第7話 ~初代フラバース王の問い~ 5/8
頭に響く声を頼りに、ジョージとキョウはミリアのもとに向かう。…何故だろうか、知らない奴の声なのに聞いたことがある気がするのは。
「ここって……」
走っている道に、ジョージは見覚えがあった。以前、お嬢に夜連れてこられた花畑への道だ。たどり着くと、少し離れたところから、かすかに話し声が聞こえた。
「! お嬢の声だ」
「行くぞ」
キョウと二人で背の高い花達を掻き分けていくと、開けた場所に出た。海に面した崖に囲まれた場所で、芝生と小さな花の咲く地面に倒れ込むミリアと、茶髪のツインテールを揺らす見知らぬ女がおり、その女は身の丈ほどある杖の先を当てていた。
その杖から発せられている弱い電撃のようなものが、ミリアにまで伝っている。何らかの魔法をかけられているようだった。
「お嬢!」「ミリア様!」
女がこちらに気付いたと同時に、ジョージとキョウは各々武器を構えて走り出す。女は即座に杖の先端をミリアから離し、彼女の肩に杖を突き立てた。
「ぐうっ……!」
「"旋風切り裂け邪魔者消えろ! エアスラッシャー!"」
ミリアが痛みに呻き、女が詠唱すると、杖から緑色の突風が吹いた。ジョージとキョウは各々手にした剣で受け流し、足を止める。
「邪魔しないでくれるー? 今いいとこなんだから、さ!」
「きゃあぁぁぁ!」
「おいやめろ!」
女は今の風の魔法をミリアへ放ち、体中切り裂く。体が麻痺しているらしく傷を抑えることも出来ずに、ミリアは痛みに耐えている。ジョージは頭に血が昇るのを感じ、双剣を手に走り出そうとするが、女に杖を突きつけられる。
「だったら近づかないで! こいつに痛い目見せたくないならね」
「!」
「落ち着けジョージ。……貴様がソンティだな? ミリア様をどうする気だ!」
「あら、よく知ってるわね。サオリに会ったのかしら? ったく、あたしが迎えに行った時はいなかったくせに………」
女ーーーソンティは、肩にかかるツインテールを指に巻き付けて愚痴る。それから皮肉っぽい笑みを浮かべる。
「どうもしないわよ、別に。ムカつくことに魔女を殺す任務は取り下げられたからね。
だから、い・や・が・ら・せ」
「何…!?」
「いいじゃない別にー。死ぬわけじゃないんだからさ。
…本当はぶっ殺してやりたいのよ。こんな弱っちい奴のせいで、私の家族は………」
ソンティの表情は笑っているが、目が笑っていない。強い憎しみを感じるような暗い目だった。
「…ところでさ、あんたら魔女の絵本のページ持ってない?」
「なんだ、それは」
「こいつ、知らないしか言わないんだもの。それ渡してくれるなら、この女返してあげる」
先程の暗い表情から不敵な笑顔に変わり、ソンティは聞いてきた。しかし、ジョージは何の話かわからず、キョウを見てみても首を振られてしまった。
「そんなもの知らない」
「嘘つかないで、魔女と一緒にいるくせに知らないわけないでしょ」
「…っ、知り、ませんわよ……うっ!」
ソンティは苛立つように、ミリアの背に杖を強く突き立て、冷たく見下ろす。
「あんたなんかに聞いてない、勝手に喋んな!」
その瞬間ーーージョージはソンティまで大きく跳ぶように近付き、ミリアに突き立てている杖をダガーナイフで払った。バランスを崩したソンティに、ジョージは杖を払った勢いを殺さずに、頭目掛けて回し蹴りを入れる。
「ぐぁっ…!」
ソンティは躱しきれずに蹴り飛ばされる。地面を転がり、すぐに体勢を立て直して杖を構えた。
「なめんな! "ムカつく奴ら全て焼き……」
「させるか!」
「! この…!」
背後から近付いていたキョウが、ソンティを後ろから羽交い締めする。ソンティは暴れてもがくが、キョウの腕から抜け出せない。
「ほんと腹立つあんたら! 離せ!」
「ジョージ!」
「わかってる!」
ジョージはすぐさまミリアに駆け寄り、ソンティから護るように背に庇う。その時ーーーソンティがバタバタ暴れる事を止めた。
「来て、ナイト!」
「!」
その時ーーーキョウの頭上から剣を下突きに構えた騎士の姿をした鬼子が降ってきた。キョウは寸でのところで剣を避けようとするが、躱しきれずに右上腕を斬られる。
「鬼子…! キョウさん! 仮面を…」
「"フレイムショット"!」
ソンティは直径3メートル程の巨大な火球を撃ち出し、ジョージはミリアを抱えて横に飛ぶ。
その背後には…いつの間にかソンティが杖を振りかぶっていた。
「!?」
瞬間移動でもしたような速さに驚き、振り向いたその瞬間、ガツンと杖を頭目掛けて振り抜かれ、ジョージは体勢を崩した。
「"血に巡る痺れ鎖…"ブラッディポイズ"!」
「う……!」
反撃するより前にソンティの詠唱が終わり、ジョージはミリアと同じ麻痺魔法によって膝を付く。
「あっぶなー、風魔法でスピード上げといてよかったわー」
さっきの瞬間移動は、風魔法を使ったのか…しくじった。
ジョージは舌打ちして体を動かしてみようとするが、石のように固い。ソンティはニヤッと笑ってジョージに近付く。
「さあて、どうしてくれようかし、ら!」
ソンティは杖を地面に突き立てた瞬間、麻痺が解けて背後から傘を振りかぶっていたミリアに、再び麻痺魔法がかけられた。
「ううっ…!」
「お嬢!」
「バレバレよ、間抜けが!」
ソンティの背後で、ミリアはドサッと倒れる。その後ろでキョウが召喚されてきた騎士の鬼子ーーーナイトと剣をぶつけ合っていた。
「ジョージ! ミリア様! くそっ、どけ!」
キョウはナイトを躱してこちらに来ようとしているが、押されている。あの鬼子、騎士というだけあってか剣術に優れている。
そして、身動きが取れなくなったミリアの頭を、ソンティは杖で軽く突付いた。
「あんたほんとに魔女ー? 魔法に弱すぎでしょ、そこの男もそうだけど」
「あんた、魔女になんの恨みが…?」
ジョージの問いに、ソンティはミリアに杖を当てたまま振り返る。
「あたしの家は……魔女を隠すために死ぬ家だった」
「…魔女を、隠す?」
「自ら魔女を名乗り、魔女の脅威から魔女を護る。そして死んでも、その子孫たちが意思を継ぐ……そんなふざけた思想を持った家の一つが……私の生まれたケーシー家だったわけ」
吐き捨てるように言い放つとソンティは目をつり上げ、杖の先をミリアの背中にグリグリと力強く突き刺した。痛そうにミリアが呻く。
「私の親は魔女だと思われて幽鬼に殺された! こいつのせいで死んだのよ! 私は! あんたを、絶対許さないんだから!」
ヒステリック気味にそう叫んで息を切らせる。少し落ち着かせると、ソンティはくるっと笑顔に変わり、ミリアの襟を掴んで引き摺った。
「いいこと思い付いた」
「ま、待て!」
「ここから落ちたら助かるかしら? 魔女だもの、魔法は得意でしょ?」
ソンティは口端を上げて、崖の端までミリアを引き摺り目下の海面を見下ろす。
「助かるといいわねー魔女様。殺すつもりはないから、頑張ってね。死んだらお気の毒だけど」
「おいよせ! お嬢!」
「止めたいならせいぜい頑張んなさいよ。だらしない付き人」
「あんた、幽鬼に親殺されたんだろ。じゃあお嬢を憎むのは筋違いだろうが!」
「がたがたうるさいわね! 次はあんたなんだから黙んなさい!」
ジョージの言葉に苛立つように、ソンティは言い返す。すると、ミリアが苦しそうに顔をゆっくり上げた。
「なんで幽鬼にいますの……?」
「……………」
「ご両親の仇、でもあるのに……なぜ、あなたは幽鬼に」
ミリアが声を掠れさせて聞くと、ソンティは数秒、無表情でミリアを見下ろしてから、しゃがんで目線を合わせる。
「おしえなーい、さよなら」
笑顔で楽しそうに返答すると、ソンティはミリアを崖下の海へ突き落とした。
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