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傷付いた鳥籠が壊れるまで  作者: 天崎 栞
【鳥籠の罪】
33/112

episode31・心の天涯孤独 (Ren side)

廉のお話。

母親は、5人の命を殺めた殺人者。


父親は、全てを忘れて一途、妻を待ち続けている。



廉には、もう両親はいないに等しい。

母親は廉と父親を裏切って不倫の末に、身勝手な理由で人を殺めた。

母親を愛していた父親は、母親の過ちを否定し

息子を虐待した末に、妻以外の全てを忘れた。


誰かを一途に待ち続けているというのは、

綺麗な美談で、ドラマのワンシーンの様だ。

けれど。


(これは、美しい話ではない)


無期懲役の判決が下った母親が、帰る日はまだ遠い。

それに夫と息子を裏切り不倫相手に走ったくらいだから、自分自身と父親の事はもう忘れているかも知れない。

そう思うと、純粋に母親を待っている父親の姿が、滑稽な事に見えた。


母親は、自分達の元には帰ってこない。

父親も、自分自身を思い出してはくれない。

廉は、独りぼっち。



今日は、サロンモデルの仕事だった。

丁度、髪も伸びつつあったので、散髪も兼ねていた。

美容室のセットチェアに座り、髪を切って貰いつ

その間、目の前にあったメンズ雑誌を手に取り適当にぱらぱらと見た。

流行りの髪型、洋服等の情報が豊富に掲載されている。

貯金を貯める為に今を生きている廉にとっては疎いもので、

関係のない事だけれど。


世の同世代の男子達は購読しているのだろうか。



目の前の鏡に、不意に写った自分自身が見えた。


色白で端正に整った面持ち。

その表情(かお)には仮面の様に張り付いた、淡い完璧な微笑。

試しに表情を変えようとしてみたが、中々、

他の表情が思い付かず、無情な表情を作ろうとしても、表情は変わらない。

淡い微笑を浮かべているだけだ。


廉の仮面の微笑は剥がれない。

自分の心情を悟られない為に、大罪を犯した女の息子と悟られない為に。

故に自然体の表情に表情を、廉が浮かべる事はない。

同時に固く張り付いたこの仮面が、剥がれる事もないだろう。



けれど、そんな自然体の表情を

浮かべる事が出来なくなったのは何時からだろう。








親は生きているけれどいないも同然。

水瀬家の二人は気にかけてくれるけれど、本当の家族ではない。

一時期、和歌の母親の元に生まれたかった、という

思いすら抱いていたが、そんな事は理想期にしか過ぎないのだ。

それにそんな願いは叶いはしない。



(本当に俺は、悪い人間だな)


(本当に、育てて貰ったのに)



そう言って、廉は自身を嘲笑う。


罪人の息子だから、

そんな卑怯な思考を考えが生まれるなんて。

罪無き人を巻き込もうとするなんて。


こんな考えに陥る

大罪を犯した女の息子なだけある、と実感した。



孤独と隣り合わせな人生。

両親からも、誰からも、自分自身の存在を否定された存在。

本当の川嶋廉という罪人の息子を、

人間を脱ぎ棄ててしまいたいと思った事は何度かある。

けれど、それは卑怯だと思った。


もし川嶋廉という人間を棄ててしまったら

母親が奪った、生きたかったであろう5人の尊い命にお詫び等出来ない。

懺悔も悔恨も、祈り、詫び、なんて出来なくなる。


あの日。

罪人の息子となった瞬間からの使命とやらなければ

いけない事なのだ。

母親は悔恨の意味を示さなくても、誰かが命を奪った事を詫び無ければいけない。

ならば、大罪を犯した女以外に、その役目は誰がするというのだ。

それが、孤独と生きる廉の役目だ。




サロンモデルの仕事を終えてから、父親のホームに向かった。

息子だと忘れられても、何時かは彼を引き取られねばいけない。

ならば、今の内に親しく打ち解けておかねばならないのだ。

父親が見知らぬ人間に引き取られても、混乱しない様に。




父親は、よく庭に出たがるらしい。

外の空気を吸いたいのかも知れないと誰かが語っていた。

けれど。


(…………本当は、母さんを待っているのかも知れない)


部屋の中に居るよりも、迎えに来ると信じている妻の帰りを。

全てを忘れた彼は、妻が帰ってくると信じて疑わないから。


茜色の空。

それはウェディングベールの様に、世界を包む。

西へ下がり始めた夕日は、まるで何かを見守っている様だ。


そんな広い庭の





「おや、お兄さん、また来たのかい?」


父親は呟いた。

父親の姿は穏やかそのものだ。

廉にとっては、記憶の中にある父親と、その姿も微塵も変わらない。


けれど目の前に居るのは、”廉の父親だった”人だった。


(…………ごめん、やってくるのが母さんじゃなくて、息子の方で)


「こんにちは、今日は天気がいいですね」

「そうだな……」


廉の父親は、夕日を眺めた。

その眼差しが記憶にある父親だと思いながら、違うと言い聞かせる。


車椅子をゆっくりと押しながら、

他人のふりをしながら父親を向き合っている。

他人のふりをするのも長くなったら、それ相応の振る舞いが身に付いてきた。


「ところで、」

「なんですか?」

「お兄さんには、家族はいるのかね?」


一瞬だけ、ぎくりとした。

家族、と言われて、どう返せばいいのか。

けれど両親は自分は、両親に捨てられたも同然。

本当に愛情を持って育ててくれたのは、和歌の母親で、心配を寄せながら差別もせず居てくれたのは和歌だ。



「母と、双子の妹がいます」



咄嗟についた偽り。



水瀬家の人間である事を、偽った。

本当は違うのに。


「そうかい」


と言った父親の微笑み。

本当に息子を忘れている彼の微笑みは、純粋そのものだった。


その微笑みに胸が不快になって、胸が痛くなる。



(本当に“川嶋 廉”は、何処にもいない)



車椅子を取っ手を持ちながら項垂れる。




(父さん、僕だよ。廉だよ……)



父親の肩に項垂れながら、青年はぽたりと涙を流した。



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