episode23・身分を忘れて (Misaki side)
美岬のお話。
愛は誰から与えられるべきなのか。
その愛は純粋無垢で澄んだものか、仕組まれた暗雲の愛情なのか。
それは、誰も知らない。
東京湾をなだらかに流れていく豪華客船。
本日は緩やかなナイトクルーズの一時に美岬は招待されていた。
果てしない夜空に、東京の夜景が客観的に伺える。
ディナーを済ませたところで、
酒の酔いを感じながら、客船の外に出て夜空を見上げる。
ゆらゆらと一定のリズムを刻みながらなだらか海にに流れていく客船。
そんな美岬の元に、こつり、こつりと近付く足音。
振り向くとスーツ姿の若い男性が近付いてきた。
先日、出会った若き実業家だ。
不意に肩を抱き寄せられ、
美岬も青年の首元に頭を預け微笑んだ。
ふわりとした温かな温もりに、心は落ち着いた。
千歳家では、感じられない無条件なものだ。
人の温もりは安心する。
心が満たされていくのを、ひしひしと感じる。
ありふれた愛の言葉でも、プレゼントでもない。
ただ、人の温かな温もりが欲しいだけ。
(………そうよ。あたしが欲しいものは、これなの)
確かな形な物ではなく、
形の見えない不透明だが、安心感のある愛。
満たされていく心に微笑しながら、
ほろ酔った甘い端正な顔立ちで、美岬は相手を見上げた。
相手の微笑みに甘えて、お姫様の様に扱われている。
その姿はまるで甘い洋菓子の様だった。
今、思えば
美岬は甘える環境も、甘えられる人もいなかった。
だから大人となった今、誰かに甘えてその人の温もりを感じている。
なんと言っても年上の男性の包容力は、偉大だ。
淡い夜風が心地良い。
橋から見えた、鮮やかな夜景を見詰めながら美岬は
夜という時間に浸りながらまた酔う。
「愛してるよ」
耳元に囁かれた言葉。
しかし、美岬にとってそう囁かれたのは何度目であろうか。
最初は聞いた事もない台詞で
新鮮で甘酸っぱくて、心に響いてはときめいた。
恋人同士、夫婦ならば素敵なワンシーンでも、
何十人と男性を付き合いを重ねてきた
美岬はもう慣れ切ってしまっている今は、酷く無情な言葉に聞こえてしまう。
けれど、形のなくとも、
その愛や愛情、温もりにすがり付いている美岬がいる。
愛情依存症になってしまった今では、この付き合いがないと生きてはいけない。
この一時が、長く続いたらどれだけ良い事か。
彼は美岬が求めているものを携えている。
この人物と会うのは二回目。
不意に見上げた
朗らかな相手の微笑みに、少し紅潮した表情。
まるで誰かに恋い焦がれている、そんな表情を浮かべていた。
前に会った時の彼と、今、目の前に居る彼は
同じ人物であって、違う人物の様に思える。
彼は既に美岬に惹かれている様だ。
でないと、こんな表情は見せる事はないだろう。
愛情に渇望していた彼女を、
一度、愛情の沼に嵌まってしまえば抜け出せない。
否。抜け出すつもりもない。
例え、自分自身で無くなる程に着飾り
千歳美岬の身分を偽ってでも
この愛情の底無しの沼に、溺れていたい。
_______アイヲ、チョウダイ。
________ヌクモリヲ、チョウダイ。
________モット、アタシヲミテ。
「どうだい、気分は?」
「素敵です……綺麗だわ」
淡く揺れるウェーブかかった長髪。
目を輝かせながら、そのクルーズから見える景色を
見詰めて素直に微笑んでいる。それは、純粋無垢な子供の様に見えた。
夜風は心地好いが、そろそろ冷えてしまう頃だ。
「こうやって夜景を眺めるのも良いが、君が冷えてしまう。中へ戻ろう」
「はい」
青年の女性への気遣いや計らいは、然り気無い。
若き実業家と経済界では名が知られている彼が、
裏ではとても女性の扱いに慣れたプレイボーイだとは誰も知らない。
実業家の青年は
美岬の露出した肩を抱き、船内側へ歩き出す。
エスコートされるままに、
美岬はクルーズ船内に消えて行く。
愛されたい。
愛されてたい。その視線を、愛情を、自分だけのものにして。
望むのならば、ずっとシンデレラでいたい。
(夜なんて、明けなくていいのに)
本当ならば
千歳美岬という人格を、棄ててしまいたい。
ずっと夜のままていれば、愛情や温もりを感じれる時間が続けば良いのに。
無関係になってしまう昼間なんて、要らない。
今の美岬が求めているのは、愛情や温もりを感じられる夜の時間だけだ。
けれど
無情にも、夜は明けていく。
それは愛情に渇望する彼女にとって、滑稽な様なものに感じた。
(あたしは、どうなってしまったのかしら)
美岬は不思議に思う。
あの偉大な家系を気にしていたのに。
今では完全に自分ファーストな女に成り切っている。
本当は千歳家も、“千歳美岬”という表向きな女性はどうでもいい。
彼女は資産家・偉大な家系の千歳家の一人娘・跡継ぎでしかないのだから。
美岬→和歌→廉→と物語を続いていきますが
これから時折、大人の事実を含めながら、
進みます。




