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傷付いた鳥籠が壊れるまで  作者: 天崎 栞
【傷付いた小鳥達】
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episode10・孤独 (Waka Side)



決して造り物ではない、人の心に刃を向けられ

傷を付けられたらどうなるのだろう。

そしてその傷痕を抱いた人は、

自ら負った傷痕とどう過ごし、生きていくのだろう。







喜んでいた中学生の制服に袖を通す事も

自室から出、外を出る事に和歌は恐怖を抱き始めた。


外に出ればまた、拐われるのではないか、害を加えられるのではないか。

あの誘拐された記憶が、恐怖心が脳裏にフラッシュバックし、

夢に苦しんでは涙を流した。



中学校にも休学届を提出し、

退院して在宅に戻ってから、在宅での心療ケアに取り組んでいた。

和歌の担当医が水瀬家まで訪れ、診療するのだ。





母親に体を支えられる形で、リビングルームのソファーに座る。

目の前に座っているのは、遠藤と名乗る女医だった。



「__________最近は、どうですか」

「…………………………………」



遠藤の問いかけに、和歌は俯いたままだった。

生きる気力を無くした闇色を映した絶望の瞳。

目の下に浮かんだ濃い隈。痩せ細った手足と体が、

彼女の抱え苦しむ辛さや闇を現実化した様な印象を与える。


それはまるで、

今にも力が尽きてしまいそうな人形のようだった。



遠藤は、物静かに和歌の精神状態を見守っていた。

否。弱り切った少女を目にして言葉を無くしていた、というべきか。



和歌は目線も合わせず、その瞳は虚空を見詰めている様だった。

担当医である遠藤の顔を見る事すら出来ない。

そしてこの当時の和歌は失声症を煩い、声すらも失っていたのだ。



和歌が中学校に通えたのは、3年間でたった数日。


犯人に与えられた刑期は、17年。




毎晩、和歌は悪夢に魘された。

何も見えない暗闇の中で泣きたくなる衝動を

押し殺しては、自分を追う追い人から逃げる様にずっと夢の中で走り続けていた。



_______“ニゲラレナイヨ”。



夢の中で追い詰めてくる人物は、そう告げられた。


不気味なピエロの仮面。

暗闇の中で、相手が自分自身を嘲笑う。

それが、ますます純粋無垢な和歌の傷痕を深し残し、恐怖心を植え付けた。


体は解放されたとしても、心は呪縛され続ける。

逃げられない。夢で追いかけた“あの人”は、

今度は身体だけではなく、和歌を精神的にも呪縛しようとした。


毎晩、魘される事を恐怖を覚え、眠る事を避けようとした瞬間もある。

しかし和歌が一瞬、思った眠りたくないという思いは現実化した。


次第に眠れない日が増えた。不安な時を過ごした夜は幾度となく

和歌を苦しめ、見えない闇色の糸で呪縛し、不眠症へと追い込んで行った。





勉強に遅れが出ると思ったが、

その勉強面を補っていたのは、従兄の廉だった。

廉は母親が引き取っていて一つ屋根の下で暮らしていたので、

もう水瀬家の家族と言っても過言ではなかった。



廉は常に学年にトップを誇る秀才の少年だった。

中学1年生のだった頃には既に、2年生が学ぶ勉強範囲を呑み込み理解していた程だ。


“これ、今日の授業のノート”


ノックと共に

まだ人間に恐怖心が残り、引き籠っていた和歌の元に

自室の扉を開けると届けられていた授業ノート。


家庭教師の様に親切な説明と共に纏められた、

ノートは息を飲む程に綺麗で丁重に授業内容を纏められていた。

それは刻名に書かれているのに字も内容も一寸の乱れもなく纏められていた。

その綺麗に纏め納められていたノートの内容は、今でもよく覚えている。


きっと和歌の傷痕を察して、

廉は自然と距離を置いていたのだろう。



いつもノックした後に

扉を開けるのに、まるで忍者の如く姿を

消したみたいに何処を見回しても少年の姿は何処にもいなかった。









休み時間になると、教室は賑わう。

そんな中で、いつも窓際に座っている彼女は身動きしない。

何時も座る窓際の席に座り、小説の本を広げて静かに読み、時折、関心深そうに空を見詰めている。




その清楚で薄幸な雰囲気と、

硝子細工の様に端正に整った顔はまるで聖女の様に美しい。

端から見ればとても美人で、その姿は絵になる。


しかし和歌は良くも悪くもその場の空気に溶け込んでしまう。

まるで絵に、空気に溶け込むかの様に、和歌は存在感を示さない。


和歌近寄りがたい雰囲気を纏っている上、神秘的で何処か物語から出てきた人物だった。

その雰囲気故になかなか、近付く事が出来ない。






あの傷を受けて以来、心の傷は和歌という少女を変えた。



心は厳冬の様に凍って行き、他人を避ける様になり

大人しく控えめだった性格は更に大人しく警戒心の強い性格に変わり、人を内面から疑ってしまう癖が身に付いた。


今では一匹狼の、

すっかり落ち着いたクールな性格を持った人物だ。




_______そして何よりも、孤独を好み愛する少女になった。




(________私は1人でいい)


(________1人で生きていく)




誘拐、強姦未遂の傷痕を受け入れた後、

少女の心に芽生えたのは、強い警戒心と孤独と固く共に閉ざした心。

そして次第に和歌は孤独を好み、自分自身だけの世界に手を伸ばす様になった。

自分自身の為に、己を守る為に。


それに誰に接する事は慣れ切っていない、恐怖心が残っている。

寧ろ、それが傷痕となった和歌は、唯一心を開ける

母親と廉を覗いて、馴れ合いを好まず人を避ける様になってしまった。




自分の世界だけならば、安心だ。

誰も自分に危害を加える人間も、深い心の傷痕に塩を塗る人間もいないのだから。

そう悟った瞬間に和歌は孤独という自分の殻に閉じ籠り始めた。


誰にも心を開かず、孤独の世界の扉を

固く閉ざしたまま、和歌は自分自身の心にテリトリーには誰も入らせはしない。


普通、独りぼっちは寂しいと皆、口を揃えて告げる。

しかし独りぼっち___自分自身だけの世界にいる事は、和歌に安心を与えてくれた。



(_______もう安心してもよい)



(もう、自分自身に傷を負わせる人間はいないのだ)



そう誰かが囁いている気がした。



もしも人物の心の中に土足で

乗り込む人間が居たら、問答無用で追い出してやる。



現実から目を背け

害のない冷たい孤独な世界で、ひっそりと和歌は生き続ける。




誰に何を言われようとも、

独りぼっちだと哀れみを買ったとしても構わない。

孤独は裏切らないのだから。


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