第8話 ~ひまわりの約束~ 6/8
ユミルとのティータイムを終え、ジョージは再び街を歩いていた。現在時刻は正午過ぎ。
しばらくこの街の知り合いに会えなくなるため、挨拶やお喋りしにぶらついていたのだ。そして今は、お昼ごはんに買ったカツサンドをてきとうな場所で食べていた。
「……………………」
ふと、視界に見知った人物がちらっと映り込む。薄暗い路地裏で人気のなさそうな狭い場所。そこにいた人物は瞬きの間に姿を消す。……明らかに俺を誘い込もうとしているのがわかった。
ジョージは残りのカツサンドをさっさと食べ終え、その路地に向かった。
路地に入り、明らかに人がいない場所へと角をいくつか曲がったその時―――頭上から少女が刀と共に降ってきた。
何となく読めていた状況に焦ることはなく、ジョージは双剣を一つ抜いて受け止め、払い飛ばした。
「上から降ってくんの好きだな、流行ってんの?」
難なく地面に降り立ち、向かえに立つのは幽鬼の一人、サオリだった。刀を再び構え直すサオリにジョージは声をかける。
「何の用?」
「……あなたは」
サオリは刀を降ろし、静かに口を開く。
「旅を続けるの?」
「…だったら?」
「死ぬと思う」
「ふーん」
こいつにそんなこと言われる筋合いはない。ジョージは気のない返事をする。
サオリは眉を下げて無表情で黙りこみ、ジョージをじっと見つめた。
「あなた、死にたがりだっけ」
「そんなこと言われる覚えはないけどな」
「でもそう言われてる」
静かにそう言った瞬間―――サオリは一瞬で間合いを詰め、体を横回転させて刀を振る。遠心力をかけた重い剣撃だが、子供の一撃ではそう威力はない。ジョージは抜いたままの剣を逆手に持って受け止める。
「おい、待て!」
「死にたいなら……私が斬ってもいいよね」
感情のない声色で呟くとサオリは猛攻を仕掛け、ジョージは鋭い剣撃をやり過ごす。
するとサオリは刀を引いて宙に跳び、顔めがけて鋭く突いてきた。ジョージは首を動かしてそれも躱すが、首を斬ろうと刀が振り抜かれた。
「うっ!」
すぐに体勢を低くして躱す。…こいつ本当に殺す気か。街中で暴れるのも気が引けるし、どうするか…………
「何で躱すの、死にたいくせに」
「…………………………」
死にたいだのなんだの、なんなんだ。
どいつもこいつも
「うっとうしいな」
低く、小さな声で呟く。俺がいつ死にたいなんて言ったんだ。
「!」
街中でとか考えるのもめんどくさい。
ジョージはサオリの刀を持つ右手を掴み、素早く足をかけた。そのまま、掴んだ右手を地面に叩きつけるように、サオリを仰向けに押し倒す。
「あっ…!」
サオリは衝撃で刀を手放してしまう。ジョージはサオリを組み敷いたまま、空いた手で双剣を勢い良く振り下ろした。
ガンッ、という音とともに、サオリの顔の横の地面に双剣が突き立てられる。
「…殺さないの?」
「あいにく俺は子供を殺したいとも、死にたいと言った覚えもないんだよ」
ジョージは突き立ったままの双剣から手を離し、持っていた銃を背後に向けて発砲した。
「ちっ」
潜んでいたもう一人の幽鬼―――ソンティが舌打ちする。気配を消していたようだが、路地に入った瞬間からいたのはわかっていた。
「死にたくないなら動くな」
「………ソンティ、多分大丈夫」
「……………………」
ソンティはふん、と鼻を鳴らし、持っていた杖をしまい込んだ。ソンティは睨みつつ、不機嫌そうに腕を組んで壁にもたれる。サオリは今だ身動きが取れない状態のまま、息をついた。
「あなた本当にボーンにいた人間? 殺されそうになったのに殺さないなんて甘すぎ。旅続けてもきっと死ぬ。
どうせ死ぬなら私が斬ってもいいと思う」
「いいわけないだろ、どんだけ俺を斬りたいんだあんたは」
この状況でまだ殺気を向けてくるサオリを呆れたように見下ろす。…やっぱ殺したほうがいいかな、こいつ。
そんなことを考えていると、サオリは感情の読めない顔で話しだした。
「ジョウフェン王国に近付くな。ナナシがあなたに伝えてくれって」
「!」
「ねぇ、重いからそろそろどいてほしい」
サオリは押さえつけられている右手をパタパタ動かす。………殺気はもう感じない。
ジョージは少し考えてから立ち上がり、サオリを解放した。サオリは落とした刀を鞘にしまいつつ、名残惜しそうにジョージを見る
「…本当に斬っちゃだめ?」
「しつこいっすよ。それで、あんたはナナシからの伝言伝えるために俺を呼んだのか? 暗殺組織の……ボーンの人間として」
サオリは無言で頷く。にしても…随分懐かしい名前を聞いたな。
ナナシというのは俺のいた暗殺組織ボーンのリーダーだ。そのナナシからの言伝で俺に話があったらしい。
「……それだけ」
「え、終わり? いや、ちょっと待て。俺からも聞きたいことがある」
ボーンの事でいくつか気になることがあるため、ジョージは帰ろうとしているサオリを引き止める。
「聞く義理はない」
「俺はあんたの話を聞いただろ」
「伝言は私じゃなくナナシの話」
「俺が旅を続けるかどうかはあんたの話だったろ。俺は答えたんだから、あんたも答えろよ」
「………はぁ、めんどくさい」
サオリはむくれた様子でこちらに振り返る。…少し言いがかりっぽい理屈だったが、一応聞いてくれるようだ。
「ボーンは一年前、俺を殺そうとしていた」
「そう」
「なのにサオリ、あんたは俺を殺す任務で動いているように見えない。さっきの殺し合いもあんた自身の意志みたいだし。
俺を殺す任務はどうなってる? まさか無くなったのか?」
一年前、俺を殺す命令をしていたのはナナシのはずだ。なのに今になってジョウフェンに近付くなとしか言わないなんて、違和感がある。
「………あなたを殺す命令は、もうなくなってる。一年前、あなたを殺す依頼をした人間は、あなたが死んだと思ってる。……多分、ナナシが依頼人にそう報告したから」
「ナナシが? 俺が生きてること知っててってことか? あいつこそそんな甘い男じゃないだろ」
ナナシは、組織から逃げ出した仲間も容赦なく殺す男だ。勝手に組織を抜けた上、依頼もされたのに俺を生かしておくとは思えなかった。
「理由なんて知らない」
サオリはぶっきらぼうにそう答える。……無表情過ぎて、言わないだけか本当に知らないのかわかりにくい。こいつ、ユグより表情が少ない。
.




