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傷付いた鳥籠が壊れるまで  作者: 天崎 栞
【傷付いた小鳥達】
3/112

episode1


______大学キャンバス、とある授業の席。



彼女は、ぼんやりと空を見詰めていた。

青色のキャンバスに浮かんだ、ふわふわとした雲は優雅に泳いでいる。

空は良い。まるで、自由気ままに息が出来て感情を現せるから。

それを思うと少し羨ましく映った。



窓際に座る少女は、

片手で頬杖を着きつつ、空をぼんやりと見ていた。

だがふと肩を叩かれて、あっさりと現実へ我に返った。



「和歌?」

「………あ、おはよう」


彼女は、そう呼ばれると振り向いて微笑した。





彼女の目の前に居るのは、千歳(ちとせ) 美岬(みさき)

国会議員・千歳 賢一の一人娘で、資産家の財閥令嬢でもある。

父親の名前は有名であり、彼女自身も

一目置かれる存在で、彼女も名前も名高い。




美岬はお洒落やメイクには、とても敏感だ。

事実、美岬が同じ服を着ているのは見たことがない。

毎日、とっかえひっかえにお洒落やメイクを楽しんでいる。



現に彼女の着ている

フルーツ柄があしらわれた、

ピンク色の有名ブランドのワンピースは新作のものだ。

同じく新作のゴールドピンクのアイシャドウに、

サクラピンクのチーク。チェリーレッドのリップ。

三つ編みにされヘアアレンジされた二つ結びに結われた髪型。

手先にはポップキャンディのネイル。



女の子としての装備を完全に施している美岬。

その美容の知識と努力はきっと誰も敵わないだろう。


彼女自身、小柄で愛らしい容姿に相まって、

そのワンピースもメイクも似合っている。

親の存在が名高いせいで敬遠されがちだけれども、

美岬自身、あまり“国会議員の娘”という圧のある印象は感じさせず、


人懐っこく明るく愛嬌のある性格で

一見見れば、今時のキラキラとした普通と変わらない女の子だ。



「そのワンピース、可愛いね」

「これ? あるデザイナーの新作の展示会に一目惚れした服なの。

予約して早くこないかな、って待ち望んでいて。昨日、届いたのよ」

「良かったじゃない」

「ありがと」


美岬は、微笑んだ。

その微笑みは、まるで気高い華が開花した様な明るい笑みだった。

国会議員の娘という令嬢を時折に感じさせながら、

圧は感じられないのはその幼い顔立ちせいか。





「美岬は可愛いから、何を着ても似合うね」

「そうかしら?」


美岬がそう告げた瞬間、授業を知らせるチャイムが鳴った。

和歌と隣り合わせに美岬は座りノートを出している中で、

ちらりと美岬は彼女を盗み見た。



彼女、

水瀬(みなせ) 和歌(わか)とは、大学生からの付き合いだ。


さらりとあしらう和歌に、美岬は思った。



(和歌の方だって似合っているのに)






手入れされハーフアップに纏められたさらさらのストレートの黒髪。

襟には刺繍があしらわれたブラウスに灰色のジャンパースカート。

飾らないその清楚な雰囲気と落ち着いた顔立ちは端正に

整っていて惹かれてしまう程に神秘的で、大人っぽく美人だ。


その飾らない自然美が、彼女の魅力の一つなのだろう。

けれど、和歌自身はそれに気付いていない。

自分自身の事には無感心のようだ。









家に帰ると、美岬は自室のベッドに座った。

これから”ある支度”をしなくてはならない。


フルーツ柄のワンピースから、

露出度がやや高いノースリーブのマゼンダ色のワンピースに着替え、

一度クレンジングで洗顔しメイクを落としてから、一からメイクをし直す。

“これから”のメイクはかなり入念だ。

少し濃い目のメイクを変えて、自分自身の雰囲気を大人っぽくさせる。


美岬の顔立ちは幼くあどけなさが抜けない顔立ちなので

メイク数種類を使い分け、繊細に塗り重ね、大人っぽくなる様に魅せる。

アイシャドウやアイメークの線は濃く、代わりにチークは淡く。

最後に深紅色のルージュを塗って終わりだ。


髪は下ろし巻き髪サイドで集め胸の前に下ろした。

前髪は無くし、ワンレングスにする。




(これでいいわよね?)



化粧台の鏡に写る自分自身を見詰めてから、納得した。

何処かあどけなさが抜けない大人な女性が鏡に写っている。

ワンピースもヘアメイクもばっちり決まっている。


ヘアメイクを終えた頃、携帯端末が震えた。

メール欄を開いてみると、美岬の表情に笑みが生まれていく。


(………今日も、“心配”はないわね)





繁華街にある、地下の焼肉店。

美味な味と共に、煙が漂う。


「追加にビールとサワー、それぞれ二つでよろしいですか」


焼肉屋の名前の刺繍がなされたエプロンと

巾着を備えた彼女はメモを取りながら答えた。

夜の繁華街の一角ににあるこの店は、仕事帰りの

サラリーマンやOL、家族連れと大変賑わっている。

活気が増す空気に馴染んだふりをしながら、和歌は厨房カウンターにて店長に注文を伝えた。


この女手一つ切り盛りしている焼肉屋に勤め始めて半年。

けれどもう、この店の所作はとっくに慣れ親しんでいた。

次いでに言えば、申し訳ない程に店長にも良くして貰っている。




「あ、和歌ちゃん、休憩していいよ」


貫禄のある女店長から、微笑みつつ告げられた。

優しい笑顔がトレードマークの店長は優しく、気遣いもすらも然り気無く優しい。




和歌は開店と同時に熱心に働き、

勤務態度も真面目そのもので非の打ち所がない。


けれど、若い娘故に遊びたい時もあるだろうに。

店長は健気で謙虚な和歌を見る度に、まるで娘を見守る様な気持ちに駆られてしまう。

だが彼女はそんな素振りは一切、見せずに働いている。

それは、時に心配になる程に。



「でも………」

「大丈夫。気にしないでいいのよ。

もう席は満席だし、暫くオーダーはないから。

気分転換に外の空気を吸っておいで、ね?」

「………すみません。お言葉に甘えさせて頂きます。ありがとうございます」


礼儀正しく一礼してから

ビルの地下に店を構える店の階段を上がり、地上へ路上へ出る。

焼肉屋の独特の煙や匂いが充満している場所から離れると解放感に襲われた。


夜風に吹かれ、髪が頬を撫でる。

空を見上げてみると紺色の空には、点、点とが紡がれた星が広がっていた。

繁華街が和気(わき)藹々(あいあい)としていて、活気と賑わいは絶えない。


そんな中。




(…………美岬?)



視界に入った少女に、和歌は呆然とする。

中年の威厳のある男性が自分自身の前を横切った。

男性に驚いたのではない。その男性に腕を絡め体を寄せている、彼女だった。


間違いない。美岬だ。

だが昼間に見た彼女とは違い、服もメイクも派手になっている。

知り合いではないと気付かないかも知れない。だが。



(………彼女を見るのは何度目かしら……)


和歌は溜め息を着いた。

和歌がアルバイトを始めた頃から”姿を変えた美岬“を見るようになった。

言いやすくすると、昼間に見る美岬はナチュラルで

夜の繁華街で見かける彼女は派手派手強いと言うべきか。


服もメイクも全然違う。大人っぽいドレスにヘアメイク。

彼女の事は毎日の様に頻繁に目撃している。

大学で見る彼女の様に毎回、違う服にメイク、そして____男性。


美岬が腕を絡めて引っ付いている男性も毎日違う。

ある時は優しいサラリーマン風の若い男性、中年の威厳のある男性、

毎日、服やメイクが違う様に連れ立っている男性も違うという事だ。


最初は見間違いかと思ったけれど、その甲高い声で確信付いた。

けれど夜の繁華街で見かける美岬は、まるで媚を売るような甘い声音だ。

何故、彼女が此処に、と何度も疑問符が浮かんだが、

その理由は見つからないままだ。


和歌は呆然としながら、店に戻った。



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