episode34・キャリアウーマンの疑念と大切なもの (Waka.Mother side)
前半が和歌、後半が和歌の母親のお話となります。
自身を変える出会いがあるとしたら、和歌はそれすらもを恨む。
全ては9年前のあの日、あの事件に巻き込まれた瞬間からだ。
あの日、あの道を通らなかったら。
それとも家から外界へ出ずに大人しくしていたら。
心の片隅に悔やまずには要られない。
(あの出来事のせいで、周りの人に迷惑をかけた)
自分自身が壊れて、周りを気を遣わせてしまったのだから。
母親は自分自身の為に積み上げてキャリアを捨てた。
廉は傷心の心で水瀬家に引き取られたのに、
その傷心を癒す暇すら与えられなかった。
(………私も、誰かを不幸している)
責められるべくは、犯人だけれど
自分自身だって、責められても可笑しくはないのだ。
それを悟った今、自分自身のせいで誰かを苦しめたくなくて
閉鎖的になり心の扉を硬く閉ざしたままだ。
(………私は不幸を呼ぶ人間)
何も行動を起こさず、
大人しく自身の殻に籠ったままでいれぱいい。
誰にも心を開かなければ、世界は平穏で居られるのだから。
誰かと出会いで
変わってしまうのなら、今のままでいい。
変わる事もなくなんとか手探りで取り戻しつつある水瀬和歌のままでいい。
また、見知らぬ人間との出会いで
また自分自身を壊されて塗り替えてしまうのなら、
そんな出会いも、きっかけもない方がいい。そんなの望まない。
(もう誰にも壊されたくはないわ)
誰にも心を開かなければ、何事も起きない。
自身が何か行動を起こさなければよいのだ。
和歌は自分自身が
周りの時間や感情を奪ったと、和歌は考えている。
社会復帰したいと計画を立てて始めた、アルバイト。
夜間のシフトを選んだのは時給が良いのと、母親には決してバレないと知っていたからだ。
フルタイムで働いている母親は深夜過ぎに帰って来る。
それまでに自身が家に居て平静を装えば、何でもない。
和歌が誘拐されてから、和歌に対して過保護になった母親に、
深夜の繁華街でアルバイトをしている等、知られれば
彼女は怒り狂うだろう。
バレるのに密かに怯えながらも、
根気強く和歌がアルバイトをしているのは、
誘拐から保護された後の多額の入院費、治療費を補う為。
自身のキャリアを捨てでも付き添ってくれた母親には
有難く思っているけれど、その間に去ってしまった出費は計り知れない。
その失った出費を取り戻す為に、コツコツと働いている。
理由は、それだけだ。
母子家庭の家計は甘くはない。
優雅に地を歩いて場合ではない。
社会復帰というポーカーフェイスの裏側。
(…………もう誰も不幸にしたくない)
ある意味、和歌にとっては自分自身が伽せた贖罪かも知れない。
周りの大切な人には、
もう自身に振り回されずに自由で居て欲しい。
長年、壊れた自分自身が奪った大切な時間に
もう左右されずに生きて欲しい。
それが、和歌の願いだ。
杏子の部屋では淡い明かりが灯されている。
デスクワークで、持ち帰った残業の仕事を素早く処理をしながら
不意に頬杖を付いて、キーボードをタイピングしていた手を止めた。
先程、届いた手紙の事を考えずにはいられなかったからだ。
確かに、杏子は千歳賢一の知り合いだった。
けれど、此処まで誹謗中傷をされるのは、心外だ。
(………けれど、誰?)
こんな誹謗中傷を自身の元に届いた意味は。
きっと千歳賢一の関係者が送ったものだとは分かるが
それはもう何十年も昔の事だ。
今では何の接点も無い。振り返なければ、忘れてしまう。
水瀬杏子が千歳賢一の関係者だとは知らない人間の方が多い。
それに大物国会議員と接点とあった、と伝えたとしても周りは笑い飛ばされて終わり、信じはしないだろう。
なのに何故、この手紙の主は
誰も知らない過去を知っている?
何故、自分自身が千歳賢一の関係者だったのだと。
(…………何が目的なの?)
杏子の憂鬱が混ざった、瞳は呆れ果てている。
何故、今更、という感情が募った。
(“あの人”とは、縁を切ったも同然なのに)
過去を蒸し返されるのは、好きじゃない。
娘の為だけに生きてきた。甥の為に生きてきた。
杏子に大切なものは、二人だけだ。
(………まさか、和歌、廉に何か危害を及ぼすつもり?)
不意に、胸に不安が過った。
誘拐された和歌、犯罪者の身内である廉。
これは何か事が起こる前の警告なのだろうか、と思う。
和歌の捜索願は提出していない。
地元の近隣住民の助けで、和歌は見付け出された。
和歌が誘拐された子等は、誰も知らない筈だ。
廉の身元やプライバシーも、厳重に扱ってきたつもりだ。
母親が犯罪者、殺人者とバレない様に事が荒立てず今まで平穏に生きていけた筈だった。
それは変わらないと思い込んでいた思考が、ひっくり返りそうになったが
(……誰も知らない筈よ)
罪を犯し狂乱した妻を愛し続けている兄は
完全に一人息子の存在を忘れ切っているし、
和歌の誘拐も世間には公にはなっていない。
甥の身元が明らかにさえならなければ良い。
明らかにさえならなければ、廉は苦しむ事にはならないのだから。
杏子には、娘さえ、和歌さえ居れば何も要らない。
娘と過ごせる毎日を有難く、娘を奪われない様にひっそりと生きてきた。
和歌が誘拐された時は、
まるで自分自身の身を裂かれる気持ちに晒され
和歌が見つかったと知った時は、底無しの沼から救われた気分だった。
あの抱いた感情は、今でも忘れない。
娘や甥に危害を加えようとしているのならば杏子は手段を選ばない。
杏子にとって大切なものは和歌、
守り抜かなければならないのは、甥である廉。
その二人だけだ。
それ以外には、誰もいない。要らない。




