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傷付いた鳥籠が壊れるまで  作者: 天崎 栞
【傷付いた小鳥達】
22/112

episode20・否定された世界で (Ren side)

廉のお話。


もしも、あの時に

自分自身の存在を認めくれたのならば。

自分自身の存在を思い出してくれたのならば。


世界は、人生は変わっていたのかも知れない。





水瀬家で引き取られた事が、廉の救いだった。

和歌も、和歌の母親も優しい。


優しい人達に拾われた事が救いだったのかも知れない。

もし誰かからも無視されていたら、自身はどうなっていただろう。




事の発端は、小学校を卒業する時期、

厳冬の寒さが消え去り、新春の暖かさが感じられる季節になった頃。



「廉君、お父さんに会いに行く?」



それは、伯母の一言だった。

父親は精神科病棟で入院した後に、終身の特別ホームに入所したらしい。

水瀬家の家族の一員となり、その暮らしになれつつあった廉には父親、というのは意外な響きと取れる。


廉にとって、忌まわしいのは母親だけれど

父親の事もそうなのかと尋ねられたら否めない。


いつも穏やかで、

常に笑顔を絶やさなかった優しかった父親。

けれど母親が居なくなった事で、狂気に狂ったあの鬼の形相を浮かべた男が、未だに父親とは思えなかった。


けれど、父親に暴力や暴言を

浴びせられ、虐待を受けていたのは事実だ。

廉にとって今や父親は、恐怖心の対象でしかない。


何故、伯母に父親を会わせようとしたのかは

最初、廉は分からなかった。


けれど今思えば、

廉が中学生になる節目にけじめとして、息子を会わせようとしたらしい。


「これはね、廉君が決めたら良いことよ。

伯母さんが決める事は出来ないから。

……でも、場合によっては廉君が傷付くかも知れないの。


一度、廉君がどうしたいか、考えてみて?」


和歌の母親、伯母は優しくそう告げた。

彼女は強制は決してせず、廉の意思に任せてみて

実兄に、甥を会わすのか決める様だった、



廉は迷うと共に疑問が浮かんだ。


(僕が、傷付くとはどういう事だろうか?)


その意味が分からない。

伯母は、自分自身が虐待を受けていた事を考慮し思って言ったのか。

傷口を抉ってしまう様な事になると案じて告げた発言なのか。







記憶を思い返せば、

あれだけ優しかった父親と、狂気に狂った父親の姿が記憶の交差する。

けれど廉の記憶の中には存在していたのは、長らく優しかった父親でしかない。



様々な事を考えて、廉は父親と会う事を決めた。

今では考えられないけれども、会う事を決めたのは

まだ父親と離れて暮らす様になってから

日が浅かった事が影響したのかも知れない。



当日。車に乗り、

施設に向かう中の車内で様々な交差する。



(今、父さんはどうしているだろうか)



自分を見たら、何を言うのだろう。

あの優しかった父親の姿か、それともまた鬼の形相の狂気の姿か。

どんな言葉をかけてくれるのだろう。


諦観を抱いた細やかな淡い期待感と、植え付けられた恐怖心。


連れて来られたのは、白い施設。

暖かな光りが差し込む場所で、まるで別世界に来た様だった。


淡く優しい光りの空間で過ごす、人達は心無しか皆、

穏やかで朗らかな表情を浮かべている。

此処に居る人達は、皆、幸せそうだ。


伯母と従妹に不安に悟られない様に、

それを隠す様に作り笑いを浮かべていたが、

本当は施設に着いた途端に小さな心は不安感は苛まれていた。


その証拠に、まるで不安を

紛らわす様に廉はずっと和歌の手を繋いでいた。

ふと見ると廉は気難しい表情を浮かべていたから、和歌は何も言わず、廉の手を繋いだままだった。


否。彼女は、気付いていた。

従兄の手が微かに震えている事に。

けれど廉の心情を考えて、敢えて何も言わず知らないふりをした。



室内用エレベーターで、

二階に上がった後、廊下を歩く。

マンションを思わせる一人一人の個室に名前のプレート。


父親の名前の書かれたプレートを見つけた瞬間、

心臓が踊り出した。いよいよ、父親に再会する。

父はどんな表情を見せ、どんな言葉をかけるのだろう。


6畳程の白い部屋。

置かれたのは、シングルベッドと来客用のソファー。


そのベッドはリクライニングされ、

座った様な形になった父親は窓の外を見詰めていたが


「兄さん」


妹にそう呼び掛けられると、彼は此方を向いた。

穏やかで朗らかな表情。その表情はあの頃よりも少し柔らかい。

目の前にいる男は、明らかに廉の記憶に根強く残っている優しい父親の姿だった。


自分自身を見て、何も言わない事に廉は胸を撫で下ろす。

あの鬼の様な父親は現れない、此処にはいないと知り

安堵感からいつの間にか、離した従妹と繋いでいた手。


「今日は、廉と和歌が来ているの、ほら___」


朗らかな表情を浮かべた男は、廉を見詰めてきた。

緊張して少し背筋に冷や汗をかく感覚を覚えながら、微笑む。

どうすればいいか、考えていた刹那。


父親は廉を見て微笑んだ後、告げた。



「………綺麗な子だね、誰かな?」


周りが凍り付く。

廉は茫然自失として立ち尽くしている。

向けられた穏やかで朗らかな表情が、嬉しかった。

また、あの頃の父親に会えた様な感覚がしていたのに。



父親のたったの一言で、廉は絶望に落とされる。



廉の淡い期待と思いは、父親の一言によって打ち砕かれた。




「………兄さん、廉よ? 貴方の息子の、」

「俺には息子はいなかったけどな。勘違いじゃないか?」



刹那。みるみる、目の前が真っ暗になる。

途端に呼吸が締め付けられる様な感覚に陥り、

居ても立っても居られなくなり、廉は部屋から飛び出した。


「…………れ、」


和歌は名前を呼ぼうとしたのだろう。

けれど名前を呼ぼうと、言葉を紡ぐより先に少年は消えていた。




父親の部屋を飛び出した廉は

無我夢中で、廊下に飛び出し地を蹴った。



あの頃の優しい父親の姿を伺えて安堵した。

あの頃に戻れた気がして嬉しいとすら、感じていたのに。

頭に稲妻を撃たれかの如く、衝撃が大きい。



お願いだ。嘘だと言ってくれ。



父親が、息子を忘れたなんて______。




心臓が圧迫される思いで胸を押さえながら

息が切れて、手摺りに手を着くと項垂れる様に、廉は(ひざま)着く。

混乱した頭が、思考が、現実を上手く飲み込めない。

けれど溢れ出した感情は、紛れもない本物で、ぽたりと膝に落ちた一筋の涙。


母親に裏切り捨てられ、唯一の頼りだった父親。

その父親からすらも、廉をズタズタに裏切り見捨てたのだと。

(むご)い父親の姿はは、廉の小さな心を、ボロボロにさせた。


現実は、残酷だ。


見たくなかった。知りたくなかった。




(僕は、独りぼっち)



(誰からも、忘れられた)


(僕を、知っている人なんて、誰もいないんだ)


川嶋廉という人間は、もう何処にもいない。

自分自身を否定された世界はこんなにも、無慈悲で冷たい。




「…………廉」



澄んだ声が降ってくる。

気付くと、心配そうに見下ろしている和歌の姿があった。

見上げたその少年の顔は、瞳が潤んでいて

その姿は今にも崩れてしまいそうだった。


和歌は何も言えなくなって、立ち竦む。


それは、何かを言葉をかければ、壊れてしまいそうだったから。







最初の頃はショックだったが、

あの事があったから、良い意味で割り切れたのかも知れない。

伯母は申し訳ない事をしたと謝っていたが、伯母の事は憎んでいない。

寧ろ、割り切れるきっかけをくれた事に感謝した。


だって。


あの事がきっかけで、

誰からも裏切られて、この世界には、

自分自身を知っている人間はいないのだと悟ったのだから。





2019.2.29



【お詫び】

登場人物の視点を示す、sideの記入漏れがございました。

確認を見過ごしてしまった私のミスです。

混乱を招く形となり、申し訳ありません。


深くお詫び申し訳上げます。

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