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~そのに~あぶないひとたちのなかでも、とくにあぶないひと

そして学少年は、闇の結社の下僕もとい、お手伝いさんとして働くことになったのだった。

約一ヶ月近く経ち、だいぶ仕事にも環境にも慣れてきた。ヴィンセント達自称四天王のことも、『変人達のシェアハウス』だと割り切れば、そんなに気にならなくなってきた。おかげでヴィンセントの余計な一言にもムカつかなくなり、マリアローズの部屋から聞こえてくる爆発音にも驚かなくなったし、金太郎の罵詈雑言にも耐性がついてきた。正直、慣れつつあることに若干の恐怖はある。

だが、そう思いながらもう早12月25日。


「初給料明細書をくれてやろう!そこに直るが良い!」


そう、給料日だ。アルバイトをするにあたって、ウィリアムが規約書や労働基準のなんとかを説明してくれたとき、給料日は月末だと説明されていたのだが、年末ということもあって、今月は早めに支給されるらしい。そして、ついでに、明日からは4連休である。早く支給されるのはとてもありがたいことなのだが、今月は働いた時間も少なく、支給額にはあまり期待していない。


「ありがとうございます。ヴィンセントさん。」

「うむ。ご苦労であったな。中を確認することを許可しよう。」

「えっ、大丈夫ですよ。ウィリアムさんが作ってくださった明細ですよね?なら間違いないでしょうし…」

「許可をすると言っているだろう。給料についての意見は、今この場でしか受け付けぬぞ」


リビングの食卓で、正面に座るヴィンセントが腕組している。学は、「じゃあ、」と、ゆっくり封筒の封を切った。

たしかに気にならなかったわけではない。どうせこの後バイトが終わったら、すぐに見るつもりでいたのだ。ただなんとなく、雇用主の目の前で中身を確認して、万が一不可抗力で変な反応になってしまわないか、それが気になっただけだった。

二つ折りにされた紙を引き出して、薄いそれを開く。薄水色の背景に、黒字であちこちに数字が書かれていた。そこで学は首をかしげた。


「あ、あれ?桁が…いち、じゅう、ひゃく、せん…んん?あれ…?」

「どうした、不満か」


学が目の前で明細書を見ながら指を折り数えているのに、ヴィンセントが尋ねた。


「これ…、俺の給与明細なんでしょうか?」

「給与明細に不知火しらぬい まなぶと書いてあるだろう。貴様、自分の名も読めぬのか」

「読めますよ!もしかしたら名前間違いなんじゃないかって思ったんです!…だって12万円って…週5日しか働いてないのに」


まあ、一桁減ってもゾッとするが、さらにその一桁が増えているとなると、嬉しい以前に、まず間違いを疑ってしまう。

たしかにここは仕事ぶりでプラスアルファが支給されると説明されていたが、それにしても多すぎるのではないだろうか。


「何か問題でもあるか?たしかウィリアムが、扶養控除がどうと言っていた気がするが」

「それは大丈夫なんですが、どうしてこんなに多いのかわからなくて…。」

「大人しくもらっておけば良いものを…、愚かな奴だな貴様は」


戦慄く学の両手から給与明細を剥ぎ取ると、ヴィンセントは内ポケットから高そうなペンを取り出して、いくつか計算式を並べ始めた。


「貴様は今月の3日から下僕として働き始めたな?週平日3日で9時間、土日は一日7時間の休憩1時間、計12時間か、平日と合わせると1週間で21時間だ。それで今日が…」


カレンダーと照らし合わせながら二人で計算すると、支給額は61,410円と答えが出てきたのだった。

税金を差し引いたりしても、多少前後するだろうが、学がもともと考えていた金額と同じだった。


「半分も違いますよ。やっぱり間違いじゃないですか?」

「ふむ、たしかに多いな。今月の貴様の技能給は来月に支給されるとウィリアムから聞いていたのだが」

「ちなみにもう口座に振り込まれているんでしょうか?」

「そのはずだ」

「じゃあ差額をお返ししますので、詳しい金額を…」

「まあそう急ぐな下僕よ」


ヴィンセントは机の背にかけられていたマントを掴み立ち上がると、机の上に転がしていたペンを懐にしまった。


「我が組織の経理担当ウィリアムに直接聞けばすべて解決する。我は詳しくは知らんからな」

「えっ、雇用主なのに」

「何か言ったか?」


別に、と言いながら目をそらす。まあ、ヴィンセントが経理をしているようなところは見たことないので、ウィリアムに話を聞いたほうが早いと言うことは学もわかってはいたのだが。

じゃあ、ウィリアムの部屋に行かなくては…と、少し重たい食卓の椅子を引きずらないように立ち上がると、その瞬間、ヴィンセントの右手が立ち上がりかけた学の頬を力強くはさんだ。

学は、悪態をついたことに怒られると身構えたのだが、ヴィンセントの表情は怒りのそれではなく、険しさを映していた。


「いいか、良く聞くがいい下僕よ。これより向かうは四天王が一人、暴虐のウィリアムの部屋ぞ」

「ぼ、ぼうぎゃく…?」

「私は確かに貴様の雇用主ではあるが、暴虐の四天王の部屋に入るとあってはかばってやることはできぬ。」

「え?かばうって…」


顔を片手でぷにっと挟まれたままではあるが、ヴィンセントが真剣な顔をするので、学もできるだけ真剣に話を聞いた。


「今、奴は眠っている。我が四天王が組織の活動費用のため、奴は毎晩のように馬鹿な女共から毎夜金を騙し取るあくどい商売をしているのだ」

「騙し取るって…?!それ、犯罪なんじゃ…」

「黙れ、これも世界征服の大切な活動資金のためだ。貴様、このことを他言しようと思うなよ?もし約束を破れば貴様の命はないものと思え」

「そんな…」


唯一のここの住人でまともそうだったウィリアムが、まさか犯罪行為をしているなんて、と学はショックを隠せずにいた。

ここの住人は、世界征服だなんだと言ってはいるが、ヴィンセントは毎日草花をいじっているし、マリアローズは部屋にこもって何かを作っているようだし、金太郎は自撮りにあけくれ、金太郎グッズを作ってはネットで売りさばいているようで、特に四天王らしいことはなにもしていないように思う。

かかわらなければ何も害はないものだと思っていたのだが、まさかこの家の中で、学にとっての唯一話が通じる人間がいの一番に警察に捕まるようなことをしていたなんて誰が思うだろうか。


「で、でも、部屋に行くのが危ないのって、それと何の関係が…?」

「うむ。それはな…」


ヴィンセントはゆっくりと学から手を放した。


「奴は超低血圧なのだ。」

「低血圧?」

「ああ。奴の寝起きの機嫌の悪さと言ったら……」

「言ったら?」

「…………いや、やめておこうこの話は。」

「ええ!?ヴィンセントさんが言い始めたことじゃないですか!」


それだけ言い残すと、部屋から出て行こうとするヴィンセント。それを追いかけて廊下でヴィンセントを引き止めようと、学は無駄に靡いているヴィンセントのマントを引っ張った。


「どどどどうして逃げるんですか!」

「ええい離せ!我はウィリアムの部屋には行かぬぞ!あんなところ命がいくらあっても足りぬわ!」

「ええ…そんな!雇用主ですよね?!明日から僕忙しくて来れないんですよ!今日お金下ろして来ますからウィリアムさんとすぐに話を!

「やめろ!そんなに大きな声を出すとウィリアムが起き―――」


と言いながら、二人で廊下に響き渡るような声量で押し問答をしていると、リビングから一番遠い扉が、不気味な軋みを響かせて開いた。

心なしか冷気も感じるそこは、そう、ウィリアムの部屋だった。



からあげが食べたい

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