episode15・孤独と孤高 (Misaki. Waka side)
美岬と和歌の温暖差のお話。
美岬にとって、父親の存在は偉大だ。
有名な国会議員の力がどれだけ偉大で有力なのか美岬は幼い頃から目の当たりにしてきた。
大人は金の権力を差し出し、自分の偉大の立場をひけらかせれば誰だって無言で動いた。
願い事を告げれば、なんだって叶う。
それは、良い事なのか、悪い事なのかと言わせれば
きっと後者に回るのだろう。
けれど権力や財力のある生活があれば、それが当たり前になって感覚は麻痺する。
大学4回生になる時、美岬は外国語学部のある大学に移籍した。
3回生まではデザイン学科がある美術大学に通っていたが、
絵に書く事にスランプに陥りストレスとマンネリ化を感じてしまったからだ。
飽きっぽい美岬には、すぐに飽きてしまった。
(………逃げたい)
次第にそう思う様になった。
そんな中、丁度
パーティーで目にした、英語を流暢に話す
外交官のキャリアウーマンの姿に憧れ、外国語学部に入りたいと感じた。
『あたし、絵ではなく、英語を学びたいの』
そう言えば、すぐに願いは叶った。
千歳家の、父親の権力が動いたのだろう。
4回生になる春、美岬は外国語学部のある大学に移籍した。
転校初日。
たまたま、窓際の席に座っている、隣の席の彼女を見た。
彼女の後ろ姿は何処かでうろ覚えがある。
美岬は、彼女の傍まで行くと座った。
彼女は本を読んでいる。ちらりと覗いた彼女に思わず息を飲んだ。
端正に整った清楚で神秘的な横顔。
「…………あの」
「………………」
相手はぴくり、と震えた後に恐る恐る此方へ視線を向けた。
「あたし、今年度から転校してきたんです。
初めてなので何も分かりません。なので色々と教えて頂けませんか?」
「………………」
こくり、と彼女は頷いただけだった。
“千歳 美岬”と名乗った時点で、
“国家議員・千歳賢一の娘”と隠さずには居られない。
誰もが勘付いて、千歳賢一のバックボーンを気にしてあまり自分自身には近寄らなくなる。
誰だって、
自分自身の身が可愛いのだ。
だから、
自分自身が傷付くかも知れない、相手には近寄らない。
そんな人間の顔色も、態度も、呼吸をする様に、美岬が一番解り切っている事だ。
一度だけで自分自身の立場を他人が悟ってしまえば、周りは去る。
だが美岬にはその孤独に耐えられる器を持っていない。
冷たい孤独には、耐えられない。
だから、名前を名乗った時
拒絶されるかも知れないと思い、何処かで怖かった。
だが彼女は否応なしに、
自身を導き大学のあらゆる場所を案内し
丁重に細かな所まで教えてくれ、教室によっては注意点を教えてくれた。
一見は近寄りがたい雰囲気と印象を与えるけれど、その物言いと声音は優しい。
(人は見掛けに寄らないというのは、本物なのね)
国会議員の父親を持つ美岬にとって、
あまり親や家柄が偉大な故に、仲良く出来る人物はあまりいない。
皆、厳しい面持ちで接し和らいだ表情を見る人の機会は少ないのではないか。
だから、表情を作らずに
仲良く接してくれたのは、彼女が初めてかも知れない。
だが。
(彼女は、あたしの事を知っているの?)
国会議員の父親を持つ娘であること。
下手をすれば、人生を潰されるかも知れない人物と関わっているというのに。
彼女は気にしていない様子だった。
美岬は本来、人懐っこく気さくな性格だ。
なので同い年の女子達とは、すぐに溶け込み馴染む事が出来た。
女の子としてかなりの知識を得ている美岬は、お洒落の話題を武器に、話題の中に入っていく。
しかし、其処である温度差を感じた。
それは、和歌の存在だった。
和歌は静かな一匹狼のようだった。
物静かで寡黙、誰とも関わらず、本を読み、
時折に何かを思う様に深く、遥か彼方の空を見詰めている。
礼儀正しく本来優しいのだが、
何時も凛として飄々とした態度や姿勢を崩す事はない。
いつも、一人きり。
彼女は他者と馴れ合いは好まない。
寧ろ、それを避け、孤独を好んでいる様にすら見えた。
聖霊の様に優雅な孤高の存在。
けれど価値観の違い故に、美岬には解らない。
孤独を最も恐れ怖がっている美岬には、和歌の存在や孤独であろうとする姿に理解出来なかった。
その時だった。
「あの人には関わらない方がいいよ」
美岬に話し掛けた彼女が呟いた。まるで、忠告するかの様に。
どうして?と返すと、彼女達は疎ましい視線を彼女に注ぎながら告げた。
「いつも独りぼっちで暗いし、何を考えているか分からないでしょ?
それに何処か薄気味悪いの。この学科では変わり者だって有名なのよ」
まるで彼女を嘲笑うかの如く、彼女達はそう告げた。
(ああ、そうか)
だから、彼女の周りには人がいないのか。
彼女の纏う雰囲気や貫いている姿勢や態度もあるだろうけれど
周りは好き勝手に傍聴し噂を立てているから、あの子は一人なのだ。
だが。
寂しくはないのだろうか?
辛くはないのだろうか?
何故、辛い孤独を好むのであろう?
様々な疑問が浮かびながらも、
美岬は和歌へ思い入れが強かった。大学で初めて出会った人物。
自身の立場を厭わず、温度差もなく接してくれた。
けれど
それ以外には接してはこない。
彼女は大学の受講が終えても、真っ直ぐ帰っていくらしい。
品行方正で成績優秀。絵に書いた様な理知的な優等生。
彼女の英語のスペル発音は、それを聞いた外国人講師が舌を巻く程の発音の上手さだった。
大学の受講も終わり、
彼女は何事もなかった様に帰っていく。
隣に座っていた彼女は、初めから居なかった様に気付いたら消えている。
去る者追わず、来る者追わず。
初めて、優しく接してくれた相手。
不思議な雰囲気を持っているのにも惹かれたが、
分け隔てなく優しくしてくれたからこそ、追いたくなる。
美岬は思い切って身を乗り出した。
「________あの」
階段を降りかけていた、彼女を呼び止めた。
彼女は、此方をぼんやりと見詰めている。
「今日はありがとう、ございました。
最後に貴女の名前を、教えて貰ってもいい、ですか……?」
「…………………」
彼女は面持ちを一切変えず、無言のままだ。
そして何か少し瞳を游がせた後、目を伏せた後に呟いた。
「………水瀬。
………水瀬、和歌です」
ぽつりと呟いた。“水瀬和歌”。
清楚で物静かな彼女らしい名前だとすら思える。
憂いを帯びた表情でそう告げた彼女は、そのまま階段を降りて行く。
さらりと揺れた黒髪。
彼女は澄んだ綺麗な白百合の花の様に見えた。
健気な片隅に咲く花。けれど決してその美しさを露にはしない。
純粋無垢な綺麗な花なのに、その存在には誰も気付かない。
故にその後ろ姿は、寂しげに見えた。
夜。
活気が増す、夜道を歩く中で
不意に彼女の事が、脳裏を余儀った。
慣れない酒を平気なふりをしてかなり飲んだせいか、だいぶ酔いが回っている。
(…………和歌なら、こんな事はしないのでしょうね)
彼女なら自分自身の様にはならない。
自身の様に、愛情と温もりを求めて、自身を偽り夜を遊び歩く小人には。




