第7話 ~初代フラバース王の問い~ 6/8
「お嬢!」
ミリアが突き落とされたのを目の当たりにしたジョージは、必死に体を動かそうと力を入れる。
「ぐっ………ううう!」
ビキッ、と固くなった体が本当に動かない。こんな魔法かけられたまま海に突き落とされて大丈夫なはずがない。早くしないとお嬢が死ぬ。
早く、早く! 急げ!
「キャハハハ、無理無理。あんた魔法に弱いもん。動けるわけ無いでしょー」
「……お前!」
「うっわ、怖い顔ー。殺したい? 私の事。あの女が溺れ死ぬ前に殺せるといいわねー」
殺意湧くかん高い耳障りな笑い声で、ソンティは見下ろしてくる。だがキョウもこちらに来れそうになく、自分も動けない。どうにもならない、どうすれば…
"ジョージ、聞こえるか!"
「…!?」
頭の中で声がする。その瞬間―――ソンティの動きが止まった。
ソンティだけじゃない、騎士の鬼子とキョウも、剣を振りかぶったまま動かない。
"焦らなくていい、ジョージ! 頼む、聞いてくれ!"
「…聞こえてる」
"ああよかった! ちょっと待っててくれよ"
先程までミリアのところまで案内していた男の声に、焦りに動揺していた頭が冷静になる。
「よっ…と」
目の前にスポーツ刈りのような髪型の、茶髪の青年が突然現れる。…さっきから道案内していたのはこいつか。
「そうそう、やっぱ聞こえてたんだな。よかったー!」
「…俺の思ってることがわかるのか?」
「一緒にいたからな! 子供の頃からずっと」
両腰に両拳を当ててガハハーと快活に笑う。が、すぐに真面目な顔になった。
「ミリア、助けるぞ。俺の力を貸すからさ」
「あんた、何者だ?」
「答える前に、聞かせてくれるか? ジョージ、お前がなぜミリアを助けたいのか」
男は地面に膝をついてる俺に、目線を合わせるようにしゃがみ聞いてきた。
「お前は貴族が嫌いだろ。世界に、暗い部分が存在することすら知らない、脳天気なお嬢様。ミリアは、お前から一番かけ離れた世界にいる子だ。
そんな彼女を助けたいと思っているのは、ただ付き人だから、ってだけなのか?」
「………………………」
なぜ今こんな事を聞いてくるのかよくわからないが、男は笑顔で、なのに真剣だった。……なぜ助けたいか、か。
追われていた俺を助けた、俺を守ると言った、俺にわがまま言うよう約束した、魔女となり逆境に立ち向かう不屈の精神、一人で立つため姉の殻を破ろうとする。
思いつくことはあるが、どれが理由だとかはない。多分、お嬢は俺にとって…
「光、なんだ。きっと」
「うん」
「お嬢に、俺は救われた。あの人が暗い場所から俺を引っ張ってくれた」
クロバナも、お嬢も、俺を救ってくれた。クロバナはもう会えないかもしれないけど……お嬢まで失いたくはない。
「大切なんだな。ミリアが光、か」
男は柔らかく笑う。何者かわからないが、人好きのする屈託のない笑顔だった。
「助ける理由として十分だ! じゃあ一瞬借りるぜ」
「借りる?」
「一瞬だけ、お前の意識を借りるってこと」
男はスッ、と近付き消えていった。意識が薄れていくのを感じ始めると、あ、忘れてた、と男が呟いた気がした。
「俺の名前はルシエル、アイリスとシュレイヤの仲間だ!」
「…え!?」
まさか、初代フラバース王? こいつが!?
聞き返そうとするが、その前に意識が途切れてしまい聞けなかった。
□■□
ミリアが崖から突き落とされたのを横目に、キョウは急いで向かおうとする。が、鬼子の剣がそれを許さず、両刃の剣で押し込まれていた。
「ぐっ…この、どけ!」
キョウは鬼子の剣を力づくで薙ぎ払って崖へと走り出す。その背に、鬼子が剣を振りおろした。
攻撃を読んでいたキョウは振り向き様に剣で防ぐ……が、異様に軽い一撃だった。
「(フェイク!)」
振り向いた勢いに体が流されてしまい、鬼子はその隙を逃さず刃を返して斜め上へ斬りつける。キョウは咄嗟に体の流れた方へ地面を転がったが、左脇腹を斬られてしまった。
痛みに歯を食いしばって耐え、鬼子の追撃を受け止められるよう片膝付いて剣を構える。
「(どういうことだ……)」
鬼子の追撃を受け止め、もう一度よく見る。
剣の構え方、踏み込み、どれも僕達騎士団とよく似ていた。何故鬼子が人の騎士の剣術を知っている?
いや、知っているどころじゃない。技のキレも速さも他の騎士とは比べ物にならない。
ジョージも動けずに、あの魔道士の女にやられそうだし、こんなやつに手こずってる場合じゃ…………
「なっ、ナイト!」
急にソンティが焦ったように呼ぶと、鬼子はすぐさま駆けつけた。その瞬間―――ソンティを護るように立った鬼子は"何か"に引き裂かれた。
「はあ!?」
「これは………」
引き裂かれた鬼子が消滅し、ソンティの元へ戻る。キョウは目の前の光景に呆然としてしまった。
フラリと脱力したような不安定な姿勢でジョージが立ち上がると、その背後に巨大な人のようなモンスターのような、二本足の鬼子がうっすらと現れた。
「う、うそ……あり得ない」
ソンティはジョージの後ろにいる鬼子を見上げて顔を青褪める。普通の鬼子の白一色の仮面とは違う、赤と黒のラインが複雑に絡むように刻まれた仮面。プレッシャーだけで押しつぶされそうな禍々しい闘気。間違いない。
「何であんたが"魔鬼"を従えてるのよ………」
「グゥオォォォォォ!!」
「…っ!」
その咆哮によるプレッシャーにソンティはおろか、少し離れた位置にいるキョウまでも動けなかった。呆然としているソンティの目の前で、魔鬼と呼ばれたモンスターは手にしていた巨木のような棍棒で横薙ぎした。
「まっ、待てジョージ!」
あれではソンティを粉砕してしまう。殺したら素性がわからない。
キョウは焦りでどもって声を上げるが、魔鬼は棍棒を振り抜いた。……が、それは空を切り、強い風圧を起こしただけで終わった。
「くっ……」
「何やってるの。あなた達」
棒立ちだったソンティを抱え棍棒の攻撃を避けたのは、先程公園で寝ていた長い黒髪の少女―――サオリだった。気絶したソンティを抱えて、キョウの前に立ち見上げる。
「お前は…!」
「何であの人あんなことになってるの? ねぇソンティ……寝てるし」
サオリは面倒くさそうな顔になるとソンティを抱え直し、じゃ、と軽く手を振り、走り去った。
「おい!」
「追いかけるより、その人なんとかしたら?」
一瞬追おうとしてから、キョウは舌打ちする。今はジョージだけじゃない、ミリア様も危険だ。
「…っ、ジョージ! 起き、ろ…?」
振り返ると、いつの間にか魔鬼がいなくなっており、ジョージが蹲っているだけだった。
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