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~そのいち~ひとつきまえのこと

 つい1ヶ月のこと、不知火学しらぬい まなぶはアルバイトの求人を求めて地元の商店街、カラクリ商店街の端から端を行ったりきたりしていた。。

家ではお腹を空かせた妹と、今病気で伏せった母がいる。

クビになってしまったファミリーレストランのアルバイトの給料も、月初めの出費が重なり、11月だというのに、財布の中はすっかり冬寒くなっていた。

 こうしてはいられない。また次のバイトを探さないと。と、心を急かしながら訪れるは地元の商店街。

ちらほらと八百屋肉屋魚屋パン屋など、まるで昭和を見ているような店ばかりで、とても忙しそうにしている店もなかった。

 この商店街は、商店会の活動もあって、ちらほらと今風の店もあるのだが、実はもうすでにそこでのアルバイトは経験済みである。

変な表現だが、その言葉の通り、アルバイトをしたことがある店ばかりなのだ。そして「もう来なくていい」と言われたことのある店でもある。

カラクリ商店街の十字路の掲示板を見ながら、2,3日前から新しい求人がないことに落胆し肩を落としていた。


「やっぱり1時間くらい歩いて隣町のデパートとかに行くべきかなあ…バイトにいくだけで片道一時間か…はあ。」


 十字路から西に歩き、試しに隣町の方へ向かおうとしたとき、すぐ隣に居たのであろう人物にぶつかってしまい、学は咄嗟に謝罪の言葉を並べた。


「すみませんすみません!あの、大丈夫ですか?お怪我は……?」


その人物に打ち付けた鼻を押さえていると、目の前に一枚のチラシを差し出された。

無言でそれを差し出す相手の顔を見る間も無く、学はそれを受け取ってその内容を見た。

その紙にはでかでかとこう書かれている、『急募、下僕』と。

そして、そのふざけた募集用紙を差し出してきた男は、学を見下ろしながら口を開いた。


「貴様、素質があるようだな。我が下僕に相応しいその腰の低さ。そのいかにも幸薄そうな佇まい。

 金も無ければ恋人の一人も居ないそんな地味で幸薄そうな貴様に、素敵な自分探しのチャンスをくれてやろう。」

「は、はあ」

「さあ、我が下僕になるがよい」


新手のカツアゲだろうか。このまま適当な事を言いながら裏路地にでも引き込まれてボッコボコにされるだろうか。にしてもこの伯爵風の服はどこで売っていたのだろうか、恥ずかしくないのだろうか。

学は、見上げた瞬間に色々考えていた。その華美な風体の男の脇を「あ、急いでるんで、すみませんでした」と、通り過ぎようとしたその時、肩を掴まれ、渡されたチラシを取り上げられ、もう一度目の前へとそれを突きだされた。


「まあよく読むがよい。悪い話ではなかろう。

 貴様、先ほどからバイトの求人探しながら歩いておったところから察するに、金が要り用なのだろう。

 我が下僕として働くならば基本時給890円と、技能に合わせて賃金をくれてやる。

 それほど難しい仕事内容ではない。我が下僕…いや、四天王である我等の下僕として、

 平日5時、…ふむ、今丁度5時であるな。今から夜8時まで労働を提供するのみなのだ。

 この不景気、貴様のように地味でパっとしない男を雇うような心優しき魔王はここにしかおるまいて」

「あの、ボクは別に魔王の下僕として雇ってほしくて求人探していたわけではないので…。できれば下僕以外で探しているので…。

 他を当たります。お声を掛けて頂いてありがとうございました。それからぶつかっちゃってすみませんでした。

 それでは、失礼しま―――」

「待て待て待て!貴様!話だけ聞いておいて、のこのこと立ち去るつもりか?!そうはさせんぞ!」

「え、ちょっと!」


その男は、学の襟首を掴み、夕日の射す方へとぐんぐん歩いていった。あ、やっぱりカツアゲだ!と確信した。

 道半ばで商店街の小さな交番を見つけ、学はふと「おまわりさん!助けてくださいカツアゲです!」と叫んだのだが、中で書きものをしていた警官は、ふっと顔をあげて、こちらに手を振ってニコニコとしていた。どういうことなのだ。本気で助けてほしいのに。

そして魔王風の男は学の学生服の襟首を掴みながら、無表情で同じく警官に手を振っていた。どういう状況かと混乱しながら、交番と店の間に引きずりこまれていった。

 もしこの人が本当に怖い人で、いつの間にか強制的に聞かされていた機密事項を守るために、自分をタダで返すわけにはいかず、あれやこれやをして口封じをこれからするのならば、警察とずぶずぶなのも納得できる。

商店街の光が遠のいて行く中で、学の額には汗の粒が浮かんでいた。


「あ、あのお!」


学は緊張のあまり、声を裏返しながら自分を暗がりへと引き込んでいく人物に声をかけた。


「何だ。大きな声を出すな。愚民共に気取られる。」


暗い中でその人物の表情伺えない。

だが重々しい声を返してきたところを聞くに、機嫌があまり良いとは言えないだろう。


「あ、あの!…ボク、お金はあまり持っていなくて!」

「貴様、まさかこの我をカツアゲか何かかと勘違いしておるのか?笑わせるな。

 くだらないことで我が城の場所が愚民共やご近所さんに知れ渡るところだっただろうが、戯けが。

 貴様の話は中でたっぷりと聞いてやる。…それと、貴様に金が無い事など、その膝についたアップリケで秒で分かったわ間抜。」


 やがでその人物は裏路地の行き止まりで立ち止まり、学を離すと懐から鍵を取り出して鍵穴へとそれを刺し込んだ。

今なら逃げられる。しかしこの一方通行で逃げ切ることができるのだろうか。もしかするとあのずぶずぶ警官が外で見張っているかもしれない。

県内偏差値下から二番目の公立高校二年生だとは思えないほど、頭が回転する。考えれば考えるほど学は腰を上げることができずにいた。

逃げるか否かの葛藤の中で、扉が開く音が聞こえ、その人物は学に冷たく「入れ」と吐き捨てた。

言われるがまま、おそるおそる中に入り、すぐに見えた地下へと通じる階段を下へと降りて行くと、

もうひとつの扉に差し掛かり、それを開けろと命令された。


「我がアジトだ。どうだ庶民よ。限られたものしか入ることを許されぬ空間だぞ?

 足が震えているようだが、それほどまでに嬉しいか。これだから庶民というものは」

「いえあの…、…俺、このあとどうな」

「まだそのようなことを言うか貴様!いいからとっとと開けろ!」

「ひい!ごめんなさい!」


物凄い威圧感に縮こまりながら、勢いに任せて学はドアノブをひねった。

こんな地下だ。どんな薄暗く湿っぽい場所なのだろう…と尾思ったが、まず見えたのは豪華な大理石の玄関だった。靴を脱ぐスペースだけで五畳半くらいある。玄関は洋風だが、靴を脱いで入るらしく、客人用のスリッパまでしっかり用意されていた。玄関に飾られている花はどこの名人の作品だろうか。


「綺麗なお花ですね…」

「我が生けた。」

「は?」


聞き違いだろうか。いや、聞き間違えだろう。今はそんなことを一々気にしていられるほどの余裕はない。

魔王風の男は、玄関にぶら下げられている豪華なシャンデリアの下、赤毛と白いマントを揺らしながら、玄関で靴を脱ぎ、スリッパへと履きかえていた。

学は、もう今さらどうなってもいいやという気になってきて、魔王に続いてスリッパに履き替え、そのあとをついていった。


 途中にもいくつか扉を見つけたが、魔王は廊下を行った一番奥の扉を開き、学を迎え入れた。

玄関は大理石だったが、リビングは欧風の白いフローリングだった。もう頭が忙しい。

テレビがあって、ソファがあって、食卓テーブルがあって、奥には廊下に面した扉の左には対面型キッチン。

理想的なリビングダイニンクだなあと思いながら、学はこの状況に少しずつ余裕を覚えてきていた。

魔王はマントをはずし、ソファの背へとそれを掛けると、すぐに食卓テーブルの椅子へと座り、

何故か顔の横で二回てを打ち鳴らした。

その様子をぼうっと見つめていると、自称魔王は不機嫌そうな顔をしてもう一度同じ動きを繰り返した。


「…貴様、何をしておるのだ」


魔王が口を開くと、今日一番の不機嫌な声を出していた。

誰が見ても何かに怒っているとわかる顔をした。

学は何に怒っているのかわからず首を傾げ、本日二回目の、は?を返した。


「茶を淹れぬか馬鹿者め。採用試験は始っておるのだぞ?」

「え…ボク受けるとは一言も――」

「いいから早くせぬか。我は下僕募集のためのビラ配りで消耗しておるのだ。

 一刻も早く紅茶を飲みたい。早くしろ。」

「は、はあ…」


突然始まってしまった、受けるとも言っていない採用試験。

魔王の座る食卓の側を通り、キッチンへと向かうと、学は色々な棚を開けて、ポットと茶葉とティーセットを探し当てた。

綺麗に整頓され、紅茶の茶葉の分量は容器に書いてあったおかげで、試験はお手の物であった。

角砂糖を皿に添えて、紅茶を自称魔王の前へと差し出すと、うむ。と一言呟いて

魔王は紅茶を啜った。


「ふむ…。まあ第三の四天王の淹れる紅茶には適わぬが、まあまあの出来であるな。

 貴様他に何が出来る?特技は何だ。一応趣味も教えろ」


やっと面接らしい質問が来て、安堵を覚えたのは何故だろう。やるとは一言も言っていないのに。

この人物と初めてまともな会話ができたからなのだろうか。


「特技かどうかは分かりませんが…一応家事全般は。

 それから、学校が商業科の学校なので、簿記の検定なんかも勉強中で…、あ、これと言って趣味はありません。」

「ふむ。眼鏡で地味で貧乏な貴様には相応だな。

 …しかしますます気に入った。貴様が家政婦のようなマネごとが出来るとなると、第三の男も世界征服に向けての活動もしやすくなるだろう。」

「第三…?」

「今我がこの城の家事全般を担っている者だ。どれ、挨拶させてやろう。」


食卓テーブルに魔王が手をかざすと、テーブルの表面に隠されていた蓋が開き、

ボタンが現れて、魔王は何の躊躇もなくそれを押した。すると、学校でよく耳にする、ピンポンパンポーンの、呼び出し音が部屋中に響き、そしてその後に、女性とヴィンセントの声の録音音声がながれた。


『…………………あ、もうマイク入ってるよ~録音してるよ~』

『うむ。…四天王第三番、ウィリアム!至急四天王会議室まで来るのだ!』

『……は~いおっけ~よ~、とれたよ~』

『いや、もう一回取り直したい。もう少し緊急性をだな』


なんともがちゃがちゃした呼び出し音が再生されたかと思えば、ガチャンという音でそれが途絶えた。

なんなんだろうか、あれは、もしかしてこれだけの為にこんな装置を作ったのだろうか。

だとしたらなんという無駄だ。携帯でいいではないか、と心の中で攻め立てていると、四天王会議室、もといリビングの扉が開き、突然眩いくらいの美形が姿を現した。


「呼びましたか、ヴィンセント。」

「うむ。今日は早かったなウィリアム。」

「ええ、ちょうど起きたところでしたが、」


今、この自称魔王初めて名前を聞いたが、やはり外見に合わせて名前は洋名なのか。

にしてもこの第三の四天王と呼ばれていたのであろうウィリアムという男、自称魔王のヴィンセントに比べて実にシンプルな服装である。

白いワイシャツに、暗めの色のジーンズ。だが、首から上が金髪と碧眼ということもあって、そのシンプルさが彼の眩さを引き立てていた。

物腰もさわやかでマスクも甘い。第一印象はヴィンセントよりはるかにマシだった。


「おや。またアルバイトの子をむりやり誘拐してきたんですか?

 困りますよ。また通報でもされたらもみ消すの大変じゃないですか」


もみ消す?聞き間違えかな?


「そこは貴様の役割だったはずだウィリアム。面倒ごとの処理は貴様の担当だろう。」

「俺だって家事で忙しいんですから。…でも、なんだか今回は様子が違いますね?

 しっかり貴方に紅茶も淹れられたみたいですし。」

「うむ。こやつはなかなか下僕としての見込みがあるぞ。

 貴様の仕事も半減し、世界征服への仕事にも最善を尽くせるな!」

「あはは。善処します。でも彼はまだよくわかっていないようですよ?大丈夫なんですかヴィンセント。ちゃんと説明しました?」

「何。金さえ出せば馬車馬のように働くに違いない。」


とても失礼なことを言われているはずなのだが、こんな変な男に言われてもちっとも悔しいと思わない。

ヴィンセントはそんな学を鼻で笑いながら、カップに残った紅茶を全部飲み干した。


「貴様、そういえば名をまだ聞いていなかったな。

 今知ったところだと思うが、我はヴィンセント。第一の四天王…つまりこのアジトの最高責任者、指揮官、リーダーである!

 そしてこっちの金髪がウィリアム。第三の四天王だ。」

「は、はあ。」

「はあではないわ。貴様も名乗れ。無礼だろう!」

「あ、はい、すみません。ボクは―――」


と、名乗ろうとしたその時だった。

ドォォォォオンと爆発音が響き、食卓テーブルが僅かに揺れて、リビングの扉が開けられる。

そしてその開けられた扉からは、煤まみれになった丸眼鏡の少女と、煙が入ってきた。

またかと漏らしたウィリアムは足早にキッチンへと向かい、換気扇を回し始めた。


「おい、第二の四天王マリアローズ。あれほどアジトの中で爆発を起こすなと言ったであろう」

「ひ~え~。ごめんなさいよ~。マリアもびっくりの爆発だったよ~ゲッホゲッホ」


せき込みながら、真っ黒なローブをパンパンと払う少女。

煤まみれの眼鏡をはずしてそれを拭いているが、前髪とフードのおかげで顔を窺えない。

真っ黒になった顔を、ウィリアムに差し出されたぬれタオルでごしごしと拭いて、

牛乳瓶の底のような厚さ眼鏡を掛けると、前髪をかきわけて、ずいと学に近づいた。


「ヴィン~新しいモルモットか~これ~モルトットか~?」

「も、モルモット?!」

「いやマリアローズ。こやつは新しくこの城でこき使う予定の下僕だ。モルモットではない」

「あ、そ~なんだ~よろしく~よろしく~」


煤まみれの手で学の手を握り、ぶんぶんと振ると、マリアローズはヴィンセントの座る食卓の椅子に座り、

置かれていたケトルから紅茶をカップに注いでいた。


「分かったと思うがこやつが第二の四天王である。」

「あ…はい。あの、ここはお聞きした方がいいと思うのですが、ちなみに、第四の…?」

「そこに居る」


ピンと伸ばされた指で指した先、こちらに背を向けていたソファで、僅かに揺れるリボン。

可愛らしい青いリボンは華美に装飾されており、ゆっくりと近づくとそこには金髪の少女?が居た。

その膝にはパソコンが乗せられており、パチパチと慣れた手つきで操作をしていた。

学が後ろからのぞているのに気付くと、その少女?は疎ましそうにこちらをにらんでパソコンを閉じ、ソファから飛び降りるとこちらに向き直ってきた


「何。」

「え…っと、すみません。あの…」


まるで不思議の国から抜け出してきたアリスのように愛らしい服装。

これはどこかで見たことがある。確か、ロリータファッションとでも言っただろうか。

少女?は相変わらずこちらを睨んだままなので、助けを求めるようにウィリアムに視線を送ると、ウィリアムはヴィンセントにそれを流した。


「第四の四天王。金太郎である」

「き、金太郎、ちゃん…?」

「趣味はネットサーフィンとコスプレだ。」

「こんな小さな女の子が…」


学が女の子と口にした瞬間、ヴィンセントはクククと不気味に笑って首を横に振った。


「金太郎は一見少女のようであるが、生物学上は男だ。女はこの城でマリアローズしかおらぬ。

 名前を聞けばわかるであろう?和名で一番男らしい名前をつけてやったのだ。

 金太郎。うむ。男らしく堂々たる名だ。」

「貴方が付けたんですか…?!……ヴィンセント、マリアローズ、ウィリアムときて、なんで金太郎?!」

「何か問題でもあるか?」


突然の変化球に対処しきれず、また頭が混乱しかける。しかし、金太郎はどうなのだろう。

学は気まずい空気のなか、金太郎に握手を求めて、苦い笑顔を作った。


「あの、ボク、不知火学です。よろしく―――」

「触んな。きもい。」

「えっ」

「ぼくの機嫌取りなんてしなくていいから、ちょっと静かにしてくれない?下僕でもモルモットでもいいからさ、早く済ませて静かにしてよ。目障り耳触りだよまったく。」


可愛い見かけによらずとてつもない毒舌の乱れ撃ちをくりだす。

学は大人しく手を引っ込めた。何を言われたのか理解できず、きょとんとしてしまった。

そんな学のことは、もう眼中にないのか、金太郎はまたソファに座ってノートパソコンを開いて作業を続けていた。


「よく分かっただろうが金太郎は少々口が、な。

 上司である我にも口のきき方がなっていない。だが幼さゆえのものだと割り切ってしまえば、かわいいものよ」


はははと笑うヴィンセントの隣で学は思った。ああ、きっとこの人たちと一緒に居るせいだ。金太郎君の将来が心配だ。

学には妹が一人いるが、こういう育ち方にならないようにしっかりと守り、支えていかなければならないと心から誓った。


「さて、本題なのですが」


ウィリアムが学の肩に手を置き、椅子へと促すと、学はヴィンセントの前の席に座らされ、ウィリアムも続けてその隣に座った。


「どうでしょう?ここまでヴィンセントが無理やり連れてきて、なんの説明もなく勝手に進めてきたようですが、

 簡単に説明しますと、家事の手伝いさんを募集しているんです」

「お手伝いさん、ですか?」

「はい。何かと不器用揃いの施設…いや、四天王のアジトでしてね。俺も夜は居ないし、昼間は普段寝ているので、お手伝いさんを雇おうという話になったんです」

「下僕だウィリアム。」

「はい。下僕さんですね。で、そのお手伝いさん引きうけて下さいませんか?という。」


ヴィンセントが横から飛ばした言葉を軽く受け流しながら、特に訂正する事もなく、学に良い笑顔を贈るウィリアム。

はじめてされた、まともな説明でやっと仕事内容が理解できた。


「…お手伝いさん、か…」


先ほど紅茶を入れさせられたということは、やはりそういう仕事なのだろうかと思っていたが。

だとすれば得意…いや唯一の取り柄を生かせるアルバイトかもしれない。

学は俯かせていた顔をぱっとあげた。だが、ヴィンセントが眼に入ると一度渋い顔をしたが、思い切って口を開いた。


「や、やります。」


いや、もうなりふり構っていられないのだ。ここしかないかもしれない。やけくそだ。


自分は何をするにも平凡で、家事以外はほとんどできないかもしれないけれど、ここの仕事はいつもの平凡な自分のままでいられそうな気がする。

何故かそんな自信がふつふつとわいてきてて、学はもう一度言った。


「ここで働かせてください」


学がそう言うと、ウィリアムは一度驚いた顔をして、その後、またにっこりと笑った。


「ですって、ヴィンセント。」

「急にやる気になったようだな。最初からそう言っておけばよかったものを…」

「でも~ヴィン~いいの~?高校生だよ~?」

「良い。我がここの最高管理者である。年齢やその環境などどうでもよいのだ。

 …しかし名は尋ねなければならないな。聞き損ねてしまった。よし、名乗れ。今度は何も邪魔は入らぬぞ」

「あ、はい」


そういえば先ほど爆発音でもみ消されてしまったことを思い出し、

学は自分の名を口にした。


「しらぬい まなぶです。不可能の不に、知る、熱い火の火と書いて不知火です。

 まなぶは、そのまま、学校の学を――」


バアン!!


学の名前説明の途中で、突然ヴィンセントは机を両手で力いっぱい叩いていた。

思わず息をのみ、小さく体をこわばらせる。だがウィリアムとマリアローズは慣れているようで、様子を変えなかった。

後ろでパソコンをいじっている金太郎からは、相変わらずキーボードを叩く音しか聞こえない。


「しらぬい、…」

「大丈夫ですよ、学くん。ヴィンセントは名前がカッコいいと感動しているだけですから」


そうだよ~と続けながら、マリアローズがぱちぱちと手を叩く。その隣でヴィンセントが小さく笑った。


「よかろう。ますます気に入った。」

「…?」


たしかに、不知火の姓は珍しく、かっこいいとよく言われるが。

ファミレスなんかの順番待ちで名前を書くと呼ばれるのがちょっと気恥ずかしい。


「よろしい。では早速明日から働いて貰おう。採用だ。だが明日、一応履歴書を持ってくるのだ。顔写真付でな!

 それが出来なければ履歴書だけでもよい。後日、その幸薄そうな顔面で顔写真をとってくるように。」


あ、履歴書はいるのか。悪の結社なのに。

ヴィンセントがまた顔の横で手を叩くと、ウィリアムが腰を上げて近くの棚へと向かい

一枚の履歴書を差し出して最低限記入する場所を鉛筆でかこってくれた。

これを持って明日、またここに連れてこられた時間と同じ5時に来いとのことらしい。

玄関で金太郎以外の自称四天王に見送られ、地上へとつながる階段を、ふらつきながら上った。


明るいところに出ると、自分の手に握られていた履歴書を学生鞄に収め、先ほど手を振ってきた駐在さんがまた手を振ってきたので、思わず軽く会釈をしてしまったのだった。




カレーラーメンが食べたい

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