第7話 ~初代フラバース王の問い~ 4/8
屋敷を飛び出し、人通りの多い道を抜ける。ミリアは泣きそうな目を押さえて、鼻をすすりながら歩いていた。
「………はぁ………」
近くにあった公園のベンチに座ってため息を吐く。
反対されるのはわかってた。けど、聞く耳も持たないなんて悲しかった。まるで私の言葉が無駄だったみたいに。
でも、お姉様にバカって言ってしまった上、ジョージの呼び止める声まで無視してしまった。
「どうしましょう…………」
「あの!」
途方に暮れていると、見知らぬ女に腕を掴まれた。ミリアは驚いて振り返る。
「な、なんですの!?」
「あなたCOAの人ですよね!? お願い助けて!」
「助ける、って…………」
ミリアがやんわり腕を離すと、女は涙目で見つめる。ミリアとほぼ同じ背丈で、おそらく歳も同じぐらいだろうか。そして何より、キラキラ光って見える長い茶金髪のツインテールが印象的だった。
「お母様が変なモンスターに襲われてしまったの! 私と一緒に来て!」
「で、でも私………」
「早くしないとお母様が死んじゃうわ! お願い!」
女はぐいぐいと腕を引っ張り、ミリアは少し悩む。…お姉様もジョージも側にいない今、私がどうするか決めないと。
もし私が助けを呼びに行ってる間にこの人のお母様が死んでしまったら………それに私には傘もあるから、鬼子だとしても何とか倒せるはず。
「わかりました! どこにいるのですか?」
「こっちです!」
ミリアは女に手を引かれ、傘を握り締めて駆けていった。
□■□
騎士団から預かった物をユミルに渡し、少し話をした後ユグに声を掛けてからキョウは玄関に向かった。
…多分ミリア様をCOAに連れて行くことを交渉するつもりなのだろう。僕としては……ユミル様と同じく反対だった。
でも、ミリア様がユミル様にあそこまで反論した所を見てから、少しわからなくなった。子供の頃からの付き合いだが、ミリア様があんなに強気に反論したところは見たことがない。ユミル様も落ち込んでいたが、ミリア様も落ち込んでいるだろうな。
…とはいえ、ミリア様にはジョージが付いてるし、どちらかと言うとユミル様の方が心配だ。あの人は強い人だけど、ミリア様のことになると脆い。結構なショックを受けた後にCOAの班長と交渉なんて辛いだろう。
「!」
「っと、キョウさん」
ぼんやりと考えながら屋敷の玄関を開けると、ジョージとぶつかりそうになり、反射的に後退る。
「どうしたんだ? 何か急いでいるようだが」
「お嬢、帰ってきてないっすか?」
「ミリア様? いや、来ていないと思うが」
「おかしーな…お嬢いないんすけど」
「何?」
ジョージは首を傾げて指折り数え、思案する。
「鍛冶屋のマイちゃんのとこも、飲み屋のリンリンさんもパン屋のケイちゃんもユウリア夫人も見てないって言うし………あっ、ララさんのとことか……」
「ほんと女性の知り合いが多いな君は。公園は行ったか?」
「公園? いや…まだっす」
「子供の頃、ミリア様は落ち込むとよく公園に行っていた。一緒に行こう」
「おっ、心強い」
キョウは玄関から出て、ジョージと一緒に人通りの多い道をぶつからないように小走りで抜けた。
「ユミル様、大丈夫でした?」
「落ち込んでおられた」
「ですよねー……お嬢、反抗とかした事なさそうだし」
「まさか、馬鹿と言われるとはな………」
ユミル様の部屋の前で聞いた言葉が今だに信じられなかった。いや、確かにミリア様はすぐ手を出したり、カッとなりやすい人ではあったが。
「…多分、そんなに悪い事でもないっすよ」
「馬鹿といわれた事がか?」
「そっちじゃなくて、ユミル様と喧嘩したこと。お嬢は今までわがまま言えなかったんだから、良くても悪くても言ったほうがいいっすよ」
「………………………」
もうすぐ公園のある通りに入る。キョウはスピードと落として、立ち止まる。ジョージも足を止めて振り返った。
「旅に出たことが、ミリア様を変えたのかもしれんな」
「良い事だと、俺は思うっす」
「だが…幽鬼に追われながら、危険なモンスターと戦う旅に出たいと言ってるミリア様を、君はどう思っている?」
キョウの問いに、ジョージは少しだけ悩んだ素振りをし、すぐ答えた。
「前だったら反対してたけど、今はそこまで。お嬢が行きたいってんなら、一緒に行くっすよ」
「………迷わないのか、君は」
するとキョウは歩き出し、ジョージはニッと笑って付いていく。
「お嬢子供扱いされるの嫌がりますからね。大人なら、自分の事は自分で決めたいでしょ。それに、ユミル様にはキョウさんが付いてるし」
「…ん、付いてる? まぁ、僕が仕える家の当主だからな」
「好きだからでしょ」
瞬間、キョウはぶっ、と吹き出した。その反応で確信を得たジョージはあーあ、とぼやいた。
「ばっ、違う! 何を言ってるんだ君は! ユミル様はそうじゃない!」
「いやその反応はそうでしょ。あーあー…お嬢報われねーなぁ……」
「違うと言ってるだろう! 僕の仕える家の主人だぞ! ミリア様の騎士になるのに、そんな罪深い事を!」
ニヤニヤしているジョージについムキになって反論してしまい、キョウは一息吐いて冷静になる。
「早く行くぞ、ミリア様を探さなければ」
「はいはい、もう着くっすね」
冷静になったついでに、先程のミリア様が報われないというのは、何のことだろうかとキョウは考えていた。
ミリア様がジョージに想いを寄せていることと、何の関係があるのか……
「……ん? あれって」
ジョージは眉を寄せて、公園に走っていった。キョウもそれに着いていく。遊具で遊んでいる子供達が数人いる中、ベンチで眠っている少女に近付いた。気配に気付いたのか少女は目を開く。
「んぅ………ん?」
「この子、確か………」
「あれ…お迎え…? 誰」
以前屋敷を襲撃してきた長い黒髪の少女ーーー確かサオリと言ったか。
サオリは寝起きの目を擦りながら体を起こし、ジョージとキョウをぼーっと見る。
「貴様…幽鬼か! やはりこの街に!」
キョウが剣を抜こうと構える。が、サオリはきょとんとする。
「何してるの?」
「えっ?」
「私殺し合いに来てないんだけど。ソンティ来るまでお昼寝してただけだし…ふぁぁ……」
サオリは再びベンチに寝転がり、目を閉じた。呆気にとられたキョウは、剣から手を離して構えを解く。
ただ、ジョージは今のサオリの発言に嫌な予感がした。
「ちょっと待て、ソンティって誰だ? まさかゆ………っ!?」
サオリの肩に触れた瞬間、目の前から日本刀が飛んできて、反射的に首を動かしてスレスレで避ける。予想外の危機にジョージは冷や汗を流した。日本刀は後ろの塀に突き刺さり、キョウも固い表情で日本刀とサオリを交互に見る。
「人の昼寝の邪魔しないで」
「いや、今話してただろ。投げるか普通」
「ソンティは幽鬼。ここに、迎えに来るって聞いたんだけど、来ないからお昼寝してるの」
「幽鬼がこの街にいるのか!?」
キョウが思わず大声で聞き返す。ジョージも心臓がヒヤリと冷たくなり、サオリに問い詰める。
「そのソンティはどこに!? お嬢は!」
「私は知らない。おやすみ」
サオリは我関せずと再びベンチで眠りに入った。すると、公園で遊んでいた男の子がボールを抱えたままやって来た。
「ミリア様探してるの?」
「君、知ってるのかい?」
キョウがしゃがんで聞くと、男の子は頷いた。
「知らない女の子とどっかいっちゃった………」
「わかった、ありがとう。…ジョージ、ミリア様が幽鬼に連れて行かれた」
「一体どこだ…?」
"多分、こっちだ!"
「……!」
ジョージは目が眩んで、頭を押さえる。何か、知らない男の声が呼んでいる。それを見てキョウは、肩を掴んだ。
「ジョージ?」
「っ……すいません、大丈夫っす。お嬢多分、こっちなんで着いてきてもらえるっすか?」
「えっ、わかるのか?」
「行きましょう、キョウさん」
"早く、急ぐぜ!"
二人は公園を出て、ジョージの先導で走っていった。…頭には今だに鈍い、嫌な痛みが残っていた。
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