第1話 ~魔女がうまれた日~ 6/9
夜になり、街は静かな熱気に満ちていた。やはり仕事を終えて家族で来た人や、学校が終わって友達と、あるいは恋人と、など更に人が多くなった。
そしてレグナムル家ではミリアの生誕記念パーティーが開かれており、たくさんの貴族達の社交場となっていた。
「……ふう」
「リンゴジュースです。どうぞ」
「あら、ありがとう。気が利きますわね」
ジョージから渡されたドリンクを飲み干して、ミリアは一息ついた。
自分の家で、しかも本日の主役でもあるミリアはジョージと共に招待客一人一人に挨拶回りをしていたのだ。一通り終わったので、今少し休憩中である。
「しかし……祭りってのもあるんでしょうが、ずいぶん招待客がいるもんですね。ユミル様の時より多そう」
「そんなことありませんわよ。今日人が多いのは劇があるから、そっちのお客も多いのよ」
「あぁ、なるほど」
今朝、朝食の席で話していた劇のことである。
毎年レグナムル家に劇団を呼び、"魔女の旅"と呼ばれる題目の劇を鑑賞する恒例行事がある。その劇団、旅をして世界を周っていて少人数であるがなかなか有名らしい。ジョージは今日初めて観るが。
「お誕生日、おめでとうございます。ミリア様」
「あら、キョウ!」
騎士の正装に身を包んだキョウがやって来る。ミリアはパァッと笑顔になった。
「ありがとう、ついに私も成人しましたわ」
「とても大人には思えねーですがね」
余計なコメントを口走るジョージにミリアは脇腹をグーで殴った。キョウも呆れたようにため息を吐いた。
「僕からすれば君も大概だが。そうなるのをわかってて言って……ミリア様が今日成人するのは本当だろう」
「そうですわよ! まったく……」
「食卓にオムレツが並んでないからとぐずったり、年下の子供と本気で缶けりして全敗し大泣きしたり、買い物に夢中になったあげく門限過ぎて、ユミル様に怒られ震えていたりしていたのは子供の頃の話だ。今更蒸し返すのはどうなんだ」
「…………」
澄んだ瞳で怒りながら言い放ったキョウに、ジョージは半眼になって頬を引きつらせた。
「……蒸し返してんのはキョウさんでしょ」
「ん、この話じゃなかったか? もしかして夜中にこっそりお菓子を食べ続けた結果、太ってしまい1週間立ち直れなかったことか?」
「黙りなさいキョウ。ちょっとそこ動かないで」
「えっ……あ、ちょっ痛っ! 痛い! 何で!? すみません! すみませんでした!」
ミリアはボカボカドスドスと叩きまくる。さすが幼馴染みは色んなことをよく知っている。しかもいらんことばかり。
キョウは何故叩かれてるのかわからず、わたわたとミリアを宥めようとしている。ジョージはそんな様子を生温く見守っていた。
その時―――視界の端に妙な既視感を感じる何かが映ったような気がした。
「?」
咄嗟に視線を飛ばすが、人混みに紛れてしまい見失ってしまった。ガヤガヤと語らう貴族たちしかいない。……なぜだか、嫌な予感がする。
「どうしたの?」
若干険しい顔をしているジョージにミリアは小首を傾げて見上げる。ジョージは周りを見回してからミリアに答えた。
「……知り合いがいたので、ちょいと会ってきていいっすか?」
「知り合い?」
「キョウさん、お嬢頼みます!」
「あ、ちょっと!」
ジョージは返事を待たずにホールの入口へと駆け出した。
「なんなのよ! もう!」
両手を腰に当てて怒るミリアと、隣に立つキョウは大真面目に言い放った。
「子供缶けり大会でしょう。今ブームらしいので」
「違うと思いますわよ」
冷ややかに否定する。直後、背後からマイク越しの男の声が聞こえた。
「会場におられる皆様、お待たせいたしました。これより劇団クラスターより、"魔女の旅"を開演いたします。どうぞ、劇場まで移動お願いします!」
「あ、劇が始まるわ! 仕方ないわね、行きましょキョウ!」
「わ、わっ」
ミリアはキョウを引っ張り、返事も聞かずに劇場へ向かったのだった。
□■□
一体どこに行った?
ジョージは屋敷を駆け回りながらあらゆる場所に視線を飛ばす。
「見失った……気のせい、じゃないだろうし」
一人呟き、人気の無い廊下の壁に背を預け、座り込む。
…見知った人間がいたような気がして探し回ったが、全く見つからない。この街の誰かならいいのだが、そうじゃなければ…。
俺はレグナムル家に拾われる前、命を狙われていた事があった。俺が昔いたことのある"暗殺組織"に。ここ一年、影も見せなかったから油断していたが、その"組織"の連中がこの屋敷に潜入しているとしたら、俺はともかくお嬢や招待客も巻き添えで危険な目に遭う。
一人で行動すれば姿を現すと思ったのだが……
「……とりあえず戻るか」
腰を上げて埃をはらい、戻ろうとする。……が、ピタリと立ち止まった。
突き当たりの角から人の気配がする。
「…………」
ジョージはダガーに手を掛け、ゆっくり、ゆっくりと音を立てずに近づく。気配は動かない。
……ようやく見つけた。おそらく一人だ。一人なら俺だけでどうとでもなる。
約2メートルほど離れた位置で、ジョージは一度足を止める。そして小さく深呼吸し、足を動かした―――
「ひとォォォォォォ!!」
「ギャァァァァァ!?」
廊下の角から出てきた何かに突撃され、ジョージはズザーと悲鳴をあげながら廊下を背中で滑った。何があっても対処できる間合いだったはずだが予想外過ぎて全く対処できなかった。
「いったァァァ! 頭打ったー! なんすかあんた一体! つーか重いどいて!」
「うえぇぇぇん! やっと人がいたよーもうやだこの屋敷ラビリンスお願い家に返してぇぇぇぇ!!」
「そんなん知るかー! 話聞いてます!? いいからどけー!」
口調忘れてツッコミを入れるが、全く話を聞いていない銀髪突撃少女は涙目でしがみついている。そしてガバッと顔をあげた。
「ってかお兄さんこの屋敷の人? わ……超イケメン! キャッホォォォこれが運命の出会い!? スカル、13歳にして出会っちゃいました!」
その時、少女の背後に男が立った。……まさかやつらが、とジョージははっと顔をあげるが、派手な衣装を着た見知らぬ男であり、ガシッと少女の首根っこを掴んだ。
「ようやく見つけたよ、いつまでお客をウェイトさせるつもりだい?」
「ふぇぇ団長苦しい! 離してースカルのロマンスがー!」
「ソーリー! 迷惑かけたね。それじゃ」
一言そう謝ると、男は少女の首根っこを持ち、ズルズル引きずって行った。見えなくなり、少女の甲高い声が聞こえなくなった頃、ようやくジョージは我に返った。
「……なんだあれ」
呆然とそう呟いてから、ジョージは結局ミリアの元へ戻ることにしたのだった。
.




