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傷付いた鳥籠が壊れるまで  作者: 天崎 栞
【小鳥の平穏】
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episode98・怨念と血縁 (Ren Side)

廉サイド、杏子も少し登場致します。




白い部屋の隅に塞ぎ込みながら、

抱いてしまった疑念は安易には拭えない。


________もし、水瀬颯真の息子ではなかったら?



夫を平然と裏切る様な女だ。

それを偽装して、

元恋人である子供であっても夫の子供として

成り立たせるのは容易い事だろう。





(ならば、水瀬家は全員、被害者だ)


父親とされた颯真、両親を喪い、

母親同然に育て上げてくれた杏子。

別け隔てなく接してくれる従妹の和歌。



よくよく考えてみれば、

メディアスクラムが過熱した時期とはいえ

振り返ってみれば

颯真が豹変したのは、心身の疲弊ではなかった様に思う。

自身に虐待行為をする時の鬼気迫る

表情はまるで誰かに憎しみをぶつける様な狂気で尋常ではなかった。


(もし、僕は、水瀬家の人達とは無関係だったら?)


颯真は、最初から知っていたのか。

それとも後追いの様に、息子が偽者である事も知ってしまったのか。


今までは、生きる事に必死で、

目にもくれなかったけれども、

過去の節々を思い返せば、疑問符が多々浮かんでしまう。

そして納得しかける。


別れ話が出たから、殺めた?

恋は盲目と言うけれど、本当にそれだけだろうか。

そもそも二人はいつから不倫関係にあったのか。

不倫の中には誰にも知られてならぬ秘密がある。

二人のその間に、誰にも知られてはいけない秘密があった筈だ。




幼さが邪魔をして、大人は何も教えてくれなかった。

知ろうと思えば知れたのに、現実が忙しいからと甘えて自ら知ろうともしなかった。


少しもどかしく感じた。自由に動けない。

マスメディアに追われている身として

何をする事も現在(いま)は何も出来ない。











慎ましやかなノックの音。


珈琲を淹れたわ、と呟くと了解して

リビングルームへ向かうと珈琲の香りが鼻に付く。

微妙に変化をした母娘の関係、和歌はいない。




「お母さん」

「………何かしら」


「………僕と父さんを

父子DNA鑑定をして下さいませんか」


温厚な杏子が、

驚異でも見たかの様に、素早く後ろへ振り向いた。

後ろにはリビングテーブルに静かに座っている、廉の姿しかない。

彼の表情は曇る様に影を落としている。

チャコールグレーのパーカーが、青年の影や青白い顔色を色濃くしていた。

寧ろ、入院時よりもげっそりと(やつ)れてしまっている様に見えた。


「どうしたの、いきなり……」

「お借りていた入院費もきちんとお返し致します。

考えてみれば僕はずっと

お母さんに甘えてばかりでした。


………DNA鑑定の費用も此方で負担しますので」

「………そもそもDNA鑑定なんて、どうして」

「………僕は、貴女のお兄さんの子供ではないかもしれない、からです」


「…………?」


杏子は、固まった。



刹那的に

ぎらりとした瞳に杏子の背筋を凍らせた。

廉は深く俯いたまま、淡々と話を始める。




「…………僕は、両親の事を知らないです。

知りたくもない。


けど、


おかしいとは思いませんか。

何か裏があると思いませんか。



本当にただの不倫関係ならば、終わっていた筈です。

でも殺めるまでに至った裏には、何かがあると思うんです。


母が消えた途端に、

父の対応も、接する言葉も変わりました。


…………可笑しいでしょう。

事件後の川嶋のやりとりも、僕自身も」




こんな事を言う筈じゃなかった。

けれども、もし自身が水瀬家と無関係ならば、

今まで目をかけ面倒を見てくれた杏子と和歌に申し訳なくて仕方がない。


(だとしたら、俺は、詐欺師も同然だ)


舞子の発端とは言え、ずっと騙して来たのだから。

無自覚ならば、もっと罪深い。



俯きながら神妙な面持ちで話す廉に、

何かを考える様に軽く目を游がせた後でゆっくりと告げる。



「…………そう。そこまで思い詰めていたのね。

でもね。お言葉だけど、颯真兄さんに、廉君そっくりよ?」


優しい父親像。

現在(いま)の父親は、

残酷な現実を忘れ健気に妻の帰りを待つ哀れな男。




嗚呼、恩人の言葉を素直に受け取れない。

負の連鎖の繋がりをほどいて壊すのならば

早い方がいいに決まっている。


それが、大切な人なら尚更。


(厚顔無恥な人間は、俺だけじゃなかったよ)





“違う” そんな簡単な二文字が言えなかった。



「水瀬とは、無関係なんだから」



杏子が廉と養子縁組をしたいと申し出た時に

川嶋家から言われた言葉。


何度、脚を運んでも、

向こうは絶対に首を縦に振らなかった。

それに有名な地主ならば跡継ぎに(こだわ)る筈だ。



なのに

時が経つと川嶋家はあっさりと廉をこの世から棄てた。

その経緯も怪しいとすら感じてしまう。


きっと、娘が犯罪者だから。

孫が犯罪者の息子だから、という意味なのだろうと思い込んでいた。


『あの子は、早く棄てた方がいい』


失踪宣言を下した帰り際、杏子はそう言われた。

あれは孫に対して言える言葉だろうか。

あの当主は本気で、川嶋廉という人物を消したそうだった。


廉は賢い子だ。

軽い冗談なんて、絶対に口にしない。

何故、そんな風に至ったのか。



千歳家が和歌を誘拐し、傷付け棄てた事実を

まだ上手く飲み込めず、整理できずにいる。

娘を見るのが辛い。


会話も減ってしまった。

そんな中で今度は廉が抱いた父子関係の疑惑。


(皆、望まぬ血縁の呪縛に囚われている)


血縁に、傷付けられ

血縁に、束縛されて、

血縁に、要らぬ頭を悩ませ、苦しめられる。




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