第8話 ~ひまわりの約束~ 7/8
俺を殺す命令については、これ以上の情報が見込めないと思い、違う話題を振ってみる。
「…じゃ、あんたが幽鬼にいるのは? ボーン抜けたわけじゃないんだろ」
「ナナシの命令以外何があるの」
「何のための命令?」
「……私はもう質問に答えた。これ以上言う義理はない」
帰る、とサオリは飽きたように呟き、出ていこうとする。が、何か思い出したように振り返った。
「クロバナは、あの日あなたに会おうとしていた」
「……え?」
クロバナ? 何であいつの名前が………
「おい待て、知ってるのか!? あいつを……」
「でもダメだった、会わなかった。一目だけあなたを見て、屋敷を出ていった」
サオリは質問に答えず、話を続ける。
あの日……? 屋敷を出ていった?
「………まさか」
"黙りなさいキョウ。ちょっとそこ動かないで"
"えっ……あ、ちょっ痛っ! 痛い! 何で!? すみません! すみませんでした!"
「お嬢の誕生パーティーにいたのか!? クロバナが!!」
お嬢と挨拶回りをしていたあの瞬間、確かに既視感のある人間を見た気がした。あまりにも一瞬で姿がわからず、屋敷内を探しても見つからなかったその正体が、まさか
「クロバナが……生きてる…」
本当に、生きているのか。
フラバースの情報屋でも似た男を見たと聞いた。こいつがいきなり嘘を付くとも思えない。
クロバナが……5年以上行方がわからず諦めていたあいつが、本当に生きているかもしれない。
「どこにいるんだ、クロバナは!」
思わずサオリの両肩をつかんで問いかける。しかしサオリは、無表情のままわずかに俯いた。
「生きてる、かは……私にはわからない」
サオリは目を瞑り、首を振って、話を続ける。
「だけど、あなたが旅を続けるなら……会えるかもしれない」
…生きてるかわからないのに旅を続ければ会える。
よく意味がわからないが、やっぱり嘘をついてるように見えない。
「あなたが旅で死んだら会えないけれど」
「…そんな簡単に死ぬつもりはねーですよ」
余計な一言にジョージは眉をひそめる。すると、サオリは懐から小さな小箱を投げ渡してきたので、受け取った。
「これ……」
お嬢の誕生日のプレゼントに買ったピアスの小箱だ。あれから色々ありすぎて忘れていたが、成人式の時に落としていたのか。
「それ落とし物、私の用は終わり。帰る」
「…ありがとう」
ボーンで、幽鬼でもある彼女だが、信じてもいいと思った。敵側かもしれないがサオリは多分、本当の事を言ってるように思う。
ジョージが素直に礼を言うと、サオリは首を横に振った。
「お礼を言われる義理はない。クロバナが生きてる保証なんてないから」
「それもあるがこのピアス、拾ってくれていたんだな」
「…私が持ってても邪魔なだけ。どっちにしろお礼なんて必要ない」
サオリはぶっきらぼうにふいっと前を向き、今度こそ立ち去ったのだった。同じくソンティも、静かにサオリに付いていった。
■□■
「クロバナって誰よ?」
ルイールを出て、幽鬼のアジトに向かう途中、ソンティはサオリに訪ねた。
「…………………」
「ちょっと、無視? 可愛くないわねー」
「ソンティだって皆に言ってないことある。なら私だって一つくらいあってもいいはず」
「あっそ」
ソンティはつまんなさそうに鼻を鳴らして、前を向いた。歩く速度を上げる彼女の背を追いつつ、サオリは静かに考え込む。
クロバナのことを調べているのはジョージだけじゃない、ナナシ達もクロバナの行方を追っている。
そして幽鬼がクロバナの行方に関係していることを掴んだから、ナナシは私を派遣した。
ナナシが私に命令したのは二つ。
クロバナの行方に関する情報を調べて報告すること、そしてそれをジョージに流さないこと。
でも、あの夜のことをつい言ってしまった。きっと命令違反だ。
どうして言ってしまったのだろう………
「(………………あの時)」
あのパーティの夜、ジョージを見たクロバナの顔が忘れられなかった。
泣きそうな顔でゆるく笑っていた。寂しそうで、辛そうでもあった。
でも、だからってクロバナが生きてる可能性をジョージに伝える義理はなかったはずだ。
………無いはずなのに、伝えないといけないような気がした。
「(ナナシに怒られる…)」
そういえば、なんであの人にクロバナのこと言っちゃダメなのかよくわからない。命令されたときは、特に興味がなかったから理由は聞かなかったけど……
「…はぁ、めんどくさい」
サオリは呑気にあくびをかいて呟く。
どうでもいい。ごちゃごちゃめんどうなことを考えるくらいなら、寝たい。
今日も、早く帰って……昼寝、し…………………
「ちょっ、サオリあんた寝てんじゃないわよ!」
「うん……?」
「しっかりしてよね! はぐれたら私が迎えに来た意味ないじゃない! ったく……」
いつの間にか閉じていた瞼を開けると、ソンティが怒った表情で手を乱暴に掴んできた。
「歩きながら寝るとかどんだけ器用なのよ」
「歩くのダルい………」
「うっさい、きりきり歩きなさいよ! あんた追いてったら怒られるの私なんだからね!」
スタスタ早歩きになるソンティに引っ張られながら、サオリは眠い目をこすって引きずられるように歩いたのだった。
■□■
レグナムル家での夕飯はいつもより賑やかに終わり、それぞれ部屋に戻っていた。
ジョージも会話をほどほどに自分の部屋に戻り、ベッドに寝転がっていた。
「(旅を続けるならいつか会える…)」
サオリに言われたあの言葉はどういう意味だろうか。旅というのは魔女の旅のことだろう。その旅の先にクロバナの行方が関係しているのだろうか。
「(そもそも何で…)」
…………………………。
そこまで考えて、止めた。ジョージは寝返りを打って目を閉じる。
何百回も繰り返し考える。どうして何も言わずに俺を置いて居なくなったのか。……本人に聞かないとわからない問いの答えを、5年間ずっと考えていた。
だが、何となく察していた。多分、俺が邪魔になってしまったのだろう。
裏社会にいれば何かしらの弱みをつかみ、揺する奴らがごまんといる。その中で仲間を裏切り、切り捨てる。珍しい話じゃない。
いくらクロバナとそれなりに上手くやっていても、俺だってありえない話じゃない。クロバナに………捨てられても………
「ジョージ! 起きてまして?」
コンコンッ、と軽快なノックとともにミリアが声をかける。思考を一時中断させて、ジョージは起き上がりドアを開ける。
「なんすか?」
「…何だか元気がありませんわね」
「あー、夜ですからね」
「関係ありますの?」
「さあ?」
てきとうな返答にいらっとしたミリアは、ジョージの脇を軽く殴る。
「お夕飯のときもうわの空でしたわよ。ユグがマドレーヌ食べたのかって、あなたにずっと聞いていたのに生返事ばかりで………」
「マドレーヌ? ……あぁ、そういえば朝知り合いからもらったかもしれねーっす。ユミル様と食べましたけど」
「…………………………」
ミリアはもの言いたげに黙って見つめる。…やはりなんか元気がありませんわね。よし……
「ちょっと外に出ますわよ」
「え? 何で」
「私に付いてきなさいジョージ。"さびざん"ですわよ」
「"サビ残"そんな使い方じゃねーですよ。…まぁいいや、じゃちょっと出る準備するんで待ってください」
そう言うとジョージはいつも着ていたコートを引っ掛け、双剣を腰に下げたのだった。
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