第1話 ~魔女がうまれた日~ 4/9
「ん?」
アクセサリー屋を出て広場を通ると、柄の悪そうな男たちが一人の女に詰め寄っていた。
「な、なにさあんたら」
「お嬢さん、この街の子じゃないよね?」
「お兄さんたちが案内してあげるよ」
下品な笑みを浮かべて女の手を強引に引っ張っている。今日はお祭りのため外から来た人間が多い。女の髪はワインレッドのショートカット、そして頭に被ったテンガロンハットが印象的だった。
このルイールの街の人間にはない色の髪であり、テンガロンハットを売ってる店はルイールには無い。どう見ても外の人間だ。
「あたし、忙しいんだけど」
女は戸惑いながらも、くりくりの大きなつり目を可愛く睨み付ける。あれでは男に向けても逆効果だ。
案の定、男達は「ちょっとくらいいいじゃねぇかよ~可愛いなぁ」と、へらへら女の肩に手を置いてきた。
仕方ない、と思いながら男たちに近づき、偶然を装って肩をぶつける。
「あ、すいません」
「あ?」
男二人のイラッとした視線に対して、あえてヘラッと笑った。
「いや~人が多くてついぶつかっちゃいましたー。どうもすいません」
「てめぇ、なにへらへらしてんだ。それが人に謝る態度か? あぁ?」
「だからすいませんってー、頭悪そうなナンパの邪魔して。あ、お姉さん。こんなチンピラより俺とお茶でもどうっすか?」
戸惑っている様子の女性に笑いかけると、男たちが飛び掛かってきたので軽く跳んで躱す。
「ふざけやがって、この野郎!!」
「おっと!」
女を男たちから避難させて耳打ちする。
「あまり一人でこの街歩かない方がいいっすよ。可愛らしいお姉さん」
「……はぁ」
女の曖昧な返事を聞いてから、じゃ、と手を上げて路地裏へ走り出した。
そんなジョージの走り去る背中を呆然と眺めて、女は呟いた。
「なんだありゃ」
腰から抜きかけた両手銃を再び収める。ちなみに撃つのではなく銃身でちょっと殴るつもりであった。チャラいナンパ男とはいえ、流石に一般人を撃つのはまずい。
「待たせたな、リコリス」
呼びかけられたテンガロンハットの女―――リコリスは待ち人だった深緑のコートに眼鏡をかけた長身の男を見上げた。
「あぁ、おかえり。目的の物は買ったのかい?」
「もちろんだ、これで今日の任務も問題なく遂行できる」
「飴とチョコレートでかい? そりゃユグが好きなだけだろ?」
からかうように眼鏡の男―――ユグを見上げると、眼鏡を軽く上げてから鼻で笑われた。
「糖分は疲労回復、精神安定のほか脳の働きを助ける作用がある。肉体労働者、研究者たちにかかせない成分だ。そんなことも知らんのかバカ」
「…はいはい」
リコリスは面倒くさそうに相槌を打つだけであった。
□■□
一方、今だ逃げ続けているジョージは、路地裏を進んでいた。男たちもちゃんと追いかけてきている。
……さて、どうするか。あまり大事にするのも面倒だ。てきとうに撒こうか、それとも……
川のある方へ進路を変え、走る速度を上げたその時―――
「何をしているんだ」
後方、ナンパ男達よりも後ろの方から鋭い凛とした声が聞こえた。振り返ると、ナンパ男達は声を震わせて指を差す。
「お、お、お前はっ……ナージャ家の!?」
薄闇の中でも目立つ金髪に鋭い眼光の若い男―――キョウ=ナージャは洗練された動作で腰に差していた剣に手をかける。
「立ち去れ。この街で暴れるなら容赦はしない」
「ひっ…ひいっ!」
キョウさんを目の前に顔面蒼白にし、男達は泡を食って逃げ出した。
ナージャ家はルイールでも五指に入るほど有名な騎士の名家で、代々レグナムル家に仕える一族だ。一人息子のキョウさんはすこぶる腕が立つと評判で、しかも正義感が強い彼は今のように度々小さないざこざを収めに来たりする。
「やー、助かりました。キョウさん」
「…何が助かっただ、よく言うよ。君一人でどうにか出来る相手だっただろう」
剣に添えていた手を下ろし、呆れたように溜め息を吐きながら歩いてきた。
「むしろ、あのチンピラ達が川に落とされないよう助けたつもりだったんだけど?」
「あー……はは、何の話でしょう」
キョウさんの皮肉めいた視線から逃れるように乾いた笑いを漏らす。
…確かおととい、広場で知らない連中の喧嘩に巻き込まれたのだ。あしらおうにもやけに突っかかってくる男達にいい加減面倒くさくなり、全員川に突き落としてその場を収めた。どうやらキョウさんの耳に入ってしまったようだ。
「いや、あれは違うんすよ。なんか喧嘩に熱が入り過ぎてて、やたら絡んで来たからめんど……いや、冷静になってもらおうと水をかぶってもらったっていうか」
「まったく、少しやり方を考えろ。自警騎士団に目をつけられているんだぞ」
自警騎士団、ルイールの街の治安維持を担う騎士たちの総称である。多くは王宮直属の王宮騎士団が中心となっており、キョウさんを含む貴族に仕える騎士たちも原則として加入している。
「身に覚えがないんすけどね。俺ふつーの使用人のはずなんすけど。なぜかチンピラに絡まれやすいだけの」
「君が舐められているんじゃないのか? いつもへらへらしているのが癇に障る連中が多いんだろう。レグナムル家の使用人なら、もう少し毅然とした振る舞いを心がけるべきだろう」
「なるほど」
ジョージは眉間に皺を寄せて真顔になり、剣を抜く構えをとる。先ほどのキョウのように
「立ち去れ。この街で暴れるなら容赦はしない」
「誰が僕のモノマネをしろと言った!」
キョウさんに頭を素早く平手打ちされるのだった。
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