第8話 ~ひまわりの約束~ 5/8
「ありがとう、キョウ。付き合ってもらって」
ミリアとキョウは街の大通りを歩く。しばらく行けなくなるから、という理由で一緒にお墓参りに付き合ってもらった帰りだった。
「復旧に忙しいところごめんなさい。あまり一人で歩けなさそうだったから…」
「少しくらい大丈夫ですよ、僕も行きたいと思っていたので」
墓参りは、ミリアの両親とキョウの母親へのものだった。
10年前のユミルの成人の儀の日、街にモンスターが放たれ、混乱の最中みんな命を落とした。
まだ子供だったミリアとキョウと、15歳になったユミルを遺して。
…今思えば、あれも幽鬼の仕業だったのかもしれない。
「…あの、キョウ」
ミリアは歩きながらキョウを上目遣いに見て、遠慮がちに声をかける。
「やっぱり、お父様のこと………」
「………………」
あまり記憶にないけれど、私は私の両親が大好きだった。朧気だけど、たまに遊んでくれるキョウの両親も好きだった。
…でも、キョウは違った。自分の父親だけは。
「臆病者の父親の話は、やめてください」
「……………………」
お姉様から聞いた話では、10年前の襲撃で私の両親は成人の儀の中真っ先に殺されたとのことだった。そしてキョウのお母様は街の人達の避難を率先して行い、モンスターの犠牲に。
だけどキョウのお父様は、混乱する街を置き去りに一人飛び出していってしまった。当時の騎士達がその姿を見ていたらしい。それからずっと、行方不明だった。
生きているのか、死んでいるのかわからず、わかっているのは……騎士の父親が、家族と守るべき人達を置いて、街から出ていった事実。
その事実のせいで、キョウは臆病者の父親だと、ひどく嫌悪していた。まだ子供だったキョウは、その事で他の子ども達に石を投げられることもあったから、余計に。
「…そう、ですのね」
ミリアは悲しそうに目を伏せる。
たとえ逃げ出した臆病者だったとしても、キョウにそう思ってほしくなかった。キョウは騎士の父親を尊敬していたし、私も大好きだった。
「もう、許さないつもりですの? ずっと………」
「僕はあなたのように優しい人間じゃないんです。……ミリア様、やめましょう。この話は」
家族を嫌うのは寂しいことだから、嫌ってほしくない。
そう思ったけど、やっぱりダメだ。私がそう願う事を押し付けるのは、きっと違うから。
何もできないのが、悔しくて歯痒かった。
「…ごめんなさい」
ミリアは落ち込んだように呟くと、キョウは寂しそうに笑いかけた。
「そんな顔なさらないで下さい、もう終わったことです。……そうだ、最近近くのケーキ屋で新メニューが出たとか。僕にも付き合っていただけませんか?」
「…わかりましたわ」
そういえば、キョウは甘いものが好きだった。ルイールにいた時は月一くらいでお菓子を持ってきてくれ、お姉様やジョージと皆で食べたりした。
寂しい時や悲しい時は、甘いものが一番かもしれない。
「久々ですわ、あの店のケーキ」
「ミリア様はいつものチョコケーキですか?」
「うーん、そうですわね…今月のオススメは何ですの?」
少しわくわくしつつキョウと会話する。やっぱりキョウもケーキが好きなので、楽しそうだ。
「えーと、確かモンブランだったとか……」
「ううん、モンブラン……モンブランも捨て難いですわね……」
何のケーキを食べようか、悩みながら公園の横を通り過ぎようとしたその時――――
「……こうして、オラモトムは仲間を引き連れて、鬼たちを退治したのでした。おしまい」
聞き覚えのある声が聞こえ、ミリアは公園の方を見た。リコリスがスケッチブックのようなものを持って、子供を集めて何か話していた。
「あれは………」
「さぁさ、それじゃあ1人50ドル。この箱によろしく!」
「はーい」
リコリスがスケッチブックを置いて箱を差し出すと、子供達がそこに集まって小銭を入れていった。
「みんなありがとねー」
「お姉さん、僕20ドルしか持ってない……」
「あれれー? ポケットの中重そうだけど」
「ちぇっ、はい50ドル」
「まいどー」
上機嫌に子供たちから小銭を徴収しているリコリスに、ミリアは半目になって近付いた。
「何してますの、リコリス」
「あ、ミリア、隊長さんも」
「これは……紙芝居か?」
キョウがスケッチブックを拾おうとするが、リコリスはばっと取り上げる。
「ダメダメ! これは商売道具。中身が知りたかったら聞かせてあげるけど」
「あなた紙芝居でもお金稼いでますの?」
「タイムイズマネーってやつさ」
リコリスはウインクし、笑顔で子供全員から50ドルもらっている。…子供相手でもきっちりしてますわね。
「よかったらお二人さん、聞いてかないかい? "オラモトム"って話なんだけど」
「聞いたことないな、童話なのか?」
「そそっ、機関で見つけたんだけど、何百年も前からある古い童話なのさ」
「少し気になるが……ミリア様、どうしますか?」
キョウに聞かれ、ミリアは一瞬考えてから頷いた。…50ドルくらいなら
「そうですわね。私も気になりますし、せっかくですから…」
ミリアがそこまで言いかけた瞬間、ふと視界にリコリスの足元にある看板が目に入る。
"子供50ドル 大人50000ドル"と小さく書いてあった。
「どんなぼったくりですのよ!! ちょっとリコリス!」
まさかの1000倍の金額に、ミリアは看板を指差してリコリスに吠える。キョウも気付いたらしく一歩後退っていた。
「50000ドル!? 僕達からそんなに取ろうとしてたのか!」
「あ、バレた。でも仕方ないだろう? いい大人が子供と同じなわけないんだからさ、大人料金だよ」
「どんな大人料金だ! あとバレたって何だ、わざと黙っていたのか君は」
悪びれることなく頭に手を組むリコリスにキョウまでツッコミを入れる。
「いいじゃないかい、二人とも貴族で騎士だろう? 身内価格で30000ドルでいいからさー」
「逃げますわよキョウ」
「了解です」
「あ、ちょっとー!」
リコリスの静止の声を無視して、ミリアとキョウは走り去っていったのだった。
□■□
その頃―――ナキルは件のケーキ屋に来ていた。一日だけのバイトとして、騎士の人たちと一緒に門や建物の修復したり、おつかいなどの雑用をしていたのだ。
「あっ、ユグ」
「ん? 何だお前か」
店内で両手に大きい紙袋を下げたユグを見つけ、ナキルは手を振る。
「うわ、すごい量だな。全部自分の?」
「そんなわけあるか、半分だけだ」
ユグは右手をわずかに持ち上げる。……それも結構重そうだけど…まぁいいか、ユグ甘党だしな。
ナキルは思い直してショーケースを眺める。
「えっと、マドレーヌは…え、売り切れ!?」
「それは朝一で並ばないと手に入らんぞ。人気だからな」
ユグは悔しそうに顔を背ける。…手に入らなかったのかな、マドレーヌ。
「くっ…騎士団に用事がなければ買えたのだが……せめて5時に起きるべきだったか」
「俺騎士の人たちにマドレーヌ頼まれてたんだよな……朝で売り切れなら仕方ないかなぁ…」
ユグは心底悔しそうに口を引き結び、ナキルは苦い顔をする。…仕方ないか、マドレーヌはもしあればとの事だったし、代わりに何か買おう。
「じゃあな、俺は帰る」
ユグは悲しげに言い捨てると、店員のありがとうございましたーの声とともに立ち去った。ナキルはショーケースをもう一度見る。
「うーん……じゃシュークリーム下さい」
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