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傷付いた鳥籠が壊れるまで  作者: 天崎 栞
【鳥籠の罪】
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episode33・走り始めた憎悪 (Mother side)

これからちらりとMother sideも増えて行きます。

冒頭は美岬の言葉から始まりますが、

基本はMother sideです。



大人になるにつれて、

自分自身の自由がなくなるのは分かっていた。

なんせ資産家の令嬢であり実家は由緒正しき家系の末裔。

美岬も将来が見えない程の馬鹿じゃない。


身の程は(わきま)えている。

いずれは自由の身では無くなる。

偽りだとしても、誰かを愛し支えなければならない。


夜な夜な夜遊びを繰り返しながら

いずれ、自身に何が迫っているのかは理解していた。







賢一が(かつ)て、

燃え上がる程、愛した人がいる。

風の噂にそれを聞いて事実だと喜子はショックに包まれていた。

伴侶には、自分自身よりも優先されている相手心の中にいる。


しかし。


(………其処まで、恋い焦がれた相手が居たならば)


(その憎い女は、どんな女だったのかしら?)


知りたい。見てみたい。

賢一が恋い焦がれ、心底から愛していた女を。

否。千歳賢一の妻の座に座っている以上、夫の過去を知っても良い筈だ。


夫が今も恋い焦がれ愛し、引き摺っている初恋相手。

喜子は次第に憎悪を募らせると共に、賢一の初恋相手が気になり始めた。


得体の知れない好奇心には、愛憎が含まれている。

自身から夫の心を奪った女に対して、どす黒く、

憎しみが込められた感情を棄てる気はない。




千歳家の人目の付かない廊下に、喜子は立っていた。

こつり、と静寂な廊下に響いた靴音に視線を向ける。

黒い燕尾服を着た、還暦を過ぎた老年の男性が現れた。______千歳家の古くから使える執事だ。


「なんでしょうか、奥様」


執事は、一礼した後にそう呟いた。


しゃがれつつある声。

黒淵眼鏡に、白髪混じりの髪や髭が特徴だ。

西洋映画に出てくる紳士の様な執事は年相応に良い年の取り方をしている。



千歳家から古く、

使用人として勤務する執事を、喜子は使う事にした。

賢一を幼い頃から知っている初老を迎えた執事ならは、賢一の恋い焦がれた相手も知っているであろう。


封筒には、驚く様な額が札束としてまとめられている。


「奥様、それは困ります」


困惑を見せる執事に、

喜子は余裕の笑みを浮かべている。

賄賂、というべきか。



「これは謝礼と思って下さい。

その代わりに、教えて欲しい事があるんです」

「………教えて欲しい事とは?」


喜子は、微笑する。

それは陰謀にも似た、悪巧みの笑み。


「賢一さん、わたくしと結婚なされる前に、

お付き合いされていた人が居たのでしょう?

風の噂にかなり親密だとお聞きしました」


その途端、執事の青ざめていく。

嗚呼、自分達が噂話として話していた話題が妻の耳に入ったのか。

まさか彼女が聞いていたなんて、とみるみる顔面蒼白になっていく。

箱入り娘は外界を知らない上で、好奇心のある令嬢が多い。

これは、千歳家に長らく努めて気付いた事だ。


こほんと咳払いを一つした後、真面目な面持ちで執事は尋ねた。


「それが、どうかなさいましたか?」

「知りたいんです。妻であるわたくしではなく、

賢一さんの心には、未だに意中の女性が居る、その方はどんな方だったのかと」


「……大変恐縮ですが、何故……」

「良いから、否応なしに教えて頂戴!!私は千歳賢一の妻よ。

夫の過去を知る権利だってあるわ!! 逆らわないで!!」


まだ言いたがらない執事の態度に、

夫人の顔付きが豹変し、怒号にも似た声が廊下に木霊する。

何時もは大人しい夫に寄り添う夫人が、違う表情を見せた事に執事は驚いていた。

そして、思った。


(令嬢としての、自我が出たな)



今の喜子は“千歳賢一の妻である事“を棄てている。

今の喜子は婚姻を結ぶ前の、箱入り娘の令嬢でしかない。

まるでその怒号は自身の望みが通らずに怒る少女のようだった。


箱入り娘の令嬢の好奇心を、治める事は出来ない。


(諦めるしかないな)


冷静沈着な執事はそう悟っていた。






残業を終えて帰る頃には、深夜1時を過ぎていた。




”千歳賢一に近寄るな”


”千歳賢一をたぶらかした女”




ポストに届いた、ある一通の封筒の中にあった白い紙には、そう書かれてあった。

差出人も、住所も分からない白い無地の封筒。

添えられた紙は、パソコンソフトで打たれた文字。


それを見た瞬間に杏子の表情が

ぼんやりとし顔面蒼白になりなりながら、視線を伏せた。

ゆっくりと、咄嗟に紙をくしゃと丸める。



(………誰?)


誰だ。

こんな脅迫めいた封書を送ってきたのは。


そして何故、明確に

相手の名前を名指しで、自分の元に送られてきた?

自分自身を知っている人間と言えば限られてくるのだが……。

しかも、名指しされた相手は、有名な知らない者はいない国会議員だ。




疑問の中で、杏子に心配が過る。



(和歌は、見ていないわよね?)



自分自身が、

ポストを見、この封筒を開けたという事は和歌は見ていない。

杏子を丸めた紙を握り締めながら、そっと愛娘の部屋へと足を運ばせた。


部屋の明かりは消されている。

静寂な部屋の中で、微かに耳許に届く寝息。

体調不良の事もあって愛娘はここ2日程、安静にしていた。


和歌が眠っている様子を見て、杏子は安心した。

愛娘は、和歌は知らない様だ。


それに彼女は知らない方が良いに決まっている。


否、知られたくもないというべきか。

誘拐の傷痕が癒えはしなくとも和歌には何も知らずに平穏に生きて行って欲しい。

また大人の勝手で、愛娘を殺されたくはない。



複雑な心情を抱えながら杏子は忘れたふりをして、葬った。




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