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~雨傘~   作者: 美鈴
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第1話 ~魔女がうまれた日~ 8/9

 

 大広間では、ミリアの成人の儀式を執り行っていた。ユミルは一本の黒い傘を掲げ、その先で跪くミリアに軽く当てた。


「…今、あなたの中にいる鬼を打ち払いました。この先どのような悪意や欲望を前にしても、正しい心を持って打ち勝つことが出来るでしょう」


 今当てた傘はレグナムル家に伝わる武器で、お嬢やユミル様の先祖が魔物と戦うとき本当に使われていたらしい。お嬢が以前話してくれた。


「成人、おめでとう。ミリア」


 ユミルは柔らかく微笑んで、傘をミリアから離した。

 ホールの端の方で見ていたジョージはキョウに小声で話しかける。


「……にしても何で傘が武器なんですかねーどう考えても武器じゃないでしょ。雨具じゃないですか」


「知らん、静かにしてろ」


「キョウさんだって不思議に思いません? 剣とかの方がかっこいいですし」


「……まぁ、否定はしないが」


 そんな会話をしていると、ユミルが"うるさい"と言わんばかりにこちらへにっこりと笑った。伝わってきた迫力を感じ、ジョージとキョウは気まずそうに視線を反らす。

 ……だから、傘がぼんやりと光っていることに最初に気付いたのはミリアだった。


「? ……傘が」


 ミリアが傘に手で触れようとした、その時―――


「見つけた」


 妙に通る男の声が天井の方から聞こえ、ジョージはふと見上げる。天井近くを鳥のようなものが一瞬通ったように見えた。


「ミリア!」


「きゃあ!?」


 ミリアとユミルの真上にあったシャンデリアが落下し、けたたましい音と共に床に飛散する。いち早く気付いたユミルがミリアを護るように飛び付いて床に倒れたおかげで怪我は無いようだ。


「アッハハ、やっと見つけたよ! 君が魔女か! それとも君か?」


 ほの暗い青のマント羽織った金髪の男が笑い声を上げ、傘を持つユミルの前に舞い降りる。立ち上がるユミルとミリアを赤目を輝かせて見つめ、凶悪な笑みを浮かべた。


「まぁどっちでもいっか。とりあえず二人とも死んでくれるかな」


 男は右腕に、仮面を付けた黒い鷲を留まらせる。腕をユミルへつき出すと鷲は仮面の隙間の嘴をギラつかせ突進してきた。

 ミリアがその光景に息を飲んだその時―――


「下がりなさい、ミリア」


 いつもより数トーン低い声が聞こえた瞬間、ユミルは鷲に傘を叩きつけていた。叩きつけられた鷲は床をバウンドして動けなくなっていた。


「へぇ~流石魔女様だ。強いねぇお姉さん」


「何の話かしら。身に覚えが無いわ」


「あれ? とぼけちゃうんだ。君たちレグナムル家は魔女の末裔だって噂なんだけど」


 男の言葉に、ミリアは驚いていた。

 ……魔女? 魔女ってあのお伽噺の? 私とお姉様がアイリスの末裔?


「お、お姉……」


「そんなお伽噺を信じるなんて、本当に貴方たち暇ね」


 男の言葉を、ミリアの言いかけた問いを遮る形で答え、ユミルは傘を中段に構え、目を鋭く細めた。


「訳のわからない噂話で盛り上がるのはお仲間だけにしてくれるかしら? ……よくも私の可愛い妹の成人式を台無しにしてくれたわね」


 男は口の端を楽しそうに吊り上げた。


「かっこいいねぇ君。好きになっちゃいそうだよ」


 男が左腕を真横につき出すと、黒い靄が巻き起こり始め、先程の鷹に似た仮面を付けた巨大なゴリラが形成されていった。




 □■□




「お嬢! ユミル様!」


「くそっ、なんだこいつら!」


 ジョージは常備していたダガーナイフを両手に一本づつ逆手に構え、キョウは腰に差していた剣を両手で持って目の前の敵を睨み付けた。

 シャンデリアが落下したと同時に、謎の仮面のモンスターが何体も降ってきてホール内は混乱に陥っていた。パーティーに呼ばれたゲスト達は何人か襲われてしまい、外の警備員達が今必死に避難させている。

 そして今、ジョージとキョウの目の前に3、4体の仮面モンスターが立ち塞がっており、ユミル達の方へ行けずにいた。このモンスター、斬ってダメージは与えているはずなのに消滅も死ぬこともなく、しかも少し時間がたてばあっさり回復しているようだった。一体なら問題ないが数体いてはキリがない。


「……キョウさん! 俺引き付けるんでお嬢達頼みます!」


「それは騎士である僕の役目だ。君がミリア様とユミル様を連れて逃げろ」


「あんたの役目はお嬢の騎士になることでしょ」


「あいにくまだ儀式はしていないようだが」


 互いに応酬を交わしながら襲いかかるモンスターを斬り捨てていく。しかし、やはり何故かすぐに元気に復帰してきた。


「ただの魔物じゃない……このモンスターは一体……」


「ジョージ! キョウ!」


 ユミルが傘を振り回し、モンスターを蹴散らせながらミリアの手を引いてきた。見たところ二人とも怪我はない。


「ミリアをお願い! 一緒に屋敷から逃げて頂戴」


「ユミル様は?」


 ユミルは問いに答えず、ミリアをジョージの方へ突き飛ばして、背後に視線を飛ばす。

 後ろから近づいてきたゴリラのモンスターが拳を振り上げており、ユミルは後ろに飛んで傘でゴリラの足を払い、転んだ隙に頭に傘を突き立てた。


「私は逃げるわけにはいかないわ。屋敷の人たちが避難するまで時間を稼ぐから、あなたはミリアを安全な場所へ」


「で、でもお姉様! 危険ですわ! 死んじゃいます!」


「なら、俺も残ります」


 キョウもユミルの隣に立ち、剣を構え直した。


「ジョージ、やはり君はミリア様を連れて外へ脱出してくれ。ユミル様は俺が必ず護る」


「……わかりました、行きましょうお嬢」


「そんな、でも…ちょっと、ジョージ!」


 ジョージは若干渋々といった様子で頷き、ミリアの手を強引に引いてホールの出口へと走り出した。

 …しかし雑魚モンスターが数体立ちはだかる。


「あーもー邪魔くさい! お嬢離れないで下さいよ」


 ジョージはミリアから離れ過ぎないように、モンスターと戦い始める。ふと、ミリアは小さく呟いた。


「お姉様……」


 自分の姉が強いことはわかっていても、この混乱のホール内で本当に無事なのか気になるのは当然で、ユミルの方を見たその時―――


「あっ!」


 ユミルの持っていた傘が、復活したゴリラモンスターの払った腕に弾かれていた。傘がミリアの数歩近くにまで飛ばされる。


「っ、お姉様!」


「! 待てお嬢!」


 ミリアは傘を投げ渡そうと拾い、ジョージは勝手に離れようとしているミリアを腕を引いた。

 その時―――傘が強く光った。


「え?」


 ミリアとジョージは驚いて強く光る傘を見る。すると、ミリアは強い耳鳴りを感じて耳を押さえた。


「っ……な、なに!?」


 "やっと会えた"


 知らない女の声が聞こえ、顔を上げるが誰もいない。ジョージも不思議そうに辺りを見回している。


「今、なんか声が……」


 ジョージはミリアと顔を見合わせる。二人共聞こえていたようだ。


 "さぁ、来るよ!"


「えっ……っきゃあ!」


 狼型のモンスターがミリアに体当たりしてくる。ミリアは咄嗟に傘を盾にするが、尻餅を着いてしまった。その隙に狼がさらに追撃しようと跳躍し、ミリアは恐怖で目を閉じる―――


「……大丈夫ですか、お嬢」


 目を開けると、ジョージが目の前に立っており狼が斬られていた。ジョージは目線だけミリアへ下ろす。


「怖いかもしれませんが、立って下さい。逃げますよ」


「……べ、別に怖くありませんわよ」


 ミリアは足をすくませながらなんとか立ち上がり、立ち上がろうとする狼へと傘を両手持ちで構えた。


「私だってレグナムル家の人間ですもの…負けるものですか!」


 傘を両手に駆け出し、狼が立ち上がる前に傘を叩きつけた。すると―――何故か狼の仮面が砕け散り、煙のように消滅してしまった。


「消えた!?」


 散々ダガーナイフで斬り付けたのに、ミリアが傘で殴っただけで消滅した狼にジョージは驚いた。

 その時―――嫌な殺気のようなものを感じた。


「魔女発見」


「!」


 幼く無機質な声が聞こえ、上を見ると黒装束に身を包んだ少女が刀を持ってミリアへと降ってきた。

 ジョージは寸でミリアを庇ってダガーで受け止め、少女は飛び退いて距離をとる。


「あなた任務の邪魔、どいて」


「……あんた組織の一員か」


 どう見ても12、3歳程の子供だが普通の子供にはない、明らかに異質な雰囲気を感じる。どう見ても"暗殺組織"の人間だった。


「あの組織の人間がこんなところで何してるんすか」


「別に、私は雇われただけ。任務は魔女の暗殺」


 素っ気なくそう答えると、少女はミリアへと刀を向けた。


「あなた、さっきギタージュの"鬼子"消滅させた。それができるのは魔女だけ」


「"鬼子"…?」


 少し落ち着いてきたのかミリアが問うと、少女は頷いて刀を顔の横まで引く。


「そう、だから大人しく殺されて」


 すると、ミリア達の後ろからキョウが飛び出し、少女を剣で突いた。多少吹き飛ばしたが、少女は刀で防いでいた。

 後からユミルが駆け寄りミリアの腕を掴んだ。


「ミリア! 二人とも来なさい!」


 ミリアはユミルに腕を引かれる。ジョージは一度キョウに素早く視線を飛ばしてから、ミリアの背を押しホールを出ていった。


「あーあー、逃げられちゃったか。何してんのさサオリちゃん」


「それはこっちの台詞。ギタージュがこの人の足止めしてたはず」


 少女―――サオリは後から呑気に歩いてきた青いマントで金髪の男―――ギタージュに不機嫌そうに反論した。


「ま、その男は君が相手してよ。出鼻サボってた分の挽回ってことで、さ」


「行かせるか!」


 キョウは剣を握り直してギタージュを睨み付ける。すると、ギタージュはめんどくさそうに吐き捨てた


「ほんっと、騎士はめんどくさいなぁ! 邪魔で」


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