第8話 ~ひまわりの約束~ 1/8
1000年前、世界は光に満ちていた。死んだ人は魂となり、世界を漂うただの光となっていた。
争い、差別。傲慢な人間は、そんな下らないことで傷つけ合い、殺し合い……結果、人口はおよそ数十人となった。
世界は光が彷徨い溢れ、人が消えようとしていた。今は、小さな村でそれぞれ身を寄せ合って生きているが、人の絶滅は時間の問題と思われた。
「ジルが………死んだ」
村の外れ、小さな廃屋からダークブラウンの短髪の男―――シュレイヤがフラリと現れる。
顔を深く俯け、長めのダークブラウンの前髪が、表情を隠している。ルシエルはその顔を見ることはできず、シュレイヤを慰めるように肩に手を添えた。
ジルは、シュレイヤの妹に当たる存在だった。だが、銀髪に赤い瞳を持つが故に、鬼の子………"忌み子"と、世界に嫌われ化け物と恐れられていた。何の力もない、ただの人間なのに。
長い赤毛を揺らす女―――アイリスは、そのシュレイヤの顔を見上げるように覗き込む。
「ただの風邪、だったわよね?」
「酷くなってしまって……医者は診察どころか、風邪薬すら売ってくれなかった」
「俺とシュレイヤで薬の材料集めてたんだけど………間に合わなかった、か」
ルシエルは悔しそうにごめん、と呟き、シュレイヤは首を振る。
銀髪赤眼というだけで、安い金額で買える薬も売ってくれない。人の絶滅が深刻なこの時代にすら、馬鹿げた差別意識は根深く、罪の無い子供を殺す。
村の外に出ようとすれば、仮面を付けた魔物が人を襲う。
ここままだと、世界は動物達のみが生き続け、人は彷徨う光となり果てるだろう。
「やっと死んだのか、忌々しい鬼の子が」
吐き捨てるように醜い台詞が聞こえ、見たくないがルシエルとアイリスは首を向ける。村の方から数人こちらにやってきた。
「これで少しは村も安全になるな、死んでくれてほっとしたよ」
「ふざけんな! お前らが薬を売ってくれなかったから、ジルは!」
シュレイヤは何も言わず、代わりにルシエルが吠える。薬さえあれば助かったのに、こいつらはわざと売らなかった。こいつらが殺したも同然だった。
「言っておくが、忌み子が死んだからと言って、お前達を村に入れるつもりはないからな」
「まぁだが、お前たち二人は忌み子ではないし、頭を下げれば考えてやらんでもない。村の人間一人一人に頭を下げれば考えてやろう。そこの忌み子の兄は駄目だがな」
ここまで聞いたところで、ルシエルは怒りの表情で拳を握り締めて歩き出した。しかし、アイリスが腕を掴み前に出る。
「アイリス…!?」
アイリスは村人たちの前で深く頭を下げた。その様子にルシエルは驚愕し、廃屋で項垂れていたシュレイヤも駆け寄った。村人たちは大笑いしている。
「ははははは! 素直だな! ほらどうした、お前も頭を…」
「大勢でしか私達のもとに来られないなんて可哀想に。ダニみたいに群れなきゃ噛みつけないのかしら」
「…あん?」
アイリスが頭を下げた体勢のまま、クスクス笑う。男達は聞き捨てならないセリフに苛立ちを募らせた。
「今何つった、小娘が」
一番前にいた男がドスの利いた声で聞き返すと、アイリスは顔を上げ、何てことないように不敵に微笑んだ。
「あら失礼、私素直だから思ったこと口に出しちゃうタイプなの。群れて少数を叩きのめさなきゃ自己満足出来ないお子様とか、私達よりいい場所にいる割には、ルシエルより息が臭いとか、つい口を滑らせちゃって。ごめんなさいね」
「なっ……な………」
「あぁそうそう、頭下げれば村に入れてくれるのでしたっけ。それで満足するなら下げてあげましょうか。あいにく私は大人だから、お子様の仲間入りはしないけど」
馬鹿にしたように笑いかけ、アイリスは村人の横を通り過ぎていく。マシンガンのような怒涛の悪口に村人達は呆け、ルシエルは「俺って…口臭かった?」とショックを受けつつ、小声でシュレイヤに聞いていた。
「ナメてんのかてめぇェェェェェェ!!」
怒りの興奮で顔を真っ赤にし、村人の一人がアイリスに殴りかかろうとする。しかしシュレイヤが背後から腕を掴み、足をかけて地面に引き倒した。
「くっ…」
「アイリスに手を出したら、頭下げても許さない」
それを見た他の村人達が臨戦体勢を取ると、ルシエルがそのうち一人に飛び蹴りして乱入してきた。
「てめぇら調子乗ってんじゃ………」
「止めとけよ。死にたくないなら」
「は?」
ルシエルの視線の先、アイリスの右腕にバチッ、と電気が走っている。
この世界でアイリスだけが持つ"魔法"の力。それがいつでも放てるように、右腕に帯電されている。
村人達はギョッ、と顔を青くし、ルシエルは真面目な顔で言い放った。
「二度と俺達に近づくな、次は警告しない」
「クソッ……おい行くぞ!」
村人達はわらわらと村の方へ逃げ帰っていった。その様子を見て、アイリスはため息を吐いて、帯電していた魔法を解除する。
「ちょっと、あなた達が来たせいで魔法撃てなかったじゃない」
「お前の魔法では奴らが死んでしまう」
「ちゃんと死なない程度に抑えるわよ。あんな連中、殺す価値もないけど、ジルのこと馬鹿にしてたんだから、少しくらい痛い目見せてもいいじゃない」
シュレイヤの言葉に、アイリスは不服そうに頬を膨らませる。すると、シュレイヤは少し俯いた。
「お前達は、村に戻れ」
「……またその話?」
「今回は本気で、だ」
アイリスはイラッとしたようにシュレイヤを睨む。これまで何度も、何度も言われてきた。私とルシエルは普通の人で、忌み子と関係ないから安全な村の中へ帰れと。何度断っても、シュレイヤはこの話を持ってくる。
「どうやらあなたは、私とルシエルをダニの仲間入りにさせたいみたいね。笑えない冗談だわ」
「外の世界はどうあっても危険が多い。お前たちまで死なれたら俺は………」
どちらも引き下がろうとしない応酬を続ける二人に、ルシエルはからっ、と笑う。
「どっちもお互いが心配なんだよなー仲良し仲良し」
「………なんなのよ、あなたはまったく」
アイリスは他人事のような、生ぬるい視線のルシエルの発言にイラッ、としたように口を掴んだ。
「へれんなっへ、はかひあふいはー」
「それ以上喋ったら口ねじり切るわよ」
「いだどどどどどど」
多分"照れるな"とか、そんな感じでからかわれているのがわかり、アイリスは口を掴む力を強めた。ルシエルは痛そうに降参、と両手を上げる。
「まぁ、まずは…さ。ジル、供養してやろうぜ。な、シュレイヤ」
ルシエルの言葉に、シュレイヤは一旦切られた話に息を吐いて頷いた。
「……あぁ、手伝ってくれるか」
それから、3人で手分けしながら埋葬の準備を行い、シュレイヤがジルを海の見える丘まで背負っていった。棺桶など気の利いたものは当然なく、埋葬のために掘った大きな穴の中に、ジルをそのまま寝かせる。
シュレイヤは苦しそうな表情で、ジルの顔にかかった銀色の髪の毛を丁寧に、ゆっくりと払った。
「苦しかっただろう、ジル。お前を護ってやれない、情けない兄で……すまなかった」
頬に触れて、冷え始めた体温を感じながら彼女の顔をしばらく見つめた後……シュレイヤは静かに離れ、アイリスとルシエルへ頷いた。
「ジル………」
「生まれ変わったら……またいつか会いましょう」
「だな。またいつか、な」
二人で持っていた花をジルに添える。それから掘り起こした土をかけ、木の枝で作った十字架を立てて、供養した。
.




