第1話 ~魔女がうまれた日~ 5/9
「ジョージ! 遅いですわよ!」
「すんませーん、ちょっとチンピラに絡まれましてー」
屋敷に戻ると、ミリアが門の前で仁王立ちしてジョージの姿を見るなり睨んでいた。懐中時計を見ると10時3分。約束に少し遅れてしまい、不機嫌そうに文句で迎える。
ジョージは小走りで駆け寄ると、口を尖らせて頭を軽くはたかれた。
「いたいなー、せっかくちゃんとお使い行ってきたってのに」
「お使い? ……あ!」
ミリアに預かってきたピアスの箱を渡すと、不機嫌な顔はみるみる笑顔になった。
「きれい……やっぱりあのアクセサリー屋は最高ですわ」
箱から取り出したピアスを目線の高さに上げる。騎士に贈る意味を持つのか、ピアスは剣を模した親指程の長さを持つ少し大きめの物であった。太陽の光の中でキラキラ光る様は、自警騎士団として国民のために剣を振るうキョウによく似合うだろう。
ミリアは眩しそうに眺めると満足そうに微笑んで箱に戻した。その様子にジョージは肩をすくめる。
「その出来ならキョウさんオトすなんて楽勝じゃないですか?」
「お、オトすなんて……私は別にそんなつもりじゃ……」
ミリアは焦ったように目を反らし、箱を鞄にしまうとジョージの手をつかんだ。
「さぁ、行きますわよ」
「はーい、お手柔らかにお願いしますよ」
「……まぁ、無事お使いもこなしたみたいだし、少しは考えてもよくってよ? 荷物持ち」
「そうしてもらえると、ありがたいです」
□■□
……そう、つい10分前にそうお嬢は言った。間違いなく言ったはずだ。聞き違いではなく。
ジョージは内心そう呟きながら、隣で目を輝かせるミリアを半眼で見ていた。
「きゃぁぁぁ! 見てジョージこのカード! すごく綺麗だと思いません!? これ頂きますわ!」
「はい、100ドルになります」
「あっ、このぬいぐるみ神話に出てくる竜ですわね! ふかふかで気持ちいい……これも頂きますわ!」
「はい、780ドルになります」
さっきからずっとこの調子で手当たり次第、商品に飛び付いてはお買い上げ、飛び付いてはお買い上げを繰り返している。露店商はいいカモだと思っているのだろうニコニコと接客している。
が、たまにこちらを同情するように見ている。両手に次々に持たされる紙袋の数はもう数えるのも嫌になった。ミリアの後ろをチラッと見てから、ジョージは声をかけた。
「お嬢~そろそろやめませんか。何十分いるつもりですか」
「何言ってまして? まだ……」
「後ろ、お客さん」
「え……」
ジョージの指差す背後を見ると、困った顔をした人が何人か並んでいた。
「そろそろ他のお客に譲りませんか?」
「うぅ……」
まだ見足りないのか、物惜しそうに商品を見つめる。
少ししてから、ついに観念して立ち上がった。
「ごめんなさい、次どうぞ」
「あ、はい……」
後ろのお客に場所を譲り、ミリアは店を離れた。ジョージは店主に軽く頭を下げてからミリアに話しかける。
「よくできました」
「……子供扱いはおやめなさい。もう成人しますのよ」
少し落ち込んでいるのか、ミリアはため息を吐いた。
街はちょうど昼に差し掛かる時間帯のため、飲食店を中心に人が集まっていた。ジョージはカラッと笑ってミリアを見る。
「うーん、お腹空きましたねー。なんか食べません?」
「そうですわね……あの、ジョージ」
「はい?」
ミリアは立ち止まり、僅かに目線を下げて言いづらそうに口を開いた。
「さっきは……あの、あ、ありがとう。危うく周りの人達を困らせてしまうところでしたわ」
「お嬢はああいう物見ると見境なくなりますからねー、見てて面白かったっすよ。おかげで荷物半端なく重いですけど」
示すように両手に持った大量の紙袋をわずかに持ち上げる。ミリアは口を尖らせた。
「だ、だって仕方ないじゃありませんの! 好きなんですから」
「はいはい、知ってますよ」
「もう! せっかく私が貴方にお礼を言ってるというのに! それに面白いってどういう意味ですの!?」
「そのままの意味っす」
「ああ腹立つ! お礼なんて言わなければよかったですわ! 撤回、撤回します! 30秒前の私の口を塞ぎたい!」
頭を両手で押さえて悶えるミリアに、ジョージは苦笑いをした。
「そんな怒んないで下さいよ。オムレツ奢りますから」
「……5個ですわよ」
「5個って……わかりました」
どんだけ食べるつもりなんだとジョージは苦笑いが引きつった。その様子にミリアはようやく満足そうに笑ったのだった。
□■□
昼食を食べて、のんびりと歩く。ジョージは疲れた様子のミリアの歩調に合わせて歩く。
「ちょっと疲れたでしょう。座りませんか」
「そうね…足が痛いですわ」
ミリアはベンチに腰掛け息を付く。ジョージも隣に座って紙袋を置いた。
「はー、疲れましたねー。歩いた歩いた」
「あれだけの女性とお話しすれば当然ですわ」
ミリアは半眼で睨み付けるが、ジョージはあっけらかんと笑った。
昼食後から今まで、ジョージは何人もの女の人に声をかけられていた。よく行くらしい酒場の女店主だとか、祭りに合わせて商売に来た商人、鍛冶屋の主人の一人娘だとか、よくもまぁこんなに知り合いがいるものだと思った。
「女の子に話しかけられちゃ無視できない性分なんですよ。やー、モテる男は辛いっす」
「金づるとでも思われてるのでしょう」
「えええ!? いや、そんなことは……ない、はず……」
ジトーと半眼で睨まれながら、ジョージは否定した。確かにちょっと良い武器とか買っちゃった気がするが、多分気のせいだろう。
「女性が好きもほどほどになさい。だから使いすぎてまた給料日前に泣くことになりますのよ」
「使いすぎとかお嬢様にだけは言われたくねーんですが」
「わ、私はいいんですわよ! ちゃんと大人になったらお姉様孝行します!」
「お嬢様は今日大人になるんでしょ。てことは明日からじゃねーですか。ちゃんと孝行プラン考えてるんですか?」
ジョージはからかうように真剣に考えるミリアの顔を覗き込む。ミリアはしばらく唸った後、呟いた。
「…………肩たたき、とか」
「プッ…子供でもできるじゃないですか」
ジョージは吹き出してしまい、叩かれること予測してミリアを見るが、ミリアは考え込んでいた。
「お嬢?」
「…いざとなると思い付きませんわね…ジョージはどう? 何かいいアイディアありませんの?」
ミリアの問いにジョージは苦笑いを浮かべた。
「あいにく家族に孝行とかしたことないんですよねー、俺」
「使えないチャラ男ですわね」
「…でも、何でもいいんじゃないですか?」
きっとユミル様なら……。ジョージは笑いながら更に続ける。
「ユミル様なら、お嬢に何をやってもらっても喜んでくれると思いますよ。」
「……何でもと言われても、思い付きませんわ」
「じゃ、とりあえず肩たたきでいいんじゃないですか?」
「………そんな子供っぽいことでも、いいの?」
いまいち納得していない様子のミリアに、ジョージは諭すように答える。
「成人したからっていきなり大人になれるわけじゃないんすよ。俺なんて18ですけど大人の実感ないですし。無理して大人にならなくても、今日からゆっくり大人になっていけばそれでいいと思いますよ」
「…まぁ、あなたも子供みたいなところありますものね」
ミリアはスッキリしたように笑顔で頷いた。
「わかりましたわ。とりあえず、今は肩たたきで我慢します。そしてあなたより先に大人になってみせますわ!」
「それは無理でしょ絶対に」
「確かに年齢は越えられないですけれど、あなたよりもこう……素敵な大人の振る舞いやオーラで大人になりますわ」
「その意味で無理だって言ってんですよ。大人の振る舞いする人は口元にケチャップ付けません」
「ええっ!?どこ!?」
ミリアは咄嗟にハンカチで口元を拭う。……が、ハンカチは汚れていなかった。ジョージを見てみると、笑いを噛み殺している。
「…このチャラ男ーー!」
「プハハハ! すいませんすいません!」
からかわれたことに気づき、ミリアは笑い続けているジョージをポカポカと叩くのであった。
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