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~雨傘~   作者: 美鈴
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第7話 ~初代フラバース王の問い~ 7/8


「はぁっ…はぁ……うっ」


「ジョージ! 大丈夫か!?」


 キョウはジョージに駆け寄る。顔が青く、気持ち悪そうに口を手で塞いでいる。


「気持ち悪いのか?」


「…っ、だ、大丈夫っす」


 ジョージは疲労困憊の様子でゆっくり立ち上がると、深呼吸してミリアの落ちた崖の方を見る。


「行かないと」


「待て、僕が行く」


「怪我人が何言ってんすか、これ持ってて下さい。あとあればロープとか」


 着ていた黒いコートと、2本ある双剣のうちの1本をキョウへ投げ渡し、ジョージは崖から海へ飛び込んだ。

 ……情けない、結局僕は鬼子の退避も、ミリア様の護衛も、何一つ出来ていない。


「何をやってるんだ、僕は……っ!」 


 嫌味のように痛む脇腹を押さえ、苦虫を潰したように顔を歪めた。

 その後ろから、若い騎士団の人間が走ってきたのだった。


「キョウ隊長! 大変です!」




□■□




 何をやってるんだ俺は。ああ腹が立つ!


 ミリアを探しに海中を潜るジョージは視界の悪い中、目を凝らして捜索していた。肺に止めている息と腹に湧き上がる憎々しさが混ざりあって気持ち悪い。

 幽鬼がいるかもしれない街で、お嬢を一人にしてしまった事も、ソンティの魔法に手も足も出なかった事も、本当に嫌になる!

 ルシエルがいなければやられていたかもしれない。


「(…いや、余計な事考えてる場合じゃない)」


 一刻も早くお嬢を見つけないと。お嬢を死なせるわけにはいかない。絶対に。

 どこまで沈んだのか、潜ってから一分弱経った頃…顔のすぐ横で不自然な泡が浮かび上がっていった。その先をよく見ると、今もなお沈み続けているミリアが見えた。


「(いた!)」


 ジョージは気を失っているミリアを抱えて水面に向かおうとする……が、ミリアの着ているドレスが水を吸っているためか異常に重く、浮上出来なかった。……くそ、だから沈み続けていたのか。

 手早く上半身のいくつかのパーツと布、あと一番重いスカートの外側部分だけ取り外し、少し軽くなったミリアを抱えてジョージは浮上した。

 …潜るより浮かぶ方が早いが、お嬢を抱えているなら帰りも一分くらいかかるはず。…結構苦しいな。


"少し手伝おうか?"


「(…うるさい)」


"このままだと、お前まで溺れるぞ。二人で沈みたいのか?"


「(……………………)」


"なぁ、ジョージ……"


 頭に聞こえるルシエルの言葉を無視する。…嫌だった、さっきの力を使うのは。

 ゴポッ、と苦しさから少し息を吐いてしまい、手で口元を押さえて水面に向かう。…あと10メートルくらい、ギリギリなんとか……


"ジョージ!"


「!?」


 瞬間、小型のサメのような野生のモンスターが突進してきた。咄嗟にミリアを庇い抱き、背中に重い衝撃が走る。歯を食いしばって耐え、ジョージは片手でミリアの腰を抱えて一本だけ持ってきた剣を逆手に持つ。


「ーーーっ!」


 サメのモンスターは食べようと大口を開けて突進してくる……が、ジョージはその瞬間、口から大きく斬り裂いた。サメが大量の血を纏って沈んでいく。

 しかし、同時にジョージも攻撃の反動で、わずかに残っていた息を吐き出してしまった。


「(苦しい…限界、か…)」


 水面まであと少しだったんだけどな……運が悪かった。まだ残っている力で、お嬢だけでも水面まで放り投げれば助かるだろうか。服も軽くしたから浮くだろう、それにキョウさんが気付いてくれるはず……


"あーもう! 何言ってんだよ!"


 霞む意識の中でルシエルの声が聞こえた瞬間、一瞬だけ眠った感覚になる。それから足元に水流が巻き起こり、一気に浮上した。


「!」


 ルシエルが先程の魔鬼と呼ばれるモンスターを呼び、下から水流を起こしたのだ。

 ジョージとミリアは海面の外へ脱出し、水流の勢いが強かったためか、元いた崖の上の花畑までふっ飛ばされた。


「うわっ!?」


 海面を覗いて待っていたキョウは驚き、すぐさまミリアに駆け寄った。ミリアは気絶しているが、まだ意識があったジョージは飲んだ海水を自力で吐き出す。


「ゴボッ! ゴホッ、ゲホ! ……キョ、キョウさっ……お嬢は…?」


「……浅いが息している。失礼します!」


 キョウはミリアを仰向けにして鼻を塞ぎ、顎を軽く持ち上げて人工呼吸を行った。

 それを2、3度繰り返した頃……ミリアの胸が僅かに膨らみ、小さく咳をしたのが聞こえた。


「ゴホッ……!」


「お嬢!」


 ミリアは激しく咳き込み始め、海水を吐き出した。苦しそうではあるが、自力で呼吸も出来ており、心臓もちゃんと動いている。


「よ…よかった……」


「キョウさんのおかげっす。ほんと助かりました」


「何を言ってる、君がミリア様を海から引き上げてくれたからだ。感謝するよジョージ」


 ジョージはミリアの背中をさすり、キョウは本当に安心したように長く息を吐いた。




■□■




 ミリアが海水を全部吐き出し、少し落ち着いた頃…ジョージは眠っているミリアに投げ捨てていた自分のコートをかけた。

 旅の間、ドレスを着る手伝いをするメイドはいなかったし俺も出来ないので、お嬢は勝手にコルセットや動きづらくなる部品を外しており、今日もその格好だった。

 それを差し引いてもドレスは布が多く、重くなるパーツが多い。いくつかパーツを外してスカート部分を取っても、まだ何枚も薄いワンピースなどの服を着ている。しかも冷たい水を多く含んでいるとなれば……きっと寒いだろう。

 少し服絞っておくかと思い、ジョージはワンピースの裾部分から水を絞り始める。

 すると、キョウが口を開いた。


「……ジョージ、あの鬼子の説明を聞きたいとこなんだが…」


「…あー、あれは……」


「いや、後でいい。実は今、街が幽鬼に襲われているらしいんだ」


「えっ?」


 先程、ジョージが海に飛び込んだあと、騎士団の人間がやって来て伝えたのは、強力な鬼子が何体も現れ、騎士団とレグナムル家、ユグ達COAが戦っているとのことだった。


「僕は行かないと。君はミリア様に付いててくれ、ここの方が街より安全だろう」


「大丈夫っすか、キョウさん。怪我してるでしょ」


「心配ないさ、応急処置はした」


 よく見ると、キョウの脇腹と腕に布が巻いてあった。そしてキョウは剣を取り、行ってくる、と言い走っていった。


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