◆2話)仮題
「うーん……いい朝だな」
目を開ければ、カーテン越しからでも太陽はこの部屋を照らし、空が快晴であることを伺わせる。
本当にいい朝……何だけど、美奈が僕の正面から抱き着いたまま寝ている。
無理矢理離すのも、心なしか可哀相に思えたので、僕は美奈の頭を撫でながらその寝顔を眺める。
しばらくして、
「ん、んむぅ……お兄ちゃん……おはよう……えへぇ」
ぐはあっ!!相澤優に42731のダメージ!!相澤優は力尽きた……
なんて言ってしまいたくなるような、半分閉じたような瞳で目覚める美奈。目をごしごしとこすっているところもポイント高いな。
しばらくこうしてギュッとされていたいけど、そろそろ起きないとね……
「美奈、僕もう起きないと遅刻しちゃうから……離して?」
僕がそう言うと、美奈は少し悲しそうな目をして、
「もうちょっと、お兄ちゃんとぎゅうーっとしてたいよ……」
と言った。
うん、お兄ちゃん、何時までもぎゅうっとしててあげるよ!
え? 学校? 実は今日はないんだ、いや、そんなものはもともとこの世に存在しないんだよ――という訳で、まだ寝ていることに決定した。
「えへへ、お兄ちゃん…」
今なら僕、キュン死にできる!
だが、幸せなときは長く続かないもので……ピンポーンとチャイムが鳴り響く。
「優! 迎えに来たよー! 」
やっぱり。
彼女は水無月沙織。僕と同じ悩みを持っているせいか、何かと仲良くしてもらっている。
「美奈、沙織が迎えに来たからもう行かないと、だから離して?」
「沙織……お兄ちゃん、アイツのところに行くの?」
お願いだから、そんな潤んだ瞳をしないでー!
「美奈、そういう訳じゃないよ。ただ、学校に行くだけだよ」
「お兄ちゃん、アイツのところ行っちゃ駄目! アイツ、お兄ちゃんに何するかわかんないよ!」
突然叫びだす美奈。何を言ってるんだろう……沙織が僕に、危害を加える? そんなわけないと思うけど。まあ、ただのやきもちかな……
「大丈夫だよ。じゃあ、美奈も一緒に行こうか」
「う……うん。それならいい」
そうと決まったらすぐに準備だね! 僕は美奈をさっと抱き上げ、美奈を掲げながら速攻で準備を終わらせた……
美奈の着替え……は、いつも着替えさせてあげてるから問題ない。……別に、変な意味ではないよ。
それからすぐに外に出ると、少女が立っていた。すっと伸びた背や整った顔立ちは、見るものを魅了し、10人通れば10人が振り向くだろう……
「沙織ごめん!」
僕はそんな美しい少女に声をかけた。
「あっ、優やっと来……美奈ちゃんもいるんだ……」
「こんにちは……水無月さん……」
…………
二人の間にわずかな沈黙が流れる。ええっと、どうして二人は仲が悪いんだろうな……
「あのさ、二人ともとりあえず学校に行こ? 時間もそろそろ危ないしさ」
「うん、そうだね。優行こ」
「お兄ちゃん、行こ」
二人は僕を挟むようにして両隣に駆け寄り歩き出す。
だが、二人は目を合わすことはなく、それぞれが僕に話し掛けてくる。
どうしたら二人とも仲良くしてくれるかな……と思案を巡らせてみる。
「優、今日は数学の小テストだよね?」
ふと、沙織が話し掛けてくる。……ええと、そうだっけ?
「そうなの? 全然知らなかった……」
「ちゃんと先生言ってたよー。ちゃんと聞かないと駄目だよ」
よくある登校風景を演じてみた並木道の下。
しばらく話していると、あっという間に学校の前。美奈は終始俯きながら黙って歩いていた。……後で構ってあげないとな。
それよりも、
「「「相澤様! おはようございます!」」」
「お、おはよう……」
はあ……また面倒なコホンっ、熱心な方々が僕の前に現れる。
べ、別に暇人だなあとか、邪魔だなあとか思ってないからね!
ここ、重要なのでメモしておくように……
おっと、そういえば美奈と沙織はどこだろう。
僕はぐるりと辺りを見回す。すると……
「沙織さん!! お荷物お持ちします!!」
「い、いえ
「遠慮なさらずにお任せ下さい!!」」
ははっ、沙織ドンマイ。
美奈はーっと……「お兄ちゃん、きょろきょろしてどうしたの?」
僕のすぐ隣にいました。熱心な方々は、あちらのほうでハンカチーフを加えている……って古いよ。
まあ恐らく美奈がみっなみなにしてやっ……自重します。
まあ、正直そんなことはどうでもいいんだよね。
「遅刻しちゃうから、もう行こうか、美奈」
――沙織さんには悪いけど、僕には君は救えないのさ――ということにして教室へ向かう。そこ、酷いとか言わないの。
教室へ向かう途中、
「お兄ちゃん、私のこと……見捨てないでね」
突然、そんなことを美奈が口にする。
「もちろん。そんなことしないよ」
むしろ僕のほうが、『お兄ちゃん臭いからこっちこないで』とか言われて、美奈が別の男に………
アッーー!
「お兄ちゃん、何で泣いてるの?」
そう言って、美奈はハンカチで僕の涙を優しくすくう。なんていい妹だ……
「ううん、ちょっと目にゴミが入っただけだよ」
「ホントに? あっ、私はこっちだから、じゃあね、お兄ちゃん!」
「うん、また後で」
返事を聞くなり、ぱたぱたと足をばたつかせ走っていく美奈。後ろ姿もかわいらしく、世の妹属性の者どもは恐らく一瞬でノックアウトだろう……
そんなことを考えながら、僕はドアを開けた。
「…………」
今まで騒がしかった教室は少し静かになる。このクラスでは、僕に話し掛けてくる人は少ない。彼らを除いて……
「ゆーうちゃん!」
「なんだよ孝宏……」
ほらね。早速ちゃん付けで話し掛けてきたのは工藤孝宏。中学校からの腐れ縁って奴で、未だに仲がいい。
「そうそう聞いて、昨日から隣のクラスの坂本っていう女の子が行方不明なんだって……」
ひそひそっと孝宏は僕に話す。そう、孝宏は僕の趣味のことを知らない……
「それでさ、普通は事件になるじゃんか。でも、その子のことは警察ですら取り合ってくれないらしいぜ」
そりゃあまあ、裏組織がつるんでるからな……警察も下手に動けないよ。でも、今は知らないふり。
「そうなんだ。 なんか怖いね……」
「安心しろ。優は俺が守ってやる!」
孝宏が大声で叫んだ瞬間、教室中がざわめきだす。ちょっと孝宏! 僕たちにガチホモフラグが乱立してるよ!
「冗談はよしてよ、孝宏……」
「冗談なんかじゃないぞ! 俺は本気だ!」
だから、止めてーー!
「優くんとくうくん……二人ともどうしたの?」
「ん? あっ、咲おはよう」
「おはよう優くん、えへへ」
今僕たちに話し掛けて来たのは山本咲。咲も中学校からの友達で、このクラスで数少ない僕に話し掛けてくるうちの一人。ふわふわとした性格がなんともたまらない……らしい。「二人とも、朝から騒いでどうしたの?」
そう言って首を傾げる咲。少し潤んだ瞳で上目使いをしている。
あっ、僕の後ろの川田君が卒倒した。
とまあ、そんなことはさておき、
「なん
「そうそう聞いてくれよ、俺はこれから優を守らなくてはいけないんだ。何なら、咲も優護衛隊に入るか?」
僕の話を遮らないで……それと、優護衛隊って何なの!
「優くんを私が守るの? 優くんを……はい! 私入る!」
「その意気だ咲副隊長! 優を悪の手から救うぞ!」
「了解であります、隊長!」
僕のことはほっといて、勝手に盛り上がる二人。もう、誰か助けて……
その時、教室のドアが、ひかえめかつ激しく開かれる。
そして、教室の中に美しい少女が足を踏み入れる。その途端、クラス中は静まり返り、ほぼ全員の視線がその少女へと向けられる。……孝宏と咲を除いて。
「もう、置いていくなんて酷いよー! 優ー」
そう言って、女の子は僕の方へ駆け寄ってくる。僕はその女の子に答えて言う。
「ごめんね沙織。僕、人込みは苦手だから……」
「うーん、じゃあ今度デートしてくれたら許してあげる」
別にいいけど、デートとかしたことないしな……遊びに行くにしても、美奈と行くくらいだし……
「別に
「私も行きたい!」
「俺も忘れるなよ」……」
口を挟んでくる孝宏と咲。だから、僕の話を遮らないでってば!
でもまあ、この二人がいれば楽しそうだし、いいかな、なんて考えた僕のこんな提案。
「じゃあ、4人で遊びに行くんじゃ駄目かな……沙織?」
「うん、もちろんいいよ。みんながいれば楽しそうだしね。場所はどうしよっか?」
明るい口調で答えた沙織。だがその笑顔の中に、どこか淋しそうな悔しそうな様子が、僕には見えたような気がした。