第7話 ~初代フラバース王の問い~ 3/8
ユミルの執務室のドアをノックし、どうぞ、と返答があり、ジョージとミリアは中に入る。
「長旅で疲れてるでしょう、二人共。呼び立ててごめんなさいね」
「いえ、問題ないっす」
「良ければソファに座って頂戴、紅茶淹れるわね」
ユミルは席を立つとカップ2つとポットを用意する。そのカップより少し高い位置からポットを上下に動かして紅茶を注いだ。この所作にどういう意味があるのか俺には良くわからないが、ユミル様がやると絵になるな、と思う。
ちなみに以前、お嬢が真似してやった事があるが、紅茶を自分の服に盛大に溢してしまい、泣きそうになっていた。
「まず、報告から聞きましょう。ジョージ」
「はい、COAで………」
指令長ノイルにスカウトされCOAに加入した事、機関が魔女の検査を希望している事、鬼子の退避任務で鬼子の正体が死んだ人間であった事、神殺しの一族の保護を行いその研究をしているらしい事。
ジョージはここを離れてからあった事、知った事を全て話した。隣でミリアが黙って頷きながら聞き、ユミルは度々質問しながら報告を聞いていた。
「それじゃあ、ミリアは魔女の検査を受けなかったのね?」
「はい、お嬢が嫌がったので、無理やり検査することは出来なかったんだと思います。レグナムル家を敵に回す事を避けるため、機関も強く出れなかったんでしょう」
「ごめんなさい、お姉様…」
「謝ることないわ。子供の頃さんざん受けたもの、嫌になっても仕方がないわ」
「えっ?」
ジョージは目を丸くしてミリアを見る。
「お嬢、魔女の検査受けてたんすか?」
「…実は私、子供の頃に何日も何日も薬を飲んだり、変な機械を付けられたりしていたことがありましたの。痛いとかは無かったのですけれど……それでも……その、怖くて……」
俯いて暗い表情で、ミリアは膝の上の拳を震えさせる。向かえに座っているユミルが補足するようにジョージに続きを話した。
「私も、お母様も、子供の頃魔女の検査を受けたわ。レグナムル家は……魔女の子孫だと伝わっていたから、調べなければならなかったのよね。
…白衣を着た大人達に囲まれて自分の体を調べられる、なんて小さな子供からすれば恐怖でしかないわ」
「お姉様もそうでしたのね…」
「私にだって子供の頃はあったもの。恥じることじゃないわ」
「…でも」
優しい眼差しのユミルの視線から、居心地悪そうにミリアは目を逸らす。
「今思えば…受けるべきだった、かもしれませんわ。少し怖いけれど、魔女の検査の結果が研究の役に立つのなら……
…神殺しの一族の人達の、助けになるなら……」
「……………………」
道中で知った、リコリス達の事を思い浮かべているのだろう。ミリアは考え込むように呟いた。
「…報告は以上かしら?」
「あ、はい」
「なら、私の用件なのだけれど…ジョージ」
ユミルは話に区切りを付け、ジョージを見る。
「あなたには、COAと一緒に魔女の謎について追ってほしいの」
「俺に?」
「魔女が目覚めてしまった今、私達レグナムル家も500年前の事を知らなければならない。ちょうどあなたは今、COAに加入しているし、調査をお願いするなら適任だと思うのよ。…お願い、出来るかしら?」
ユミルは真剣な顔付きで真っ直ぐ見つめる。…相談するなら今か。
ジョージはミリアを横目で一瞬確認してから、切り出した。
「俺が調査に行く事は問題ないです。ただ、その事でお嬢から相談があるんすけど……」
「……………………」
「お姉様………私……私も、魔女の謎を…」
ミリアはユミルを真っ直ぐ見つめて切りだす。……しかしミリアが言い終わる前に、ユミルは首を振った。
「それは認めません」
「!」
「貴女は屋敷に戻りなさいミリア。これ以上、危険な旅をさせられないわ」
「でも! 私……」
「わざわざ貴女が謎を追う必要はないのよ。COAに任せればきっと謎は解明するでしょうし、貴女がここにいれば私や騎士団が護ることも出来る」
「それじゃダメなのお姉様!」
ミリアは机をバン!と叩いて立ち上がる。…譲れなかった。本を持って泣いていたアリアを見て、知らないふりして人任せなんてしたくない!
「私、アリアに会いましたの。先代の魔女の」
「…貴女が、先代の魔女に…?」
目を丸くするユミルに構わず、ミリアは捲し立てるように訴える。
「泣いてましたのよ、アリア。私には…どうしても見て見ぬふりなど出来ませんの! だからお願いします! お姉様……私も、ジョージと一緒に……」
「なおさらダメよ」
「どうして!?」
「ミリア!」
ユミルに言い聞かせるような強い口調で呼ばれ、ミリアは思わず言葉に詰まる。
「これは貴女が思っている程、簡単な話じゃない。…魔女の力が目覚めたとしても、貴女が使命を果たす義務なんてないわ」
「でも……私………」
「お願い、わかってミリア。危険な旅とわかって、貴女を行かせたくないのよ」
「………………………」
ミリアは悔しそうな、悲しい表情でソファに崩れるように座った。ジョージが横目でそれを見る。
「あの、ユミル様。ちょっといいっすか」
ミリアの必死の訴えを黙って聞いていたジョージは、控えめに話に割って入る。
「お嬢、剣の稽古してるんすよ。この旅のために」
「…ええ聞いているわ、禁止していたはずだけれど」
「自分に出来る事をやろうと、お嬢が一人で考えて指令長に頭下げたらしいっす」
「……ミリアが頭を?」
予想外だったようで、ユミルは僅かに驚いてミリアを見る。
「おかげで、ここまで来るのにモンスターに会っても、お嬢は足手まといではなかったっす。鬼子の仮面も何回か割ってます」
「……………………」
「COAは、今まで魔女抜きで謎を追って、それでもほとんどわかってないようなんです。魔女の謎を追うなら、魔女であるお嬢もいるべきだと、俺は思います。
少なくとも、禁止されていた稽古を頼む程にお嬢は真剣です。だから、俺からも…頼みます」
「いいえ、認めるわけにはいかないわ」
ジョージは頭を下げるが、ユミルは考える間もなく、断固として首を振る。ジョージは顔を上げて尚も食い下がる。
「お嬢は、自立しようとしてるんすよ! COAでも俺がお嬢を必ず護ります。だから……」
「思い上がらないでジョージ。貴方はいち使用人よ。何を言っても私の決定は変わらないし、貴方の頼みを聞く義理もないわ」
「ユミル様………」
すると、ミリアが目を押さえて勢いよく立ち上がった。
「お姉様のバカ! わからず屋!」
「お嬢!」
ミリアは部屋を飛び出した。ユミルも一瞬呆けたように見送ってしまい、ゆっくりと立ち上がる。
「…話は以上よ、ミリアを追いかけて」
「わ、わかりました。でも、ユミル様……大丈夫っすか?」
「………………早く追いなさい」
ユミルの顔色を見て何かを察したジョージも、追いかけるように部屋を出ていく。ユミルは自分の机にフラフラ戻ると、両手で顔を抑えた。
「……ううう」
泣きそうな声で呻くと、ジョージと入れ替わりで、キョウが入ってきた。
「失礼します。ユミル様、騎士団から預かり物が………大丈夫ですか?」
「ミリアに、嫌われたかしら………ううぅぅ…ば、バカって………」
机に突っ伏し、ズーンと重いオーラを発しながら涙声で呻くユミルを見て、キョウは苦笑いする。実は届け物を持って、扉の外でほとんど聞いていた。
「ミリア様がユミル様を嫌うわけがないですよ。きっとジョージがフォローしますし、ミリア様も本気で言ったわけじゃないですよ」
「うううう…ミリア………」
「ただの反抗期です。だから、心配しないでください。ユミル様」
ミリアや他の使用人の前では、凛としたレグナムル家の主として振る舞っているユミルの、このような姿を知っているのはキョウとジョージぐらいである。そしてユミルはこの後、ユグとも話をしなければならない。待たせて申し訳ないが、ユミルはキョウに宥められつつ、小一時間呻いていた。
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