第7話 ~初代フラバース王の問い~ 8/8
"さっきの何だよ"
キョウの姿が見えなくなった頃、頭の中でルシエルに刺々しいトーンで問われ、ジョージは首を捻る。
「何のことっすか」
"とぼけるな、お前が俺を頼んなかったことだよ、海で死ぬとこだったんだぞ!"
「あー、あれ助かったっす。ありがとう」
心のない棒読みの感謝の言葉に、ルシエルは目の前にぼんやりと姿を現した。勢いよく襟を掴まれたが、実際には俺に触れることが出来ないようで、その感覚は無い。だが鋭い目つきと怒りの表情には迫力があった。
「お前ふざけんな、死にたいのか」
「……………………」
ルシエルは低く吐き捨てるように言い放ち、睨みつけてくる。…そういえば、前にも誰かに似たようなこと言われたな。死にたいわけないのに。
ジョージは不機嫌に肩をすくめて見せる。
「やだなーそんなわけないでしょ。頼んなかったのは………あの力を使いたくなかったからっすよ」
「どういうことだ?」
「…あんた、俺の子供の頃知ってるんだろ。あの力のせいでどんな目にあっていたかも、知ってるよな?」
「………それは…」
ルシエルが口ごもる。…やはり、心当たりがあるようだった。
あの力は、俺にとっては思い出したくない過去だった。
□■□
子供の頃―――暗殺組織に入るよりもずっと小さい頃、俺の周りで不思議なことが起こっていた。
突然化け物が現れ、近くに俺がいる。そんな状況が何度もあったが、俺にはその記憶が全く無い。
「おいこっちに来るな! 化け物が!」
「お前のせいで弟が怪我をした! どうしてくれる!」
「化け物なら化け物らしくどっかいけ!」
「あんなやつ、いっそ死ねばいいのに」
そのせいで、俺は意味もわからず化け物と周りから忌み嫌われていた。誰もその力について知る者もいなかったし、理解してくれるやつなんているわけなかった。……家族ですら。
「家に来ないで頂戴、ご飯なら外で食べな」
「あいつ、事故とかで死なないかな」
「あいつの家族ってだけで、俺たちの立場が悪くなる。疫病神が……」
思い出すだけで吐き気がする程、最悪の日々だった。
「あんな子、産まなければよかった」
□■□
「…その時のことは謝るよ」
「やっぱりあんただったのか。あれ何なんだ」
「魔鬼の力なんだ。魔鬼ってのは……鬼子の中でも強い鬼子って感じ。
…あの力、俺にも制御出来なくて…お前が子供の時、上手く制御するために何度か使って練習してた」
「……………!」
言葉にならない怒りがこみ上げてくる。思わず殴りそうになるが……それはしなかった。
「殴ってもいいんだぜ」
「……やめておく。考えてみれば、全部あんたのせいってわけじゃない」
あの村は異端を排除する気風が強く、意味のわからない古いしきたりだとかを大事にしていた。魔鬼の力とやらがなくても、心のどこかで反発していた俺は元々馴染めていなかったし……あんな村の一員なんて死んでも嫌だった。
「まぁ、どっちにしろ触れないし殴れないけどな」
「……やっぱ殴っていいか? 腹立つ」
ニカッ、と笑うルシエルが何となく腹立たしくなり、ジョージは拳だけ構える。
「でもジョージ、俺はお前に死んでほしくないんだよ。魔鬼の力に頼ってでも生きてほしい」
「死んだって、その時はその時だろ。運が悪ければ仕方ない」
「そうかもしんないけどさぁ……お前が死んだら悲しむやつ結構いると思うぞ。ミリアとか。だから……なるべく諦めたりすんなよな」
「…ま、そうそう死なないだろ。多分」
楽観的にそう答えると、うう…と小さな呻き声が聞こえた。振り向くと、お嬢が目を開けて体を起こしていた。
「お嬢! 目を……あ、無理しないで下さい」
「………ジョージ…」
ミリアはジョージの顔を見ると、泣きそうな顔でガバッと抱きついた。
「お、お嬢…?」
「よかったぁ………死んじゃ……ズッ、死んじゃうかと、思いました………無事で良かったぁ……!」
「………死にそうだったの、お嬢の方なんすけど…」
「心配かけんじゃありませんわよ!」
「あいたたた……」
ミリアが胸辺りを殴ってくる。心配かけたのもお嬢であるが、涙目の彼女にそんなこと言えず、黙って殴られていた。…無事で良かった、本当に。
「だから言っただろ。お前が死んだら悲しむやつがいるって」
「ひゃっ!?」
柔らかく笑っているルシエルの声に、ミリアは驚いて振り向いた。
「あ、あなた誰ですの? いつの間に……」
「俺ルシエル! ジョージの心に間借りしてる」
「ルシエル? 魔女の旅の!?」
ミリアは目を全力で見開いていた。……そういえば、俺も気になっていたんだった。
「あんた、本当にルシエルなのか? 初代フラバース王って聞いたけど」
「……ここだな」
ルシエルは崖沿いに一本だけ立っている樹を見上げて、手招きした。
「ジョージ、ここの根元掘ってみ。俺掘れないから」
「質問に答えろよ」
「ここに答えが多分ある。掘ってみろって」
「…………………」
有無を言わせず地面を指し示すルシエルに根負けして、ジョージは手で土を掘った。地面は柔らかく、すぐに何か固いものが見えてきた。
取り出してみると、それは金属製の小さな箱だった。
「なんだこれ、これが答え?」
「ああ」
ルシエルは優しい顔付きで、愛おしそうに箱を撫でる。その様子にミリアは息を呑んだ。……アリアに魔女の旅の小説本を見せたときのことを思い出したのだ。愛おしそうな目が、何だか似ている気がした。
ジョージが箱を開けると、中には文字が書かれた紙と色鉛筆で描かれた絵が数枚入っていた。
「これは……」
"またここにいたのか"
突然聞こえた男の声に視線を上げると、見知らぬ茶髪の男が、座り込んでいる赤毛の女に声をかけている。しかも、今まで黄色い花畑にいたはずなのに、荒原のような枯れた大地に風景が変わっていた。お嬢もその状況に戸惑っている。
"枯れてしまったか"
"水あげてたんだけど……残念ね"
赤毛の女は目を伏せて、枯れてしまった花にいたわるように触れた。…いや、待て待て。
「おいルシエル、これはなんだ?」
ルシエルもまだ近くにおり、ジョージは聞いた。するとルシエルはニカッと笑う。
「1000年前の記憶さ。ジョージが持ってるそれは、魔女の絵本の一部。そしてこいつらは……アイリスとシュレイヤ」
「…1000年前の記憶?」
「この二人が、アイリスとシュレイヤですって…?」
横で聞いていたミリアも驚きの表情を浮かべる。さっきの魔女の絵本のページが見せている記憶……とかそういうことだろうか。
「とにかく見てくれるか、俺達の旅の始まりを」
ルシエルがアイリスとシュレイヤを指し示し、ジョージとミリアはその光景を見守ることにしたのだった。
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ルイール編、一話で収まらなかったので続きます!
ちなみに、人は水の中で黙ってじっとしていれば2、3分は息を止めてられるみたいですね。そこから意識を失うまで1分。
幸か不幸か麻痺で動けなかったミリアが軽症ですんだのはそのため……ということです。
評価、ブックマークありがとうございます!次回もよろしくお願いします。




