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傷付いた鳥籠が壊れるまで  作者: 天崎 栞
【傷付いた小鳥達】
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episode9・信じていた理想郷(Misaki Side)

美岬のお話。



人は自分自身が

欺かれていると気付いた瞬間、人はどうするのだろう。

そしてどう感じ、どういう形で受け入れていくのだろうか。





美岬は両親が不仲だと気付いていた。

支持者中では仲の良いおしどり夫婦だと思われているが、

それは仮面でしか有り得ない。


二人が夫婦でありながら、それは契約でしかなく

ビジネスパートナーという仲で、

仮面夫婦を完璧に演じて見せている。

それは娘の前でも。


誠実で紳士的な父親。優しく父親を支える母親。

仲の良いふりをしていた、二人は娘の前でも絶対に仮面を外さない。


何も知らなかった頃、

幼い美岬は仲の良い両親に憧れていた時期もあった。



千歳家は偉大な存在だ。

曾祖父は総理大臣を務め、祖父は官僚であり

父親は大臣有力候補の国会議員として活躍している。


しかし、

大人がいる世界は、時に子供に雑音を傍聴させる。


何人もの使用人を抱えていた

千歳家は古くから家に使えていた人物だっていた。




『学生時代に賢一様が、溺愛なさっていた方、

どうやら賢一様は“あの方”が今も忘れられない様だ。


今も彼女の写真を持っているそうで』



『結婚当初、

奥様は“あの方”に闘志を燃やされていた様だが

今はすっかり諦めてしまった様です。

美岬様が生まれたのも救いと言うべきか………』


中学生の時に廊下で、

偶然にして聞いてしまった使用人の立ち話。

使用人の話、それは大人しか大人の事情であり、

紛れもなく名指しされた人物は、美岬の父親の事だった。



『しかし賢一様も、ずる賢いお方だ。

表では奥様を紳士的な態度をし愛したふりをしながら、

心の中では“あの方”を愛したままなのだから………』




(お父様は、お母様の事は、どうでも良いの?)



信じられなかった。

否。信じたくはなかった。

だが大人の立ち話は時を噂を膨張させながら、事実を話している事が多い。



使用人の話によると

学生時代に父親は、深く愛した人が居たらしい。

父親は恋い焦がれていたようで結婚まで考えていた様だが、



千歳家は資産家の財閥であり、

官僚・大臣、代議員を務めてきた家系故に

自由に恋愛結婚が認められる筈もなかった。


美岬の母親は

同じく財閥の娘であり千歳家と交流が深かった同盟を結んだ、都心では有名なホテル最高峰の令嬢だった。

持ち上がった政略結婚の縁談は、大人の事情により結ばれた。


両家が定め、周りが定めた縁談に逆らえる筈がない。

父親は周りが望んだ通りに縁談話に納まり、その人を婚姻した。



その噂同然の事実話を聞いてから、

美岬は内心、美岬は両親を観察する様になっていた。

二人の距離、話し方、浮かべる表情。



美岬が両親と共に顔を合わせるのは、食事の際だけだ。

普通に食事をしながら、美岬は両親を見詰める。



広い部屋に流れるのは、重い沈黙。

無表情に黙々と目の前に置かれた食事を貪るだけ。

美岬を介しての話題が無ければ、会話なんぞは消えてしまう。


美岬は内心に抱いた感情は隠したが、

食卓に佇む重い沈黙に、押し潰されてしまいそうだった。

そして悟ったのだ。



本格的に見詰めていたら、矛盾だらけだったのだと。

マスコミに取り上げられ、スクープ写真に写る二人の表情と、今、目の前にいる夫妻は明らかに違う。


仲睦まじく映る表舞台とは反対に、裏舞台での現実(いま)

まるで、エキストラに呼ばれた俳優と女優が演じる

ドラマのワンシーンの様だった。

否。俳優と女優の方がまだ仲睦まじく映るだろう。



(………あの話は、本当だったのね)


仲睦まじく、微笑ましく

娘を見守ってくれていた両親は何処に行ってしまったのだろう。

両親は理想の夫婦だと思っていた自分の理想は何処に行ってしまったのか。

全ては偽りだった。



目の前にいるのは、周りを欺いている仮面夫婦。

もう自分自身が信じ憧れていた両親はいない。

その温度差を感じたその瞬間、美岬は一人、

孤独に取り残された感覚がして、目眩がした。




「里奈ちゃん?」



名前を呼ばれた瞬間、美岬は我に返った。

『里奈』は美岬が述べた偽りの名前だ。



愛情に渇望している美岬が、愛情を求める姿の名前だった。

相手が変わる度に名前と姿は変えている。今日の美岬は、『里奈』だった。

美岬は我に返り、酔い醒ましにワインを口にした後、微笑する。


高層階に店を構えた、三ツ星高級レストラン。

モノトーンの開放的な店内、今、座っている窓際の席。



今日の相手は、確か三十代の実業家だったか。

経済界では名が知られつつあり、姿は見た記憶がある。

そんな相手が恋愛サイトに乗っているのが意外だったけれど。



安心感のある温もりを与えてくれるのなら、誰だっていい。

一時でも自分自身に付き合い、愛してくれるのなら。

人は選ばない。


(あたしだって、あの人達と変わらない)


自身を偽り、周りを欺く。

冷酷だろう。美岬でも、自身の滑稽さに驚いていた。

けれど周りに人は居ても、心は孤独に包まれている。


もう信じていた両親はいない。

記憶にある温かな両親は

自分自身が勝手に憧れ信じていた理想郷の虚像だ。

美岬の心の中には、そんな両親の存在は崩れ去っている。

もう現実には、冷たい仮面を被った夫妻しかいない。


ウィンドウガラスからは、都心の夜景が一望出来た。

この為に用意したドレスにメイク。

着飾った彼女は、華やかで美しかった。


しかし

その硝子鏡に写ったのは、孤独な女性の姿だった。



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