第8話 ~ひまわりの約束~ 8/8
お嬢と一緒に来たのは昨日戦った花畑だった。戦ったのは奥の野原の方だったためか、花はそこまで被害がないようだった。
「戦って荒れてしまった場所は、お姉様にお願いしてレグナムル家できれいにすることになりましたの」
花畑の前に立って、ミリアは月を見上げる。
「見てジョージ、綺麗な空ですわ。今日は満月ですのね」
月光に照らされた花畑の前で、ミリアは上機嫌に笑う。……いつだったか、前に二人で来た日もこうだったな。
「いい散歩になりますねー」
ジョージは夜空を見上げて相槌を打つ。星もよく見えるいい夜だ。
眺めていると、座りましょう、と芝生に座り込むミリアに促されたのでジョージも隣に腰を下ろす。
「……風が気持ちいいですわー……」
「…お嬢?」
「うん?」
「何か話があって来たんじゃなかったんですか?」
のんびり目をつむって風に当たっているミリアに、ジョージは感じていた違和感を聞いてみる。
「ええっと………は、話がなければ呼んではダメですの?」
「いや、なんか珍しいと思って」
「そんなことありませんわ! ほら、前に私がかくれんぼに負けて、わがまま言うと約束したじゃありませんの。だから、その……来たかったから、ジョージを呼びましたのよ」
「はあ…」
わかるようなわからないような……まぁ確かに今晩来なければ、しばらく見られない風景だったし、来たくなっても不思議じゃ………
「ち、違いますわよ」
「ん?」
「なんかジョージの元気がない気がしたからとか、ここ来てかくれんぼでもすれば元気出るかもしれないとか、そんなつもりじゃないですからね! 私が来たかったからですのよ! 断じて!」
何も聞いていないのに全て自白してきたミリアの顔は赤かった。…俺を元気づけようとしていた? お嬢が。
「ちょっと、黙らないでもらえまして? 何か言いなさいな」
「いや、えーと……ありがとう、ございます?」
「あら、珍しく素直………じゃないですわ! 私が来たかったんですってば!」
「あー、じゃそれでもいいっすよ、もう」
「むむ………」
めんどくさくなりジョージは息をつく。ミリアはじっと見つめて、ジョージの顔をのぞき込んだ。
「いったい何がありましたの?」
「いや、何がって…別に…」
「あったでしょう、変ですわよジョージ」
有無を言わさぬ青の瞳が真っ直ぐ見上げている。…朝見たユミル様と同じ目だ。
真正面から変だとか言われると返答に困る………
「………お嬢、一ついいっすか」
お嬢は周りに人見知りするわりに、相手の事を何でも知りたがる人だ。それが相手にとって言いたくない事や詮索されたくない事だと察する力が弱い。
「人には誰にも言いたくないことや、秘密にしておきたいことがあるんすよ」
「…あなたにとって秘密にしておきたいこと、ということですの?」
「あまり何でも詮索するようなことはしないほうがいい、ってこと」
ジョージにそう言われ、ミリアは小さく俯いた。…それは昔から自覚していた。それでもその人が心配だったり、力になりたいと思ったらどうしても聞いてしまうのだ。
今日の昼に、キョウの父親嫌いについて口をついてしまったように。
「…と言っても、別に隠したいことでもないんでいいっすけど」
「へっ?」
「昔旅していた時に探していた男が、もしかしたら生きてるかもしれないって聞いただけっすよ」
あまりにあっさりと答えたジョージに、ミリアは呆気にとられる。それから…何となくイラッときたのでグーで腹を殴った。
「ごふっ!? え、何」
「隠したいことじゃないなら詮索するなとか言わなくても良かったじゃありませんのよ! ちょっと落ち込んじゃったじゃない!」
「いや、でも気を付けたほうがいいと………いたたた」
ミリアはむくれた表情で殴ってくるので、ジョージはやんわりと猛攻を防ぐ。
「それで、どうしますのよ? 旅続けるのでしょう」
気が済んだのか、少し落ち着いた様子でミリアは見上げる。
「もちろんです。お嬢が行くんですから…」
「じゃなくて、その探していた男の人に会いたいのでしょう! なら今度こそ見つけだすべきですわ!」
「……………………」
ミリアの勢いに、ジョージは思わずたじろいだ。そして黙り込む。
「……………………」
今度こそ、見つける……
"おはよう、ジョージ"
クロバナを見つけて、どうする?
この5年間、何していたか聞くか?
それとも、何でいなくなったのか確かめようか? 俺が…
「……………………」
俺が、邪魔になったのかと。
「……………………」
………いや、違う。聞きたいとか、確かめたいから会いたいわけじゃない。
会いたい理由はない。ないが、このまま一生会えないのは嫌だった。
ただ会いたい、クロバナに。
「……………………、お嬢」
ミリアは両手を握りしめて口を引き結び、黙り込んだジョージの言葉をゆっくり待った。
そのおかげで、覚悟が決まった。
「…あいつは、お嬢の旅の果てにいるかもしれないんす」
絶対会いたいわけではない、なんて意地を張ることはもうしない。
「俺はもう一度会いたい、何がなんでも。なので、お嬢」
ジョージはミリアの目の前で片膝を付いて、手を差し出し、ミリアを見上げる。
「この旅で、お嬢を……あなたを傷つけようとする奴らから、俺が必ず護ります。だから、分を弁えていないことを承知でお願いがあります。俺に手を貸してください」
何故か指先が震える。多分緊張していた。
誰かに手を貸してほしい、なんて俺の柄じゃないんだ。
「……どうか立って、ジョージ」
ミリアは差し出された手を引いて、ジョージを立ち上がらせる。自分の付き人としてではなく、彼自身一人の人として言いたいことがあった。
「誓いますわ、私はあなたと一緒に旅の果てを見届けます。そして、私はあなたを必ず護る。絶対ですわ」
名前の知らない綺麗な花畑と、晴れた夜空と月の下。俺とお嬢は一蓮托生の約束をした。
月に照らされたお嬢の笑顔を、俺はきっと忘れないだろう。
■□■
「…そういえば、聞きたいことがあったんすけど。お嬢」
ミリアと屋敷へ帰る途中、ジョージは声をかける。
「あの花、なんて名前でしたっけ」
サオリからピアスを渡されたことで思い出したが、花畑の花の名前を聞こうと思っていたのだった。
あれから色々ありすぎて、すっかり忘れてしまっていた。
「な、なんですのよ急に。忘れましたの?」
「すいません、前行ったときあまり興味なくて…」
ヘラっと笑いかけるとミリアは呆れたように息をついた。
「"ひまわり"ですわ。もう忘れないでちょうだい」
「"ひまわり"…」
そういえば、そんな名前だった気がする。朧気な記憶にジョージは納得したように呟き、ミリアは上機嫌に続けた。
「本数ごとに花言葉が違うんですの。私が一番好きなのは999本で……"何度生まれ変わってもあなたを愛す"。ふふふ、素敵ですわ!」
「あそこ、999本も咲いてましたっけ?」
「野暮なこと言わないでくださる? いいんですのよ、ロマンチックなんだから!」
ミリアは口を尖らせて歩くスピードを上げた。
「……………………」
何度生まれ変わってもあなたを愛す、か。
ジョージは腰のポーチに入れたひまわりのピアスに上から触れる。
「厄介だな………」
「? 何がですの?」
「いや、こっちの話っす」
あの時、成人の誕生日プレゼントとして買ったが、余計に渡しづらくなってしまった。
ルイールの言い伝えでピアスの交換は永遠を意味している。それが恋人であれ、お嬢とキョウさんみたいな主従関係であれ。
俺は、キョウさんとお嬢がピアスの交換したら、付き人としてピアスを渡すつもりだった。許される限りレグナムル家にいるつもりだったし、お嬢に送る初めてのプレゼントだったから。
だが、このピアスの花言葉はまるで恋人か、夫婦みたいだ。俺はそのつもりで買ったわけじゃない。ましてや、お嬢達がピアスの交換をしていないのに、愛とか意味するピアスを渡すわけにはいかなかった。
あまり意味を調べずに気軽に買うものではなかった……と反省していると、結構先を歩いていたミリアが立ち止まって待ってくれていた。
「早く帰りますわよー! ジョージ」
「…はーい!」
このピアスはもう少し持っておこう。…渡せるかわかんないけど。
ジョージはポーチから手を外し、小走りでミリアを追いかけた。
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あの歌と同じ名前のタイトルですが、特に関連してないんです……この話において、"ひまわりの約束"以外のタイトルが思いつかなかったのです………
あと、想い出の花畑がひまわりなのは二人の過去編でちらっと出してました。ひまわり畑素敵ですよね(^^)




