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傷付いた鳥籠が壊れるまで  作者: 天崎 栞
【傷付いた小鳥達】
16/112

episode14・自責が生む罪悪感 (Ren.Waka Side)

廉と和歌のお話。



きっと持っていた合鍵を用いて、彼女は入ってきたのだろう。

廉は水瀬のマンションの合鍵を、和歌はアパートの合鍵は

互いに交換し持っている。



酷い自傷したにも関わらず、

彼女は理由も聞かずに淡々と無言で傷の手当てを行っている。

顔を合わせるのがなんだか忍びなくて廉は虚空を見詰めていた。


大体、自傷の現場を目の当たりにしたら、否定するのが大半だ。

張本人の辛い心情を無視しては、(いか)って、持論を展開するというのに。

和歌は否定も何もしない。


消毒アルコールが傷口に染みて痛いだろうに、

今の廉には痛みはどうにも思わなかった。

“痛み”よりも、”生“が辛い中にいる彼は、無情だ。





「俺の事が原因で、伯母さんは転勤になったんだろう?」

「……………え?」


廉の呟いた一言に、和歌は呆気に取られた。

傷痕を手当てしていた指先が止まる。


芯の無くし弱り切った瞳が此方を見詰めている。

いつも朗らかな青年にしては珍しい___と他者は思うかも知れないが


和歌は知っている。

青年が、自身を自責の念に駈られ生きてきた事を。

母親の事があってから、廉は変わり果ててしまった。



その泣きたい感情を押し殺し閉じ込めては、

作り笑顔を作っては何事もなかった様な顔をする。

母親には特に、自分自身にも遠慮する様になってからは、

ますます”川嶋 廉”という人間が読めなくなっていった。


けれど時折にして廉は

魂を抜かれた、寂しげな表情を見せる事がある。

そんな従兄の表情を和歌は見逃していなかったが、それを口にしてしまえば、逆鱗に触れてしまいそうで敢えて口にはしなかった。


和歌は漠然としながらも、静かに首を横に振った。



「…………言ったでしょう?

あれはお母さんの仕事の都合での転勤だって。廉には何の関係はないわ」

「それって、そう言い切れるの?」


10年前。

廉の母親が殺人者となり、全ての境遇が変わった。


確かに

母親の転勤の命令が出たのも丁度、その時期だ。

殺人者の身内という大人の事情があったのかも知れないが、

和歌の記憶の中で母親と自分自身が迫害に遭った記憶はない。


遺族にはどんな言葉を述べても申し訳ないし許されない。

しかし遺族と同等に、加害者の身内である廉も被害者だろうと思う。

両親には裏切り傷付けられた末に去られ、

母親が殺人者となった瞬間から、境遇も人生も変わった。



「………そうだと言ったら?」

「………相変わらず、捻ねた答えだな」

「でも誤解しないで。本当よ。お母さんの転勤は、廉のせいではないから」


珍しく和歌は、微笑を浮かべた。






俄然、泣きたい時もあっただろう。

だが、廉が泣きながら母親に全てを打ち明けてから

彼の涙は一切、見たことはない。


そのせいだろうか。

口にはしなくても、心配だった。

けれど今回の事が、和歌の疑いを確信付けた。


肩には無数の数え切れない程の生々しい傷痕。

刻まれた古い傷からまだ生乾きの新しい傷が、色白な肌に縦横無尽に走り痛々しい痕跡を残している。

誰かにやられた訳でもなく、自分自身で責め付けた自傷はこんなにも酷い。

そして、青年は脆い。



(……………これが、貴方の叫びだった)



誰にも言えない叫び。

それを廉は、自傷をする事で晴らしていた。

自身の泣きたい時があってもその感情を押し殺し、

誰にも言えない、静かに叫びを上げている証拠なのだろう。


誰にも言えず、気付かれず、悟られず。

辛い過去と感情を押し殺し閉じ込めては息をしていた。



元々、廉は無邪気で少し破天荒な少年だった。

何事も物怖じせずにいた従兄の彼に、引っ張り出される形で、遊んでいたのは懐かしい遠い記憶だ。


けれど両親は、純粋無垢な天使を傷付け狂わせた。

母親は平然と子供を捨てた様に裏切り、妻を愛し狂った父親は、母親のせいではないと息子を責め虐待していた。



和歌は、自分自身を密かに責めた。

自分自身の傷痕ばかりに囚われて、従兄の悲しみに目を向ける事すら出来なかった。

家族だったのにそれに気付かれずに居たなんて、どれだけ(むご)い事をしていたのか。


(私だって、貴方の加害者よ)


和歌は、心の中で詫びた。



一番、近くにいた大切な人の傷に気付く事さえ出来なかった。

その無視し続けた罪は、どれだけ思いのだろう。




「送るよ」

「………いい」

「物騒だろう? それに、貸し借りは嫌いなんだ」


廉は、微笑んだ。

その朗らかな作り笑顔を浮かべられたら、何も言えなくなる。

貸し借りは嫌いだと言ったけれどそれは表向きだ。


夜だと言うのに、今日の和歌は“男装をしていない”。

アルバイトが有る日に限っては、姿を誤魔化して歩くというのに今日はれっきとした彼女の姿だった。


この彼女を、一人で歩かせる訳にはいかない。

それにもう二度と同じ過ちを繰り返したくはないのだ。


「…………どうしたの? こんな時間に?」


和歌は、視線を泳がせた後、



「これ、良かったら」



後ろ手に隠していた紙袋を和歌は差し出した。

かなり重みのあるもので、微かに食欲を擽る香りがする。


「………貰った(まかな)い。お母さんには渡せないから」

「………………」


和歌は日々アルバイトに追われて、

食事が疎かになっているであろう、従兄へ

和歌は時折、アルバイト先の賄いを廉に届けてくる。


「とても美味しいの」

「そっか」


和歌は、母親にアルバイトをしている事を隠している。

それは母親の家計の負担になりたくないと始めた和歌の希望で始めた事だ。


否。

和歌は、キャリアウーマンである母親の姿を追っているのかも知れない。

和歌にとって母親は唯一の肉親で憧れの存在だ。


しかし和歌は、

自分自身の存在が、母親の負担になっていると思い込んでいる。

実際はそんな事はない。和歌の母親が、どれだけを慈しみ愛しているのか。





『和歌はね、忘れ形見なの』


いつか、和歌の母親が溢していた言葉。

初恋の相手との間に生まれたのが和歌だという。

けれどその初恋の相手は不慮の事故で亡くなってしまったらしい。


彼女がどれだけ娘を慈しみ、

どれだけ大切にしてきたのかは、傍で見てきた廉が痛い程に分かっている。


和歌が誘拐された時、

警察も負ける程に、付近へ聞き込みし、

娘が居たかもしれないという話を聞いた際には、現地まで足を運ばせていた。


和歌が見つかったと聞いた際にも

病院に吹っ飛んで行き、心配し彼女が目覚めるまで病室を離れた事はない。





『和歌、ごめんね』



精神的ショックから眠り姫であった、彼女にかけた言葉。

和歌の誘拐されたのは自分のせいだと責めた、あの頃。


和歌が目覚めてからも、壮絶だった。

変わり果てた彼女を見て廉は、無慈悲な現実と、

それを造り出した母親を憎み、自分自身をひたすら責めた。

誰かが変わり果て、不幸になっていく様を度に罪の重さを実感する。


穢れた罪人の子供だという事は変わらない。

きっとそれは、不幸にしてしまう事しか出来ないのだ。


大切な人が変わり果て、壊れていく様を見て

やはり自分自身は、負の連鎖しか生む事しか出来ないのだと自覚した。


マンションのエントランス。

淡い光りに包まれた優しい空間の前に、和歌は振り返った。

そして、“ありがとう” “またね”と告げ、手を振った。







「あはは……」


和歌を送り届けた帰り道り道。

夜の淡い風が吹く中で髪が揺れる。

夜空を見ながら廉は、自分自身を狂気に狂う様に嘲笑った。



手当てされたばかりの肩の傷が痛む。

けれど、また自分自身を傷付けたくなった衝動に駈られた。


2019.2,3



暫し悩みましたが、

和歌の心情も入っておりますので、

和歌と廉のお話とさせて頂きます。


(表記は、Ren.Waka Side とさせて頂きます)



ご勝手を申しまして、

申し訳ございません。

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