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~雨傘~   作者: 美鈴
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第8話 ~ひまわりの約束~ 3/8


「はあぁっ!」


 ルイールの裏門―――花畑のある海側の入り口では、ルイールの自警騎士団とユミルが鬼子の侵攻を防ぐべく戦っていた。

 現在裏門側では、狼のような巨大な犬のような鬼子と、ゴリラのような鬼子を騎士団とユミルが食い止めていた。

 だが、普通の鬼子ではなく、赤と黒の線が入り混じった仮面の鬼子―――魔鬼2体相手に騎士団は苦戦を強いられていた。

 正門側でも、巨鳥の魔鬼の侵攻をCOAと騎士団数人が協力して戦っている。…おそらく援軍は期待しないほうがいいだろう。

 ユミルは細剣―――レイピアを構えたまま疲労している騎士たちを横目で見る。


「怯まないで! ダメージは確実に入っているはず。あと少し頑張りましょう!」


「お、おおっ!」


 数人の騎士がゴリラの魔鬼に向かっていき、相手の死角から、ユミルは高く跳躍して仮面に向かう。


「はあぁぁぁっ!」


 仮面に鋭い突きを、蜂の巣にする様に十数回繰り返す。仮面にダメージを与えれば退避させられるはずだが……まだ足りないようだった。

 ゴリラの拳を空中で身を翻して躱す。ユミルは地面に降り立つと同時に、ゴリラの右足にレイピアを突き立てた。その時―――ゴリラの後頭部に剣が突き刺さった。


「ユミル様!」


「!」


 海側から駆け付けたキョウがゴリラの頭に飛び乗り、刺さった剣を凪ぎ払うように抜き去った。ゴリラは悲鳴を上げて半分斬られた頭を抱え込み、キョウは地面に降りてユミルの隣で剣を構える。


「遅くなりすみません!」


「ありがとうキョウ。ミリアとジョージは一緒?」


「さっきまでは。今は二人共安全なところにいます」


 早口で状況を説明する。ユミルは納得して軽く頷いた、その時―――ゴリラの魔鬼の体が光り始めた。


「え?」


 ゴリラだけではなく、巨犬の魔鬼も同じく光り始める。それから数秒後……何故か光とともに消え去った。ユミルは剣を下ろして眉をひそめる。


「…や、やった。やったぞ!」


「ユミル様! やりましたね」


「…え、ええそうね」


 何が起こったのかわからないが、確かに魔鬼の気配は消えていた。一体何が起こったのか………いや、それよりも今は


「まだ動ける人は怪我人の手当てを。キョウはミリア達のことお願いできる?」


「わかりました」


 同じ頃、正門側でも魔鬼が消え去っていた。こうしてルイールの危機は去ったのだった。




■□■




「…幸いにも、今回の一件で死傷者、重症者はおりません。怪我をした団員は皆治療を受けています」


 夕方、ユミルの執務室にてジョージ含むCOA、ミリアとキョウとユミルで報告会を行っていた。キョウは左胸に右拳を当て、机に座るユミルに向けて敬礼する。


「皆、大事に至らなくて良かったわ。COAの皆さんも、本当にありがとうございました」


「鬼子の退避も我々の任務です、お礼を言われるようなことではありません」


 ユグは首を振って答える。……謙虚に聞こえるが、どこかぶっきらぼうだな、ともジョージは思う。ユグが生真面目なだけなのかもしれないが。

 ユミルは机から立ち上がり、ユグを見る。


「鬼子、ではなく魔鬼ですね? ワーグナー班長」


「…ええ、そうですね。レグナムル卿もご存知でしたか」


 ユグは頷く。ユミルは考え込んだ様子で小さく俯く。そこで、ミリアが聞いた。


「そもそも、"魔鬼"というのは何ですの? 鬼子ではないの?」


「鬼子よりずっと強いモンスターだよ。鬼子のなれの果て、っていうか………」


「鬼子として、この生世界に長く留まることで変貌すると言われている。ただ途方も無い時間がかかるため、そこまで数は多くない」


「だから、今回みたいに魔鬼が何体も同時に出現するなんて普通あり得ないのさ」


 ミリアの疑問をユグとリコリスが答えている横で、ジョージは口元に手を当てる。………じゃあ500年鬼子として存在したルシエルだって危なかったのでは……


"前にユグが言ってたろ? 鬼子は悪意の強さに比例して進行するってさ"


「(……確かに、ルシエルから悪意はあまり感じないけど……)」


 ジョージが思案している横で、ユグはユミルに向き直る。


「レグナムル卿、私はあの魔鬼が消える時、光が真上の空ではない、どこかに飛んでいくのを見ました」


「…私も見ました、普通鬼子が死世界に送られるとき、真上の空へ消えていくはず。なのに違う方向に光が飛んだということは………」


 ユミルの言葉を受けて、今度はナキルが思いついたように顔を上げる。


「誰かが従えていた、のかな? 例えば幽鬼とか」


「…魔鬼を従えるなど考えられんが、一理あるだろう。サジェスは従鬼術の研究をしているからな」


「それに私、この街で幽鬼の女性と会いましたわ。きっとそうですわよ」


 ユグの話に続けるようなミリアの言葉に、ユミルは唇を引き結ぶ。


「…魔鬼の出どころは、レグナムル家と騎士団の方でも探ってみます。報告は以上です。キョウ、団長に伝えてもらえるかしら」


「承知しました」


 キョウが一礼して答える。横でユグが口を開いた。


「レグナムル卿、今朝の話ですが…明日改めてよろしいでしょうか」


 今朝の話…多分お嬢をCOAで預かることを交渉していたのだろう。この様子だと途中で魔鬼が襲撃してきて、それどころじゃなくなったのか。


「……………………」


「お姉様?」


 ユミルは眉を寄せて、少し苦しげに黙る。ミリアは心配そうに、ユミルの手を握る。


「大丈夫? お姉様」


「……ワーグナー班長、少しお待ち下さい」


 ユミルは自分の手を握るミリアの手の上から、もう片方の手を重ねる。


「…あなたに、こんな危険な役回りをさせたくなかった」


 ユミルは顔を上げて、ミリアを真っ直ぐ見る。


「幽鬼が魔鬼を操り、この街に目をつけている以上、あなたがどこへ行っても危険であることが、良くわかったわ。

 私は、あなたの意見を全て却下してでもこの屋敷に帰ってこさせるつもりだった。だけれど状況が変わってしまった」


「…今朝はごめんなさいお姉様。私、酷いこと言って幽鬼に捕まってしまって………あまりにも、軽率でしたわ」


 ユミルは、ゆっくり首を振って答える。


「私こそ、あなたの言葉を全て否定するような言い方をしてしまったこと、謝るわ。ごめんなさい」


「そんな! お姉様は私を心配してくださったのでしょう?」


 ミリアは慌てて両手を振る。その様子に、ユミルは優しく微笑んだ。…やっぱり、この子は優しい子だわ。


「ワーグナー班長、当家の考えとしては妹を危険にさらすことを、良しとはしません。ですが、この街も危険であることがわかった以上、ミリアにとって安全なのは彼女を守る者たちが多くいる場所であると、私は考えます」


「…願ってもないお言葉です。COAで妹君を預かることであれば、我々が全力でお守りいたします。ですが、守るためには魔女の力について調べる必要があります」


 ユグはミリアに厳しい視線を投げかける。


「ミリア、君がCOAに来るならば、嫌がっていた検査はやはり受けてもらわなければならない。

 初めて魔女を対象とするのだ。もちろん、我々も慎重に進めて行く。そして、君を狙う者たちから、必ず君を守ると約束しよう」


「……わかりましたわ」


「受けるんだな? 本当に」


 ミリアは声に出さずに縦に首を振った。…覚悟を決めたようだ。


「あなたは、どうなのジョージ」


「俺? どうって…」


 ユミルの言葉が突然だったため、言葉に詰まる。


「私の判断でCOAに協力するようお願いしたけれど…もし嫌だったならいいのよ」


「そんなわけないでしょ。お嬢も行くんすから、なおさらCOAに行かせて下さい」


「……そうよね。あなたは、そういう人よね」


 ユミルは軽く息をつく。……何故だろうか、少し残念がっているように見えた。


"お前自身はどうなんだ、ってことじゃないか。ミリアが行くから、とかじゃなくさ"


「(どういう…いや、いい。あとで)」


 ルシエルに聞き返そうとしたが、今は報告会の途中だ。後回しにしよう。


"ちぇっ、後回しかよー。じゃあ宿題だ"


「(宿題?)」


"お前が旅に付き合う理由だよ。ミリアの付き人だから以外のな"


 ルシエルが楽しそうに笑っている気がする。……何を面倒な事を。


"ミリアだって旅する理由があるんだから、お前だって見つけろよ。出立までにな! じゃ"


 一方的に言われ、ルシエルの声の気配が遠ざかっていった。


「ジョージ?」


「ん、あぁ」


「聞いてまして?」


 ルシエルと話していたため聞いておらず、誤魔化すように苦く笑う。ミリアは呆れたように息をついた。


「出立は明後日、よろしくて?」


「明日一日、二人は里帰り満喫しなよ。いつ帰ってこれるかわかんないんだし」


 リコリスはニコッと笑い、ジョージは頷いた。


「了解っす」


 明後日までに、旅の理由、か。


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