたつもりだ。

千歳家の当主として、政治家として、夫として

父として、千歳家の務めは果たしてきたつもりだ。


なのに妻は全てを知っているようだった。



………知らないならば、あんな犯罪者を見る様な目で、自身を見ない筈だ。


刹那、心傷が(うず)いて、脳裏に彼女の顔がフラッシュバックした。



確かに、喜子の発言は、嘘偽りない。



まだ若き日頃、(かつ)て、愛した女性がいた。

彼女は美人で器用で優しく、謙虚かつ健気な女性だった。

まだ純粋な頃の話だ。


最初で最後の初恋を、彼女を、本気で愛していた。


それは、結婚を考えた程に。


けれど、資産家・政治家の御曹司である自分自身と

小さな養護施設で育った彼女とは、身分の差があるとは解っていた。


何処かで悟っていた。身分の差故に、結ばれやしないと。

世間体を気にし、名家である千歳家が、彼女との結婚を許す筈ない。

ただ単に自分自身が初恋に溺れていたいだろう、と思った時期もある。

けれど、あの恋愛に嘘偽りは一つもなかった。



出来る事ならば、一生、人生を共に過ごす事は許されだろうか。

彼女とならば生涯を添い遂げたいと、純粋に思っていた。


けれど、現実は冷酷非道で、

あれよこれよという間に縁談の話が舞い込んできた。

どの女性も、名家・千歳家に似合うご令嬢ばかりだった。


家の為に、愛している人を捨てなければならないのか。

まだ純粋なあの頃は、そう思った時もあった。

けれど千歳の家柄の脅威だ。絶大に権力も財力もある。

下手な真似をすれば、彼女に被害が及ぶかも知れない。


(………彼女と、縁を切る?)


考えたくない。




けれども賢一が中々、縁談に

身を乗り出さない事に父親はかなり苛立っていらしい。

ある日、呼び出された時、彼女の写真と身辺調査表を机に投げ出された。



『この女性と付き合っているらしいな』


『お前、許されると思っているのか?』


父親は睨みながら、告げてきた。

家柄の権力を知っているからこそ、彼女が被害が及ばない様に彼女との交際は、家にも親にも内緒にしていたのに。


(………見張られていた?)


すぐ理解出来た。

千歳の権力ならば、自身を見張る事も、相手の女性の身辺調査等、すぐに出来てしまう。

見張られていた、彼女の事を探られていた。


(勝手に、土足で踏み込む様な真似を)



そう怒りに震えたが、諦めた。

人のプライバシーに勝手に踏み込む様な真似をするのが、千歳の家だ。

抗っても仕方のないこと。

そんな感情は罵倒されて片付けられてしまう。




『彼女と、婚姻したいと思っています』


その言葉すらも飲み込んだ。

(やが)て来るものだと、悟らねば成らぬ事だと思っていた。

やはり彼女とは結ばれる事はないと。


父親の怒りに震えてから、

間もなく、ある男性が現れた。

彼女のたった一人の身内だという彼は、ある事実と共に手紙を渡してきた。



彼女が、亡くなった。


元より病弱だった、彼女は病を隠していたらしい。


別れ話を切り出さなければいけないと思った矢先。

辛くなるだろうと思っていた矢先に、告げられた絶望的な宣告。


刹那的、先の見えない絶望感に襲われた。



別れ話を切り出す必要は亡くなったけれど、

彼女はこの世には居ない、会えないという現実は賢一にとっては唐突で悲劇だった。


男性は言った。


妹を、愛してくれて、ありがとう、と。


君といる彼女は、幸せそうだったよ、と。





『ごめんなさい』


『私より、良い女性は沢山いるわ』


『“幸せになって”』


手紙に書かれてきた言葉。

女々しく思うけれど、初恋の思い出として今も大切と取って隠してある。

彼女の事は一生、忘れはしないだろう。

否、絶対に忘れない。






それ以降、賢一は自棄的になっていた。

もうどうでもよくなったのだ。


言われるままに、

千歳家の薦めるご令嬢と結婚し、縁談に従った。



妻と結婚したのは、単なる惰性だ。

偉大な資産家であり、政治家の名家である千歳家の家柄の誇りを保つ為に。

最早(もはや)、親が、家が、決めた相手に逆らう気持ちすら、なかった。


娘は可愛く愛しい。

娘には傷付いては欲しくない。辛い想いはして欲しくない。

可愛く可憐な、優しさ溢れる娘。



妻を、娘を思っている気持ちは偽りない。

尽くしてくれている妻には有難く思っている。


妻は自分自身を愛してくれているのだろう。

だから証拠に、長年の恨み辛みが露になったのだろう。


だが、彼女の存在が心に居座っているのは否めない。

彼女に対して後悔の念に駈られてしまう事もある。

それはこれからも変わらないだろう。



(全く、酷い男だ)


そう思ってから、己を嘲笑った。








(________つまらない)


美岬は、

料理用の包丁を持ちながら、つくづくそう思った。

あれから嫁入り修行として始まったのは、炊事等の修行。


お目付け役であり、

自分自身に、炊事の技を叩き込んでくれるのは

50代半ばの、料理本を出版しテレビにも冠番組を持つ、

有名な料理研究家で、かなりスパルタ式の教育だ。



根っからの箱入り一人娘、千歳家の末裔である美岬は

幼い頃からまるで宝石を扱うかの如く、傷が着かぬ様に

今まで大事に大事に何一つ、不自由無く育てられてきた。


家は使用人が全てやってくれていたので、

美岬は何一つ、傷を負う事なく、お姫様の様に育てられてきた。

だから料理等、こなした事もなかった。


箱入り娘の美岬には、困難の連続だ。



料理研究家の女性が家に来るのは、夜からなので

当然、今まで自由に夜遊びすら出来ない生活。


この料理研究家の元、料理を学ぶ時間が

恋愛体質、愛情依存症の美岬には耐え難い苦痛だった。

料理研究家の彼女は料理を叩き込むだけで、

美岬が求め、飢えているものを与えてくれる訳じゃない。



彼女の声はまるで般若寺の声、説教の様に聞こえた。


同じ時間を使うならば、

男性と会い、愛情を、温もりを与えてくれる方がいい。

美岬はすっかり温もりを追い求め、

恋しさ、不満とストレスを感じる様になっていた。




こんなつまらない、

ままごとをするよりも、夜遊びがしたい。

一秒でも、温もりが、愛情が、欲しい。


許される事ならば、投げ出して、

夜の繁華街に、男性に会いたくなる。



(…………辛いわ。どうして、)


と、思った先で、脳裏に悟りが生まれた。


(これも、家の為)


千歳家の為に。

千歳家のご令嬢として、相手方の家に恥じない様に

失望されぬ様に。


所詮は、千歳家の道具なのだ。


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