episode24・闇を迷う (Waka side)
和歌のお話。
体調が、優れない。
あれから薬を服用しても眠れなかった故に、頭が頭が重く痛く怠い。
体調が優れないまま、授業を受けても内容が入ってこないだろう。
迷った末に今日は大学を休む事にした。
喉が砂漠の様に、ざらざらと渇く。
あの夢は後味が悪くて、何処か不気味で、胸騒ぎがする。
現に横になっていても生きた心地がしない。
実のところ、
和歌の体はあまり薬が効かない体質だ。
それはまだ誘拐された際に小さな体に、
大量に睡眠薬を過剰に投与されていた影響らしい。
薬は服用にするにつれ、慣れていくというけれど
和歌は望まない形で薬で眠らされていた経緯から
睡眠導入剤や、精神安定剤が効かない体質に変わっていた。
なので、心理療法と薬物療法を始めた際に、
薬物治療の薬等が効果があまり期待出来なかった。
睡眠導入剤もあまり効き目が望めなかったせいもあり、
毎晩魘され、生き地獄の様に、夜に苦しんだ。
布団を頭から被りながら、和歌は目を伏せた。
(興味本位で調べるんじゃなかった)
(私は今で、十分なのに。何を血迷ったの……)
きっと自分自身で忘れ去った過去を、
掘り出そうと、知ろうとしたからこんなに不気味な感覚に襲われてしまったのだろう。
好奇心から、興味本位から、探ろうとした、自分自身に後悔した。
『人が怖いの』
自分自身を失い、声を失い、
全てを喪失したまま過ごしていたあの日々。
辛さ、苦しみ、恐怖心、絶望感。
言葉に出来ない様々な苦痛を味わった。
虚空の闇をさ迷う日常を過ごしていたあの頃には戻りたくもない。
9年をかけて、治療してからの今が自分がある。
未だに回復途中ではあるが、水瀬和歌、という
人格が手探りながらも取り戻しつつあるのだ。
言わば興味本位から、過去に疑念を抱いた時点で、
自分自身でそれを水の泡にさせる様としていたのだ。
危うく、自分自身をまた失うところだった。
時刻は正午を過ぎた頃。
あまり着信の少ない携帯端末を見上げながら、
和歌は溜め息を付いて寝返りを打った。
気分は優れない。
必要性のない余計な粗探しをしてしまったせいだと反省した。
だが。
まだ心は戸惑いながらも、過去を知りかがる心情は隠せない。
一度、知ろうとした思いはもう引き返せないのだ。
心の片隅に佇んだままの、疑念が晴れたとは言えない。
蟠りが和歌と戸惑わせている事は事実だ。
確かに恐怖心は残っている。
けれども知りたい。あの日、あの期間
自分自身の身に何が起こっていたのか。
不意にインターホンが鳴る。
インターホンが耳元に届いた瞬間、微かに和歌は震えた。
それは明確な理由があったからだ。
誘拐から救出された頃、
和歌は対人恐怖症から来客者にある、恐怖症を抱いていた。
犯人が来た。また、自分自身を連れ戻しにきたのだと。
一人でいる時は不安に駈られ、震えながら塞ぎ込んでいた。
また、車に乗せられる。
また、拐われる。
また、眠らされる。
あの、意識を失った際の苦い味は、忘れられない。
やはり今日は、変だ。
あの、恐怖症の感覚がフラッシュバックしているのだから。
もう忘れくらい、遠い記憶と成りかけていたのに。
足がすくむ。
(何時もなら、ないのに………)
無視しても良かったのだが、宅配便だったら困る。
それに過去の恐怖心に囚われたままで居たくなくて
和歌は震える脚を動かしながら、足音や気配を消して玄関に近付いた。
恐る恐るイヤホンモニターを覗くと、呆気に取られた。
抱いていた恐怖心がサーっと消えていく。
「…………廉」
ドアを開けた先には、見慣れた従兄が立っていた。
「…………朝、久しぶりに伯母さんに会ったんだ。
そうしたら、和歌が大学の授業を休んでるって聞いたから……」
「…………そう」
和歌の瞳は、何処と無く暗雲と闇色を浮かべている。
何処と無くまた様子が変だと察しながら、廉は喋ろうとした刹那、意外にも和歌の方から先に口を開いた。
「………どう? 肩の具合は………」
「………ありがとう、平気だよ。気にしないで」
然り気無くはぐらかされた。
はぐらかしたのは、自分自身の心情を悟られたくないから。
長年の付き合いのせいか、廉の洞察力から避ける術を和歌は習得していた。
心配をかけ続けた従兄であり幼馴染に、
未だに心配をかけたくはない。
「それより、和歌の方は、体調はどう?」
「…………少し気分が優れなかっただけ。何ともないわ」
「今日は休みなんだ」
高校を卒業し、大学進学を蹴って就職し
廉は職種は選ばず働き詰めの毎日を送っている。
大学生になった今は顔を会わす機会も減った今、
青年は休めているのだろうか、そんな心配をしていた。
「………そう。ごめんなさい。わざわざ足を運ばせてしまって」
「今更、気にするな。それよりはい、これ」
小さな箱を渡された。
独特な持ち手から、洋菓子関連のものだと理解する。
「これはこないだのお礼。
シュークリーム、体調が良くなったら、伯母さんと食べてよ」
「貰ってもいいの? 私は何もしていないのに」
「ううん、和歌には面倒をかけたから」
アイコンタクトで、
廉の瞳が『自傷の事は言わないで』と訴えている。
言わば口止めか、と悟りながら、和歌は
素直に礼を言ってから、それと引き換えに口を開いた。
「あの、一つ、聞いてもいい?」
「なに?」
彼ならば、知っているだろう。
当時水瀬家で暮らして居て、自分自身がいない代わりに
一番、母親の近くに居た人物なのだから。
「私が、誘拐された時、当時の様子はどうだったの?」




