episode28・闇の行方は (Waka side)
和歌のお話。
カーテンの締め切られた部屋。
当然、光りは差さない。
自室のクッション性の丸型ソファーにら
膝を抱え座りながら、和歌は茫然自失のように
ぼんやりとしている。
廉からは、然り気無くはぐらかされた。
彼は当時を殊更語るつもりはないらしい。
けれど。
和歌は未だに疑念と、それに対する恐怖心を拭い切れていない。
唐突に告げてしまったが、廉にはぐらかされて良かったのかも知れない。
『過去を知って、和歌に何のメリットがあるの?』
廉の言う通りだ。
過去を知り、思い出しても何のメリットも発生しない。
デメリットばかりで、自分自身がまた昔に巻き戻されるだけ。
自分自身がまた苦しんだら、また周りに迷惑をかけてしまう。
大好きな人達にまた要らない気を使わせてする事なのか。
(私だけが、苦しんだんじゃない)
自分自身が誘拐されてから、
形振り構わず心配し続け、不安に駈られていた母親。
傷痕に触れまい気遣いながらもピリピリした中で、生活を余儀なくされていた廉。
皆に迷惑と心配をかけた。
(…………全部、“あの人”のせいよ)
自分自身を誘拐し、闇へと引き摺り込んだ犯人。
和歌は絶望的な感情を覚えながら、心の何処かで
犯人を恨んでいた。
犯人が現れなければ、
自分自身も変わる事はなく、周りに迷惑と心配をかける事もなかった筈だ。
目が覚めた。
(私は何を考えていたんだろう)
血迷って、踊らされて。
過去を思い出す事は、周りに迷惑と心配をかける事が出来ない。
和歌にとって、漸く前を向きつつある今が大切だ。
(私はなんという事をしていたんだろう。
また自分自身で大切な壊そうしていたなんて)
和歌は自分自身を恨めしく思う。
今度は犯人ではなく、自分自身で大切な今を壊そうとしていたのだから。
(過去なんて、棄ててやる)
結局、好奇心と
興味本位が心を支配する恐怖心の中でも、
過去を知りたいという思いが一人歩きしているだけだった。
一方的に先走っても、良い事なんて一つもない。
(やっぱり、知らない方が良いのかも知れない)
それが、自分自身の為なのだ。
周りの、優しさの為なのだ。それを仇にする事は出来ない。
次の日。今日も万事を取って休んだ。
昨日、抱いた焦燥感や胸騒ぎは拐われたかの様に消えている。
否。今日、和歌には予定があったのだ。
万が一、発作が起こるかも知れないと不安感を抱きながら
和歌は身支度を始めた。
今日は和歌にとって、ある用事が立ち込めていたからだ。
不意に浮かんだ衝動は止められなかった。
家を飛び出した後、
途中で花を買い、県外行きの電車に乗り込んだ。
電車のドア付近に立ち、和歌はぼんやりとしている。
一部を後ろへ結われた、流れる真っ直ぐ長髪。
その清楚な雰囲気漂う姿は、濃いグレーのジャンパースカートと白いシンプルなブラウスという出で立ち。
手には白百合の花束を抱えている。
端正な顔立ちは人形の様で、
憂いを帯びた眼差しは綺麗としか言えない。
その姿は誰かの葬儀に参列する、薄幸な令嬢に伺えた。
車窓からは、青空と白い雲が伺えた。
和歌の心は未だに恐怖心と憂鬱と暗雲が立ち込めている。
本当は、心は不安の影を落としたままだ。
和歌はインドア派だ。
否。誘拐されてから、外界に恐怖心を抱いている事が尾を引いているべきか。
まだ自由に外を往き来出来ない。
基本は、大学と家の往復。
アルバイト先から家までの往復が、今の和歌の心には限界だ。
アルバイト先でも帰りは女として悟られたくなく男装して帰っている程だ。
夜道は怖いのだから。
それ以上の遠出は不可能だ。
だからここ数年は遠出とは、無縁の生活を送っていた筈なのに。
なのに、たった一人で電車に乗り、目的地に向かっている。
和歌は自身でも、
自身の行動力に驚いている節があった。
臆病で人見知りな自分が、一人歩きするなんて、
誰が想像しただたろう。
自分自身一人では何も出来ないと、思い込んでいたというのに。
和歌が母親の転勤から、住み着いた土地は数知れず。
日本列島を横断するかの如く、様々な地に住んでいた。
だからそれぞれの土地に、自然と身に付いた土地勘から自然と自分自身が知っている土地には行ける。
時折に膝に置いた花を見詰めながら、俯く。
(これで、終わりにするつもりよ)
(“これが”終われば、過去は永遠に葬るわ)
駅に着いてから、
自身が嘗て住んでいた町に着いた。
人気のない場所は、誰も居らず雰囲気も何処か、寒々としている。
暫く歩いてから、和歌は何処か疎ましげな目で目の前を見詰める。
少し足が鋤くんだが、勇気を振り絞って、歩く。
とある場所に着いた瞬間、
今まで抱えていた花束を、そっと手向けた。
花束を疎ましく見据える眼差しは変わらない。
そう。
此処は、嘗て、誘拐された現場。
自分自身が長年に渡り苦しむきっかけとなっていた哀しい哀しい場所。
全ては此処から始まった、
言葉には出来ない苦痛に、沢山の煮え湯を飲んできた。
あの出来事が和歌を、周りを変えてしまったのだから。
(この場所は、一生、恨み続けるわ)
(…………私の過去の一部として。……許しはしない)
貶めた犯人を。
心内でそう思う。
和歌は花を見詰めながら、呆れた様に
ふっと微笑し軈て振り向かずに去っていく。
それは和歌が、過去と決別を着けた瞬間だった。




