第8話 ~ひまわりの約束~ 2/8
「あのさ、さっきの続きだけどさ」
「続き? 何の?」
ジルへ黙祷をしていたアイリスは、ルシエルに聞き返す。シュレイヤもルシエルへ視線を向ける。
「ほら、村に帰れって言ってた……」
「あぁ……それが?」
シュレイヤが聞き返すと、ルシエルは楽しそうに笑って両手を腰に当て、話を続けた。
「旅しようぜ、俺達3人で!」
「………はぁ?」
予想外の提案に、シュレイヤは一泊置いてから間の抜けた声で聞き返す。アイリスも首を傾げた。
「だから、旅だよ旅! きっと楽しいぜ」
「旅って……旅行出来るほど、恵まれた世界じゃないと思うわよ。人もいないし、どこを観光するのよ」
「ちょっと聖地まで!」
ちょっと近所の畑まで、のようなテンションでとんでもないことを言うルシエル。その頭をシュレイヤは思わずスパーンと平手打ちした。
聖地の伝説―――どこにあるのか、本当にあるのかすらわからない、神が住む地。たどり着いた者の願いを叶える夢の地。
シュレイヤはため息を吐いて苦言を呈した。
「それは、ただのお伽噺だろう。何人も目指したが、誰もその場所が何なのかわからない。」
「だったらあるかもしれないだろー? 行ってみる価値はあるさ」
「あると思ってるのか?」
「わかんねぇ!」
こいつ……とシュレイヤは半目になった。何の根拠があって聖地を目指すつもりなのかこいつは。
しかし、アイリスは横で考え込んでいた。
「まぁ、悪くないかもね」
「アイリス?」
「だって、このままあの村の辺境で一生終えるぐらいなら、あるかもしれない聖地を目指して、旅してみてもいいんじゃない? 私はその話乗った」
よっしゃー、と嬉しそうにガッツポーズしているルシエル。それから、アイリスと一緒になってシュレイヤに視線を向ける。
「一緒に行こうぜ、シュレイヤ! キャンプファイヤーとかやり放題だぜ! フォークダンスしよう!」
「そこは興味ない。お前一人でやれ」
「私もやらないわ。でもシュレイヤ…一緒に聖地に行きましょう?」
アイリスはシュレイヤに近付き、見上げる。
「もし本当に聖地にたどり着いたら、この世界を変えられるかもしれない。ジルみたいに理不尽に殺される子も、きっといなくなる」
シュレイヤは言葉に詰まる。…聖地に辿り着けば、願いが叶う。確かに、伝説ではその通りだ。
「ジル……………」
ジルに、俺は何もしてやれなかった。だが、聖地で願えば忌み子の差別を、無くすことも出来るのかもしれない。
それは、ジルを護れなかったせめてもの罪滅しになるだろうか。
アイリスは不敵に微笑んで、手を差し出す。
「私達で、世界の要になりましょう」
その手を、シュレイヤはゆっくりと取ったのだった。
□■□
「…俺たちは、こうして旅立った」
ルシエルの言葉とともに、1000年前の彼らの光景が消え、元いた場所に戻る。ジョージは信じられない思いだった。…お伽噺として伝わっていることが、まさか本当に起こっているとは思ってなかった。
しかも、この男が本当にルシエルだったとは。
「あんたが始まりだったんすね。聖地のお伽話を信じて、旅を始めた」
「…信じたわけじゃないんだ。あの時の俺は、別に聖地が無くてもいいと思ってた。ただ世界の形を知りたかったんだ。俺たちはあの村で生まれて、嫌われて……その世界しか知らなかったから」
ルシエルは笑顔で両手を広げ、踊るように跳ねる。
「世界は広かった! アイリスとシュレイヤと一緒に旅をした記憶は、俺にとって大切な宝だよ」
あまりにも優しい顔で笑うものだから、こちらまで釣られて顔が綻びそうになる。それが何となく気まずくなり、ジョージは自分のコートを肩にかけているミリアへ視線を向ける。
「お嬢、今の話本だと………」
こんな内容なんすか、と聞こうとして止めた。
夢見る乙女の表情で目を輝かせていた。さっきから静かだと思っていたが、どうやら魔女の記憶を目の当たりにした感動を、じっくり噛み締めているようだった。
「あぁ……これが始まり………伝説の…」
ミリアはうっとりとした表情で頬に手を当てて、小さく呟く。ジョージは軽くミリアの目の前で手を振った。
「おーい、お嬢?」
「ロマンですわ! ええもう!」
ミリアは嬉しさのあまり涙を浮かべて、ルシエルの元へ駆け寄った。
「続きはどこにありますの? どこか掘ればまだありま、し……て……」
ここまで言いかけたとこで、ミリアは急激な立ちくらみに襲われた。フラッ、とよろめいたところで、ジョージが支える。
「お嬢、死にかけてたこと忘れねーでくださいよ。また倒れる気ですか」
「……うう、ごめんなさい」
ジョージは呆れたように諌め、ミリアは弱々しく謝る。そして力なく支えられながら、地面に座り込んだ。魔女の旅オタクの興奮と感動で元気になったように感じても、戦って溺れかけたのだ。体力は大分消耗していた。
「…そんな感動する話でもないと思うけどなぁ、そこまで………」
そんなミリアの様子を、ルシエルは苦く笑う。…確か旅の終わりは、3人で聖地に辿り着いてバラバラに別れる…という悲しいシナリオだった。そのことだろうか。
「…ルシエル、一つ気になることがあるんだけど」
「おう、何だ?」
「忌み子の差別、って何だ? 神殺しとは別か?」
銀髪赤眼のジルという少女が忌み子差別の末死ぬ。……よくわからない話だったので問うと、ルシエルから笑顔が消えた。
「銀髪で赤眼………出生や身分に関係なく、ただそう生まれた奴らが忌み子って呼ばれた。鬼のような恐ろしい見た目だってな。
神殺しとは別だよ。あれは1000年前じゃなく、500年前に生まれた思想だから」
「あぁ、そうだったっすね」
確かルシエルが神を殺したから、子孫が呪われたのだったか。
立ち寄った村の宿屋で聞いた話を、思い返す。すると、ルシエルは悲しそうな表情を浮かべる。
「神殺しの差別が始まった500年前から、忌み子差別の意識は薄れていった。古い村だとかはまだ残ってるけど、今の時代忌み子差別なんてほとんどない。
……皮肉だけど、差別は新しい差別によって無くなっていくのかもな」
「……そんなこと…」
ミリアはそこまで言いかけるが、ない、などと軽々しく口にすることは出来なかった。忌み子差別どころか、最近まで神殺しの一族だって私は知らなかったのに。
「なぁ二人共、俺はそろそろ戻るけど頼みがあるんだ」
「頼み?」
「探してほしい、今見つけた魔女の絵本のページを。きっと、旅の途中で見つけられるから………頼むぜ」
するとルシエルは光とともに消えていき、ジョージの元へ帰っていった。
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